裏銀座 野口五郎岳、水晶岳、温泉沢ノ頭と竹村新道

 


 2004年のお盆休みは仕事のために9日連続休暇の夢は潰えたが、全く休暇が無くなったわけでもなく、天気の様子を見ながら決めることになった。当初は2回の週末に山に登って平日は会社で仕事と考えていたが、8月7,8日は大気の状態が不安定で広い範囲で日中から雨が降る始末では山に行っても酷い目に遭うだけと仕事に打ち込み、そこそこ安定するだろう月曜日から山に入ることにした。場所であるが土日だけでは難しい山でないともったいないと水晶岳奥の温泉沢ノ頭にした。ここは日本山名事典に新規記載されたピークで、2年ほど前に赤牛岳登山で通過しているが無線はやっていないので登り直しだ。コースは同じブナ立尾根から入り竹村新道で下るコースだ。赤牛往復よりかなり近いので前回のようにバテバテにはならないだろう。

 日曜夕方に出発、混雑する中央道登りの渋滞を尻目に順調に北上、豊科ICで降りていつものコースで大町に入り七倉駐車場到着、予想通り空きがあり、前回に引き続いて木陰になる絶好の場所を確保できた。ゲートが開くのは6時半なのでたっぷりと寝られるが酒を飲んで早めに寝た。

 5時半に起床して飯を食い、なんと最初のタクシーでゲート通過、やっぱ平日は人が少ないか。歩けば1時間の所をわずか10分で高瀬ダム堰堤に到着、後続タクシーもやってくるが5台くらいしかいないから平和だ。お盆になると大挙して登山者がやってきて10台のタクシーでもさばききれないそうだ。天気は上空はまあまあだが稜線はガスがかかっており上に登っても視界は無いだろうが、涼しく歩けるから悪いことばかりではないか。ここまま雨が降らなければいいのだが。

 堰堤を歩いてトンネルを通過すると不動沢にかかる吊橋で、渡りきったところにテント場があるが使われているのか不明だなぁ。それはいいとして、ここでとんでもない標識を発見してしまった。今年から野口五郎小屋の幕営は不可になったと書かれているではないか! そんなこと今さら言われてもテントを持ってきてしまったではないか。ここでテントが張れないのだったらテントを使うのは湯俣だけになるからツェルトでもよかったのに。こういうことは七倉に表示して欲しかったが、もう手遅れなのでテントを担いで登るしかない。

 濁沢を頑丈な橋で渡って右岸を歩きブナ立尾根取り付きで給水、これより上部には雪渓を除いて水場はない。ダム出発はトップだったが水汲み中に何人かに追い越され、先は長いのでこっちものんびりペースで皆の後を歩いた。テントを担いでまともな山に登るのは今年初めてだし、2日目もけっこう厳しいコースなので初日に体力を使い果たすわけにはいかず、体力温存を心がけた方がいい。どうせ初日は野口五郎小屋なので、今までの経験値ではお昼ちょい過ぎに着いてしまい、長時間小屋でやることがないだろうし。久々の荷物の重さと暑さで汗が噴き出すので濡れタオルで頻繁にぬぐい清涼感を得つつ高度を稼ぎ、約半分の標高を稼いだ2000m地点の視界が開けた痩せ尾根で休憩、体を休めると急激に汗が引いて爽快だ。あとは烏帽子小屋までノンストップで上がれるだろう。南沢乗越の強烈な崩壊現場が正面で、あそこを残雪期に歩いたのが遠い昔に思える。あのガレ場で雪がたっぷりと残っていたらヤバかったかも。

 先頭集団は私を含めて単独行の男性3人だったが、一人は小刻みに休憩を取るのでいつのまにか視界から消え、もう1人も時々立ち止まって息を整えるので少し差ができていたが休憩で私がケツに付き、その後は休み無しで上がっていったので2人を抜いて今日もトップで烏帽子小屋に到着、午前10時だった。既に皆出発した後だから小屋は静かだ。谷の向こう側には赤牛岳の尾根がうねり、その向こうはカールを伴った薬師岳だ。どうにかガスは絡んでいないがあまりいい天気とは言えず、三ッ岳は既にガスの中で暗雲が漂っている。まだ雲の高さはないので雨は来ないと思うが何時ににわか雨が来るだろうか。

 烏帽子小屋のテント場先のピークで高瀬ダムを見ながら休憩し三ッ岳に向けて出発、晴れていれば稜線漫歩だがガスって雰囲気が台無しなのは残念、でもここから森林限界を超えて岩稜帯に入るのでアルペン気分は満喫できる。まだガスに入る高度に達していないので縦走路がよく見えるが、前を見ても後ろを見ても誰一人姿が見えず話し声も全く聞こえない静寂の世界が広がり、本当にここは北アルプスなのかと疑いたくなるようなシチュエーションだった。ようやく下ってくる単独男性とすれ違いしばしの歓談、その人は上高地から槍にあがって裏銀座縦走だったそうで、入った当初はろくでもない天気がだんだん良くなってきたらしい。双六周辺はたくさん人がいたけどこっちは全然いないと私と同じような感想だった。次は単独女性で烏帽子方面は雷は鳴っていなかったか聞かれた。その後もポツリポツリとすれ違ったが少なかった。

