残雪期の藪山 2009年6月10日 とりあえず写真なし版

注:これは私の独学による個人的経験を踏まえた話であり、一般常識から外れている場合もあります。雪山初心者が危険を伴う残雪期の山に入る場合は、市販の雪山関係のガイドブックを読んで事前に勉強し、実地では経験者の同行をお勧めします

1.はじめに

 藪山をいくつも登っていると、中にはあまりにも藪が濃くて気力、体力が途中で尽きて山頂まで到達できない山も出てきます。こんな山は雪で藪が埋まった時期しか実質上登れず(雪が降る地域限定ですが)、あるレベル以上の藪山を目指す場合は雪がある時期でも山に登れる技術が必要となります。ここでは真冬の雪山ではなく残雪期の春山(3月〜6月)に挑戦する人の参考になるような事柄を書いています。あくまでも残雪の藪山に登るのが目的の話で、冬山の話ではありませんし、雪の岩稜歩きの話でもありません。


2.残雪期のメリット

(1) 藪が雪に埋もれて藪漕ぎ不要


 残雪期とは文字のごとく雪が残った時期のことです。積雪量が多い地域では数mの積雪も珍しくなく、無雪期だと藪と格闘しなければならないところを残雪期ならば雪の上を歩くだけでいい場合が多いです。藪を漕ぐのと障害物が無い雪の上を歩くのでは雪の上を歩くほうが何倍も楽でスピードも出ますから、特に藪がひどくて藪漕ぎの距離が長い場合は所要時間を相当短縮できます。もちろん体力消耗も大幅に軽減できますし、精神力の消耗も同様です。ですからあまりにも山深くて藪漕ぎの距離が長い場合、実質的に残雪期しか登れないと言っていいでしょう。

 ただ、雪があればいいというわけではなく、雪の固さが問題になります。真冬の間は雪は柔らかくて足を踏み入れるとズボズボ潜ってしまい、歩くといっても雪を掻き分けて泳ぐようなもので、消耗する体力は藪漕ぎと変わりがなくメリットがあるとは言いがたいです。かといって雪が少ない時期では藪が出ているので夏場と変わりません。最も歩きやすいのは春を迎えてからで、日中気温が上がって雪が溶けて夜間冷え込んで溶けた雪が凍るようになると雪が固くなって人間が乗っても潜らなくなります。このような状態を「雪が締まる」といいます。充分に締まった雪なら硬い地面を歩くのと同じですからとても楽に歩けます。このように雪が締まった時期が残雪期です。なお、雪が凍って締まると言っても表面がツルツルの場合はほとんどありません。ほとんどの場合は表面は細かいザラザラで、傾斜がきつくなければアイゼンなしでも摩擦がよく効きます。ツルツルの箇所は風当たりが強くてウィンドクラストしている場所とか、日中に水が流れて夜に凍る場所でしょう。そのような場所にはあまりお目にかかったことはありません。

(2) どこでも水が得られる

 登山道が無い藪尾根を歩く場合は小屋はありませんし一般的に知られた水場もありませんから水の確保が困難です。しかし雪がある時期ならば雪を溶かせばいいのでどこでも水を得ることができ、下から担がなくていいので大幅な労力削減が可能ですし、水の心配をすることなく長期間の山行が可能です。

(3) 幕営場所の自由度が高い

 無雪期の場合、テントを張る場所は平らな地形で藪がない場所を探さないといけませんが、残雪期の場合は藪が埋もれていますので地形が平らな場所を探すだけでOKとなり、張る場所の選択肢が大幅に広がります。また、多少傾斜していても雪を掘って均すこともできますので、手間はかかりますが水平な場所以外でも幕営が可能になります。しかも上記のように雪さえあれば水を得られるので、無雪期と違って雪があって急峻な地形でなければほぼどこでも幕営可能です。

(4) 風景が締まる
 やっぱり山には雪が付いていたほうが写真写りが断然いいです。富士山だって真っ黒な姿では締りがありませんが、上部に雪が載っているとそれらしく見えます。雪が付いた山々の姿を間近で見られるのはそれなりの技術と経験を持った人だけなので、一度体験すると感動的ですよ。


3.残雪期はいつ?

 「雪が残る」時期ですから初冬や厳冬期ではなく、今までの経験から考えると雪が締まり始めるのは3月からです。ただし3月から4月前半ではまだ多くの場所では体重を支えきれず、スノーシューやワカンが必要です。4月後半に入るとほぼどこでも雪が締まって歩きやすくなり、大型連休が残雪期のクライマックスと言っていいでしょう。東北北部や北海道は行ったことがないのでわかりませんが、その他の地域はどこへ行ってもいい感じの雪質で早朝は快適に歩けます。連休以降は雪が消えるまでが残雪期と言えますが、アルプス級の山なら6月中旬くらいまでと考えていいでしょう。

 このように、残雪期は1年のうちおおよそ3ヶ月、本当に快適なのは1ヶ月しかありません。激藪ロングコースはこの時期以外に登るのは困難で、その年に登れなかったら1年間待たなければなりませんから、残雪期は他の山は後回しにして厳しい藪山を優先しましょう。以前は長期休暇ということで普段は足を伸ばせない西日本の山めぐりをしていたのですが、それは老後の楽しみに取っておいて、若いうちは残雪期の藪山を登ることにしています。


4.残雪期の山登りに必要な装備

(1) ピッケル


 雪山で最も重要なアイテム。言ってみれば「鎖場の鎖」みたいなものでしょうか。手がかりが無い雪面に人工的に手がかりを作る道具です。基本的には雪があっても足で登りますが、足下の雪が不安定で周囲に掴まれるような木が無く進むのが難しい場合に大活躍します。また、傾斜がきつくて滑落したらタダでは済まなそうな場所での安全確保(雪面に打ち込んでホールドにし、足が滑ってもピッケルを握った手で体を支えられるようにする)に必須です。ストックでは代用できません。なだらかな地形の山域では不要ですが、そうでない場合はピッケルが無いと恐ろしくて入山できません。私は残雪期の山に入るときはどこへ行くにも必ずピッケルは持っていきます。昔は何も知らずにピッケルなんて持っていきませんでしたが・・・・。

 ピッケルは万が一滑落したときの停止用具として考えられていますが、現実にはよほど練習しないと止まるのは不可能と思います。私のレベルでは「滑落停止用」ではなく「滑落抑止用」です。ピッケルには「登攀用」と「縦走用」の2種類があるようですが、「登攀用」は氷の壁を登るようなときに使うものなので、普通は「縦走用」で問題ありません。長さは何種類かあるようで身長や手の長さで適する長さが異なります。私の場合はその辺の決まりはよく分からないので店員さんに選んでもらいました。

 ピッケルには紐を付けて手や腰に結び付けましょう。そうでないと傾斜地等で誤ってピッケルを手放してしまうとピッケルのみが「滑落」してしまいます。これがよくあるんだよなぁ。また、人間が滑落した時も何かの弾みでピッケルを手放してしまうこともありますので紐は必需品です。そのための紐はピッケルと一緒に売っていると思います。

(2) アイゼン

 必要かどうかは状況によりますが、無いと進退窮まる場合もあるので必ず持って行きます。アイゼン無しで登れても下りは危険なことも。コースによって何本歯のアイゼンが必要かも変わってきますが、私の場合はよほど時期が遅くなって雪が少なくならない限りは出っ歯の12本爪を持っていきます。傾斜がきつい登りでは出っ歯のアイゼンでないと安全に登れないことも多く、少なくとも10本歯は欲しいところです。もちろん、歩行技術があればもっと少ない歯のアイゼンでも歩けますが、確実に歩行スピードが落ちますし体力も使います。歯が多いとグリップがいいので足の置き方がちょっとくらい適当でも問題ないことが多く、スリップ防止に足の一部に力をかける必要もないので体力的に楽です。ただしそれなりの重さがあるので体力は使いますから、状況を考慮してアイゼンを履くか履かないか決めましょう。雪が出てきたら必ずアイゼンが必要ということはありません。滑りやすく歩きにくい場所や、もし滑ったらタダでは済まない場所で使いましょう。

 6本歯の軽アイゼンもありますが、出っ歯が無いので急斜面の登りは使えませんし、下りのグリップも弱いので足の置き方に注意しつつピッケルに体重を分散させて下る必要があり、ヤバそうな地形が予想される山ではまず持っていきません。あまり急なところが無いのが分かっているコースでは有用です。何せ軽いのは大助かりです。4本歯の軽アイゼンも持っていますが、これは土踏まずの辺りにしか歯が無いのでグリップを効かせるには足の置き方に制限が付き、無いよりマシですが初心者だと相当使いにくいと思います。私の近年の山行では出番がありません。

(3) ワカン

 カンジキのこと。和風な製品は竹でできていますが、今風のはアルミ製です。雪が締まっていない場合に大変有効で、日中、気温が上がって雪が腐った時も重宝します。残雪期は雪が締まった時期のことなので出番が少なそうに思えますが、4月中は締まってない雪面もあるし新雪が積もることもあるので、それなりに出番はあります。普通は5月半ば以降は出番なし。アルプス級の山に大型連休前後に入山するとワカン持参の人はほぼ皆無ですが、トレースが期待できないルートを歩く場合はワカンは必須と言えます。それなりの重さ(両足で約800g)がありますが、踏み抜きが少なくなってセーブできる体力と天秤にかけるとワカンを担いだ方が楽です。表面がクラストして体重をかけるとズボっと踏み抜く雪質の場合、ワカン装着なら踏み抜かない場合もあって大幅に体力セーブできます。

(4) スパッツ

 
雪が良く締まって潜ったり踏み抜いたりしなければ不要でしょうが、全コースでそんな雪質であるわけはなく、靴への雪進入防止のために必須アイテムです。スパッツも材質等で強度に差があるようで、2年位前まで使っていたものは軽かったのですが、アイゼンの出っ歯を引っ掛けてすