山ランメンバーで嘉平治岳を知っている人がいるだろうか? 知っているあなた、あなたはよほどの藪山派であろう。普通の人が山名を知っているわけがない山である。もしかしたら武内さんは知っているかもしれないが、たぶん登ったことはないだろう。場所は影火打から南側に落ちる尾根上で、当たり前だが道はない。登山ルートとは縁がない場所の尾根にあるのでたぶんネットで探しても登山記録がヒットすることはないだろう(後日検索したが登山記録は無かった)。武内さんなら簡単に登れそうだが、なんせ周囲には老山しかないので1日で2山しか稼げない効率が悪い山だから登らないだけであろう。しかし2000m峰完全制覇のためには登らなくてはならない。2日前に三田原山周辺を歩いて昨日は充電のため志賀高原で遊び、満充電ではないが少しは充電できただろうから、あまり手強いところでなければ登れそうなので嘉平治岳を選んだ。標高差から考えると1000mに満たないので、その観点だけなら楽勝であろう。赤倉山とどちらにするか悩んだが、赤倉山の方が簡単そうなので後回しにしたのだった。来年かな?

 ルートは「山頂渉猟」を参考にし、鍋倉沢左岸の台地をさかのぼって老山の北側にある大きな谷との出会い付近で右岸に渡り、その谷を標高1550m程度まで登ったあと右手の尾根にとりつくことにした。「山頂渉猟」の筆者はそのまま谷を詰めているが、この傾斜では私は恐ろしくて登れないと判断した。それに谷を詰めたのでは最後は雪庇にぶつかってしまう確率が高い。下手な雪庇だと下から登ることはできない。まあ、私が選んだ尾根も東からピークに達するので雪庇がある確率は高いが。その雪庇を突破できるかと、鍋倉沢の渡渉が可能かがこの計画の大きなポイントだ。「山頂渉猟」の筆者はスノーブリッジで渡っているが、はたして残雪が少ない今年に残っているであろうか。これは行ってみないとわからない不確定要素だ。まあ、渡れそうになかったら休養日でもいいか、と思いながらも黒姫山の御巣鷹山なら近いから間に合うかなとも考えた。

 再び笹ヶ峰駐車場を目指すと登山者用駐車場も下のキャンプ場駐車場も賑わっていた。もちろんまだキャンプ場は営業していないので、観光客と山スキーヤーだろうか。こちらは西に入る林道に進むとまだ除雪が続き、黒沢を渡る橋の先で除雪が切れていた。車が何台か止まっているがその先頭に車を置いた。パソコンで記録をつけているとポツリポツリと山スキーヤーが戻ってくる。どこらへんを滑ってきたのかは知らないが、結構人気のコースがあるらしい。一昨日のジモティーの話では天狗原山周辺が人気だと言っていたが、ここからあそこまで歩いてはいる奴は相当気合いが入っている人間に違いない。

 PM6時をすぎてPCを止め、歯を磨いて酒盛りして寝た。同業者?の新潟ナンバーのワンボックスが車中泊の準備をしていた。荷室にエアマットを引いていたので、某局のように気合いを入れて1人乗用に改造はしていないようだった。夜中はよく寝ていたので車が来たかどうか気づかなかった。

 翌朝は雪が締まった時間に距離を稼ごうと3:30に起床、4;20出発。薄暗くとも最初は林道歩きなので問題ない。念のためヘッドランプを頭につけていたがスイッチを入れずに歩ける明るさで登場の機会はなかった。笹ヶ峰遊歩道入口の標識を見送り、2つめの笹ヶ峰遊歩道入口の標識から林道を外れた。後で地図を見たらこれは勘違いで、本当はヒコサの滝への遊歩道を入ろうと考えていたのだった。まあ、水平に歩く場所が林道か樹林帯かに変わるだけだが。とにかく左岸を歩いていればいつか目的地の出会いにたどり着くのであまり詳細は気にせずに適当に歩いた。残雪いっぱいの樹林で、藪は皆無なのでどこでも好き勝手に歩ける。山スキーの跡も見られるのでたまに入る人がいるらしい。まさか嘉平治山へ登った跡ではないだろうが、全く人の気配が無いよりは気が楽になる。

 やがて台地の幅が狭まり左手に一面残雪に覆われた河原が見えてきた。地形図を見ると沢は岩や土の崖マークにずっと囲まれっぱなしで、台地から河原へ下れるのか心配であったが、老山の真東くらいから穏やかな崖であって簡単に下れた。下流の核心部はゴルジュかもしれないが。遠目に見ると巨大なスノーブリッジがかかっているように見え、これで対岸に渡れると安心した。

 適当な場所で河原に下り、スノーブリッジに近づくと思ったよりも頼りなかった。沢がカーブしているところがまだ雪に覆われているが、かなり凹んでちょっと心配になってしまう。崖から崩れたでかい岩が乗っているのに崩れないのだから大丈夫なんだろうと言い聞かせる。対岸に渡ってからは急傾斜の残雪を伝わって枝沢にとりつかなければならないのでここでアイゼンを付けた。肝心のスノーブリッジは私の体重で崩れることはなかった。あ〜、よかったぁ。帰りも大丈夫だよな。まさか気温が上がって雪が緩んで落っこちないよなぁ。水量が多くてちょっと渡渉は無理そうだから、もっと上流へ行って別のスノーブリッジを見つけなければならないだろう。

 沢を遡るとすぐに雪に埋もれた緩やかな谷になる。どこからか崩壊した土で汚れた雪がまとまっているのを見ると雪崩の恐怖が頭をかすめる。計画通り谷を遡り、右手に分岐する谷に進路変更する。やはり地図で見たように正面の谷は私が登のには傾斜がきつすぎるように見え、登れないことはないだろうが恐怖心との戦いを余儀なくされるだろう。足が滑ったら止まれるような傾斜ではなく、木も生えていないので落ちたら一巻の終わりだ。やはり右手の谷から木が生えた斜面にとりつくのがいいだろう。

 この斜面の傾斜も緩やかなようできつく、ピッケルを雪面に突き刺して一歩一歩注意深く登っていく。雪の急斜面はいつになっても怖い。慣れるということがないのだろうか。それとも農鳥下降点の恐怖体験を忘れるくらい時間がたてば大丈夫になるだろうか。残雪に慣れた人ならこんな傾斜難なく歩くはずだから、私はよほど臆病なんだな。

 ようやく斜面を乗り切ると1714mピーク西側に到着、ここもたっぷりと雪が付いており、先に見える枝尾根も真っ白で、1820mピークには期待に反さず予想通りに東向きには雪庇が張り出しているのが見えた。ただ、山頂より若干左よりが緩やかなように見え、どうにか乗り切れる可能性が残った。全面数mの雪の絶壁では登ることはできず撤退だ。

 尾根の傾斜は今までより緩やかになるが、両側は落ちれば停止するのは難しそうな斜面が続くので細心の注意が必要だ。登るほど尾根が広がっていくが逆に傾斜が増してくる。そして運命の1820mピーク直下であるがじつにイヤらしい雪の付き方だった。遠目に見たときと同じで真正面は2,3mの垂直雪壁で突破できそうにないが、少し傾斜が緩んだ左に回り込めればどうにか乗り越えられろうだった。しかし、垂直ではないといっても垂直に近い傾斜だ、足を滑らせ滑落したら谷底へ一直線、タダでは済まないのは確実だ。正直言ってここで撤退するか真剣に悩んだ。このような急傾斜は登りはまだいいが下りでの恐怖心は登り以上なのだ。なんせ垂直に近いとなるとはしごを登り下りするのと同じで、下るときも斜面に腹を向けてバックで下るので足下や先が見えない。登りで突破できても下りで突破できるとは限らないのだ。命と遊びとどっちが大切かの判断になるが、ここまで来て山頂を諦めるのはあまりにももったいない。覚悟を決めて雪壁にとりついた。

 突破方法は傾斜が僅かに緩んだ雪壁を左に巻き気味にステップを切って登るしか考えられなかった。もっと傾斜が緩い場所がずっと左奥にあるのだが、そこまでトラバースする急斜面の距離を考えると、ここを突破する方がかえって安全と思われた。帰りのことを考えて歩幅をわざと狭くし、アイゼンでステップを一歩一歩深く刻みながらピッケルを柄の長さいっぱいまで雪に突き刺して支点にして安全を確保しつつ慎重に進んだ。マジでここで落ちたら助からないから命がけ、緊張感は並みではない。少なくとも会社で仕事をしていてこの種の恐怖感、緊張感を味わったことはないなぁ。まったく、変な趣味にはまってしまったもんだ。

 絶壁通過そのものは10歩くらいだっただろうか、やっと1820mピークの頭に近づいて傾斜が緩み、生きた心地が戻ってきた。下りが思いやられる。あまり時間が遅くなって雪が緩むと足場まで緩んで下れなくなるかもしれないからあまりのんびりもできない。写真を撮って出発だ。これから歩く尾根は雪庇が発達しており、その上を歩くだけで簡単にいきそうだった。

 鞍部に下って登りにかかると、いきなり雪の壁だった。雪庇はなぜか階段状になっている場合があって、その段が巨大で垂直に近かった。そしてそこにはトラロープが埋もれていた。こんなところを歩く人間が他にもいる証拠だ。しかし深く雪に埋もれているので今の残雪期ではなく数年前のものではなかろうか。でもロープは結構新しそうに見えた。まあ、いくら急登はいえ高さはせいぜい3,4m、すぐ下は平坦な地形で滑っても止まるので恐怖心は感じられず、1820mピークと同じ要領でトラバース気味にステップを切って登った。その後はそのような急傾斜は出現しなかった。

 1910m肩で傾斜が緩まり、少し行くとなんと尾根上の雪が切れて藪が露出しているではないか。右下には雪庇の残骸があるが、いつ谷底に落ちるかわかったものではないので歩くことはできず、しょうがなくアイゼンを履いたまま藪漕ぎだ。灌木と笹の混合だが幸いもがくような濃さではなく、ガサガサとかき分けられた。途中、あんパンの包装袋を発見、消費期限は2003年11月8日となっていたので、昨年初冬に入った人間がいるわけだ。もしかしたらトラロープの主か? その先の傾斜がきつくなるところも笹が完全に出ていたがこれも難なく突破できる程度の藪で、もしこの尾根全体がこの程度の藪だったら無雪期でも登れるのではないだろうか。

 再び雪が出てきて一安心、雪庇踏み抜きを警戒して西側の藪と雪の境付近を歩いた。そのうちに人間と同じくらいの大きさの踏み跡が出現した。おそらく数日前のもののようで形はぼやけてしまっているが、どうも歩幅からして熊らしかった。人間はもっと歩幅が広いと思う。でも大きさは人間サイズだったなぁ。

 やっと傾斜が緩んで雪庇に覆われた嘉平治岳山頂に到着した。地面は何m下なのかわからないが、山頂には木が全くなく見晴らしがいい。ここまで来ると影火打が目の前で、火打経由で帰った方が安全ではないかと真剣に考えるほどの距離しかない。焼山も目の前で天狗原山から真っ白な斜面が一面に広がっていた。高い木が無いのか、それとも高い木さえ埋もれるほど積雪に覆われているのかは定かではないが尋常ではない白さだった。あの稜線もいつか歩きたいな。北アは白馬岳から南が見えていた。正面は高妻山、乙妻山、それに重なった地蔵山が絵になっている。地蔵山も2000m峰なのでいつか登らなければならないが、いったいいつになるだろうか。

 さて、無線であるがこの状態では6mのDPを張ることができない。まずは430,144でやって駄目だったら地上高0mHDPを試そうと考え、430をつけサブをワッチすると430.10でCQを出している北穂高岳山頂移動局を発見、相手のコールをメモっている時間も惜しくすぐにコールしQSOできた。あちらは10人くらい山頂に人がおり、白山から南アまでの大展望といっていた。こっちからも穂高、槍は見えているので北穂も見えているはずだ。人気の山とマイナーな山の対極同士とは面白いQSOだった。

 430でQSOできたので面倒なので6mは手を付けずに終わりにした。こんなのだったら持ってこなければよかったかな。なんせ1820mピークの危険な下りを、雪のゆるみが最小限になるできるだけ早い時間に通過したかったので暢気に6mを運用する精神状態ではなかった。

 滞在時間20分で山頂を出発、元来たルートをそのままたどり1820mピークに到着、覚悟を決めてバックで下り始めた。ところが、登りでステップをよ〜く切っておいたのは大正解で、バックでも簡単に下れてしまった。登りの方がずっと怖かったぞ。これには本当に気が抜けてしまった。毎回こんな調子で難所を乗り切れるといいのだが、今回だけかな。
 この先はあまりヤバいところはないので鼻歌交じりで枝尾根を下り、1714mピークで南斜面に突入、所々バックで下るも絶壁突破とは緊張感が違う。傾斜が緩んで前を向いて下れるようになれば本当に危険箇所は終了、緩やかな谷を下り、スノーブリッジを渡ってしまえば淡々ともう歩くだけだ。なお、スノーブリッジは私が渡った箇所より下流にも2本あって、最下流のが巨大でしばらく存在しそうだった。例年の残雪料だったら大型連休中はスノーブリッジが残っていそうだ。

 左岸の台地上に上がり、淡々と歩いて適当な場所で下の段に降りるとスノーモービル禁止の看板があるところだった。ここは登りで通ったな。そこから林道が見えるまでさほど距離はなかった。林道に出る直前に湿地帯が雪から顔を出していて水芭蕉が咲いているのを発見、写真を撮った。そこから僅かで林道に飛び出し、アイゼンを脱いで残雪の林道を歩いた。

 車に到着し、着替えて濡れた物を乾かしていると、昨日昼から目の前に駐車していた長岡ナンバーの主がスキーを担いで到着、話を聞くと金山周辺で滑っていたのだという。2日前は焼山まで、昨日は雨飾山まで往復して雪洞で泊まったそうだ。何とも強者である。やはり焼山から天狗原山にかけての東斜面は山スキーには最適だそうだ。あ〜あ、俺も山スキーができればこの人が登った2000m峰を全部片づけられるのだが。マジで来年は考えようかな。


 今回の山行は今年の残雪の山でももっとも危険な山行となったがどうにか乗り切れた。こんな経験をするともう残雪の山なんか行くかと思うのだが、「のど元すぎれば熱さ忘れる」で数日も経過するとまた行ってみたくなってしまうんだよなぁ。もちろん危険箇所が無いに越したことはないが、こればかりは現場に行かないとわからない。それが道が無い山の楽しみでもある。


4:20車-4:27笹ヶ峰遊歩道入口-4:34鈴が無くなってることに気づく-4:40笹ヶ峰遊歩道入口-4:41スキー跡-4:55斜面を登る-5:00左岸台地-5:09枝沢を渡る-5:32狐を見る-5:34雨具のズボン-5:40スノーブリッジ-5:46スノーブリッジ通過-6:07標高1550m地点-6:27 1714mピーク-6:33熊の足跡-6:47主尾根に乗る-6:54トラロープ-7:13ゴミ(03.11.08)-7:28嘉平治岳着-7:47嘉平治岳発-8:10枝尾根に下降開始-8:12枝尾根に降りる-8:17枝尾根から外れる-8:38スノーブリッジ通過-9:06食事休憩-9:11出発-9:15台地を下る-9:17 1270m地点-9:24水芭蕉-9:26笹ヶ峰遊歩道入口-9:41笹ヶ峰遊歩道入口-9:49車

 

嘉平治岳 写真集