 道が右に曲がり三ッ岳の巻道へと本格的な登りにかかった時点で早くも雨がポツポツと落ち始め、雨傘を取り出してしのぐが時折強くなり足が濡れそうなのでロングスパッツも付けた。今日は弱風なので傘でも利用価値が大で、ゴアを着て歩き蒸れて汗で濡れるようなこともなく快適だった。まだ雨は間欠的な降りなので止み間を選んで昼飯、三ッ岳の西ピーク南部の例年なら雪田が残って水が得られる場所だが今年は残雪はかけらも残っていないし、花も咲き終わってしまったものが多い。コマクサも終わりかけだったしチングルマも残骸のみ、ハクサンイチゲもちょっとだけ花が残っているくらいだ。下界でこれだけ暑い日が続いているのだから山の上も気温が高めらしい。

 なだらかなピークを巻きながらなおも歩き、小屋まであと300mというところで本降りの夕立がやってきてしまい、風下になるよう大きな岩に隠れて傘で対抗し、弱まったタイミングで歩き出して小屋に到着する頃には雨が止んでいた。小屋に入ってからは雨が降っているのかどうか分からなくなったが、トイレに行ったときには土砂降り状態だったので夕方まで断続的に降り続いたようで、予想より大気の状態が不安定だったようだ。

 小屋では明らかにテント泊の装備の連中も私と同じく素泊まりに収まったし、茨城の団体客が入っていた影響で混雑し、1畳に2人の詰め込まれ方になった。それだけならまだしも4人で1部屋のメンバーでいびきが酷いらしいのが1名含まれていて地獄が予想されたため、私は半分屋外の物置に待避することにした。テントで寝るのと変わりがないし、屋根があるので雨が降っても大丈夫だし、なんせ静かなのがいい。もう1人の単独行男性は食堂に逃げ出そうかと言っていたがどうなったかは定かではない。なお、自炊部屋では1名寝ている人がいたのは私と同じ考えからだろう。

 屋外ではシャツ+寝袋では寒くて夜中にジャンバーを着込んだがそれでちょうど良いくらいでさすが3000m近い標高だった。夜中に雨が降ることはなく、ガスッたり晴れたり、風が出たり凪いだりの繰り返しであまり悪いとは感じられなかった。3時前に目覚めたがそのままウトウトして時間を潰し、パンの食事を軽く済ませて真っ暗闇+ガスの悪条件の中を出発した。夜半同様天気自身は悪いとは感じなかったが野口五郎岳のノッペリした岩稜帯でガスられたらライトが役に立たず苦労するに違いない。なんせ岩だけなのでどこでも歩けるし足跡は残らないし。山頂までの登りはいいが、水晶岳方面への下りはじめが分かるかどうかが勝負の分かれ目だろう。

 案の定登りの途中でルートを見失ったが高いところを目指せば野口五郎岳山頂なので気にせず高みを目指して歩き、平坦になってからはライトを消して大まかな影を見るようにして最高地点を探した。最後はGPSを出そうかとも思ったがその前に山頂標識が現れた。問題はこの先の下りで山頂付近は平坦な砂礫でルートははっきりせず、それらしい方向への下りを右往左往して踏跡を探り、その後は外さないよう慎重に追ったが何度か外すくらいの視界しかない。まあ、こんな山でルートファインディングを堪能できて面白かったが。

 真砂岳の巻道になってもルートファインディングは気が抜けず、竹村新道分岐を見落とさないかちょっと心配になるくらいだったが最低鞍部手前で標識が現れた。ここからアタック装備に切換で、このままガスッたままなのか晴れるのか判断がつかないためどちらにも対応できるよう防寒装備と暑さ対策用具を持っていくことにして水も多めに持った。ちいさなディーパックはパンパンになってしまった。ヘッドライトをつけたまま出発だ。

 ここから水晶岳まで細かいアップダウンが連続する岩稜の尾根で、ペースを上げると帰りがきついのは赤牛岳で経験済みなので、スピードを落としてピークを越えていく。東川乗越で大きく登りに転じると同時にヘッドライトが不要になる明るさになりガスも影響なくなったのは助かった。ガスが切れると左手には槍がはっきりと姿を現すがこの明るさではまだ写真撮影は無理だろうな。そうそうに水晶小屋を出発した人とすれ違った。細かいピークを越えたり巻いたりして最後の急な登りが終わると水晶小屋で出発の支度をする人の姿が見えたが私より2時間も遅いよ〜。野口五郎小屋を出た人間の方が水晶小屋に泊まった人間より先に水晶岳に登るなんておかしいなぁ。

 水晶小屋は素通りして水晶岳に向かい、何度も歩いた岩稜帯を西に巻きながら高度を上げれば山頂だ。今はガスが切れているが野口五郎岳の県境稜線はガスがかかっていて立山方面も同様、逆に南はガスが無く快晴の模様で槍穂はいい天気だなぁ。薬師岳にガスが絡んでいるのと黒部五郎岳のカールのみガスが溜まっているが他は晴れていた。写真を撮って温泉沢ノ頭に向かう。

水晶岳から見た槍穂方面

水晶岳から見た双六岳方面

水晶岳から見た北方面


 今回は水晶岳三角点を見るのも目的であり、山頂北側のピークによじ登ってみたら奥に三角点を発見、ここまで危険箇所はないし踏み跡もあるし、大した時間も体力も使わないので来てみるのもいいだろう。

 ここから大きく下って雪田が残る窪地を東に巻いて北上、小ピークを越えて鞍部に下り、温泉沢ノ頭本体の登りにかかる。稜線上を正直に歩くわけではなく細かく巻いているがマーキングや踏み跡はしっかりしていて迷う恐れはない。途中、登山道の真ん中に居座る雷鳥の親子を発見しデジカメに納めた。人間慣れしているようでカメラを取り出しても全く動じず、こちらが動かない限り登山道からどきそうになかったのでゆっくりと近づくとハイマツの中に逃げていった。雛は1羽しか見あたらなかったので生存確率が低いな。

温泉沢の頭から見た黒部五郎岳

温泉沢の頭から見た薬師岳

 ピークに出るがここが山頂ではなく、温泉沢から上がってくる登山道が合流する肩が正確な山頂なので僅かに下って到着、まだ遠い赤牛岳が懐かしい。あそこまで往復するのと比べればここは楽勝だった。谷を挟んで薬師岳のカールが大きく、野口五郎岳はまだガスの中だ。写真を撮って無線を運用、430で叫んだら運良くJP2WBW/双六岳が呼んでくれた。まさか石川さんがこんな近くにいるとは驚きだ。昨日は大雨に祟られたが見たとおりのいい天気で、今日は三俣蓮華までとのこと。お互い、山頂でしか無線機の電源を入れないからドンピシャのタイミングで、おかげで無線の時間を節約できた。

 休憩を兼ねて朝飯を食い、竹村新道まで逆戻りだ。何人か読売新道を下る人とすれ違うが、おそらく私の格好を見てどこから来たのか不思議に思ったことだろう。なんせ水晶小屋に泊まったメンバーではないし、日帰りとは思えない小さなディーパックしか背負っていないし半ズボンにTシャツの姿ではねぇ・・・。水晶岳に登り返すと人が溢れて賑わっており、この先はそれらの連中に紛れて違和感は無くなっただろう。もう少しで水晶小屋というところで昨夜一緒の部屋になった茨城の単独男性とすれ違った。あの部屋で寝たのかどうかは聞かなかったが眠そうには見えなかったので食堂だったのかもしれない。朝7時の天気予報ではこれから大気の状態は安定に向かい、明日明後日も晴れの予報だと伝えておいた。この人は槍方面に縦走だから、この分だと縦走の終わりまで好天に恵まれるかも知れない。

 水晶小屋で小休止しているとヘリがやってきて空になった水タンクをぶら下げていった。天水では足りなくて下界から持ち上げているのだろうか。空輸の実作業を見たのは初めてだったがパイロットは慣れた様子で操縦はうまかった。こんな無風の日は苦労がないのだろうが風があったら大変だろうな。

 水晶小屋はちょうど三俣蓮華や野口五郎からやってきた登山者が交錯する時間のようで休憩の人で賑わい、野口五郎方面から到着したばかりの大ザックのあんちゃんは疲れた様子で水晶岳はパスと言っていたがもったいないなぁ。今日は双六岳を目指すのかな? こっちは元来たルートを逆走でいくつものピークをゆっくりと越えていくが、烏帽子小屋からくる登山者はまだここまで届かないらしくすれ違う人は希で静かだった。竹村新道分岐で荷物を確保し、長い下りに備えて横になって休憩、ガスが切れて時折強い日差しが照りつけるので傘をさして日よけにした。この間2人ほど湯俣に下っていった。

 さて、重い荷物を持って下山開始。水晶岳の尾根を歩いていた時間帯が最も天気が良かったが、今は稜線はガスがかかり見えなくなってしまった。涼しくて助かるが眺めは楽しめない。楽しみにしていた硫黄尾根の眺めも日差しがないのでいい写真にならなかったが、あの赤い崩壊地の連続した尾根は迫力満点、いつ見ても自分に登れるのか自信がない。ここから見るととても歩けるとは思えない尾根だ。光線の具合を確認しつつ時々写真を撮った。

 南真砂岳への尾根は途中ガレている箇所は東を巻いてしまうので危険箇所もなく、鞍部から登りに転じて山頂直下で左へと折れる。まっすぐ行けば南真砂岳山頂であるが既登山なので今回はパスし下り始める。湯俣岳は割と近いがその先が長いんだよなぁ。徐々に高度を下げると森林限界より下がって樹林帯に入り、日差しが遮られて涼しい。湯俣岳の登りは本行程最後の登りなのでゆっくりと攻めて三角点に到着、休憩しようと思ったら前回同様蚊が多くてのんびりできず数分で退散する羽目になった。

 あとは急な下りの連続で登る連中の苦労が忍ばれる(3人いた)。ここはやっぱ下山コースに最適だろう、なんせ下ったら温泉だぜ! こんな山奥で贅沢ができるのはうれしい限りだ。前回は汗まみれで下山して荷物の整理もそこそこに温泉に飛び込んだのだったが、今回はそこまで疲れはしないがやっぱ汗を洗い流したいな。先ほどの短い休憩でも脚力が持ち直し、順調なスピードで下山を続け先行していた2人を追い越した。さすがに最後は疲れたが体力をセーブして歩いたので余裕を持って本日のゴールに到着、着替えを準備して温泉を独り占めできた。料金は以前と同じで幕営\500+温泉\500だった。テントは1張のみあったが中は空っぽ、河原の温泉かな? 最終的にテントは4張となった。雨も降ることもなく快適な一夜を過ごせた。

 最終日は朝からドピーカン、上空に雲はなく稜線も凄く天気がいいだろう。天気予報では今日から大気が安定して夕立の心配なしとのとこで、今日下山するなんてもったいないくらいだ。帰るだけなのでのんびりと起きて飯を食い、6時ちょい過ぎに出発、次に来るときは硫黄尾根か北鎌か。岩の技術が身に付くまではお預けの世界だな。しばらくは藪との格闘に勤しみます。コースタイムでは高瀬ダムまで3時間半となっているが、前回歩いたらかなり短時間だったような記憶があるがどれほどかかるかわからないのでいつものように歩いたら林道終点まで2時間半のはずが1時間ちょっとで到着してしまった。道はほぼ水平なので平地と同じスピードで歩けるから距離は5kmくらいではないだろうか。そこからダムまで4.5kmの表示があり1時間程度。

トンネル内で排水管からわき出す温泉

 湯俣から高瀬ダムまで沢沿いの道であんまり遠くは見えないが、場所によっては北鎌尾根と槍が少しだけ見える場所もあるので時々後ろを振り返ってみるのもいい。もちろん樹林が切れている場所でないと見えないが。ダム湖に出ると正面には針ノ木岳が見えてくる。烏帽子小屋より上部の尾根も見え、2日前は逆にあそこからこっちを見おろしていたんだなぁと感慨深い。

 車道になってからトンネルがいくつかあるが、ダムから数えて2番目のトンネルでは温泉が出ているので触れてみて欲しい。温度は風呂の適温より低いが気温が低いときには手を突っ込むと気持ちよさそうな温度である。飲んでみたが味は感じられなかった。

 ダムに到着すると客待ちのタクシーがいたのでそのまま乗り込み(\2000)快晴の七倉に到着、着替えを済ませ東京に戻った。


所要時間

1日目
6:40高瀬ダム-6:50濁沢テント場-6:56濁沢の橋を渡る-7:02水場-8:31標高2000mで休憩-8:40出発-9:14三角点-10:09烏帽子小屋-10:20休憩-10:43出発-11:46三ッ岳西側鞍部-11:56休憩-12:13出発-13:06野口五郎小屋(泊)

2日目
3:26野口五郎小屋出発-3:40野口五郎岳-4:09竹村新道分岐-4:18出発-4:57東川乗越-5:28水晶小屋-5:54水晶岳-6:00水晶岳三角点-6:27雷鳥を見る-6:32温泉沢ノ頭着-7:01温泉沢ノ頭発-7:34水晶岳-7:59水晶小屋で休憩-8:16出発-8:42東川乗越-9:30竹村新道(休憩)-10:02出発-10:49南真砂岳直下-11:51湯俣岳(休憩)-11:59出発-13:20湯俣(泊)

3日目
6:07出発-6:51トンネル-6:56名無避難小屋-7:15林道終点-7:35発電所-8:03温泉が湧くトンネル-8:22高瀬ダム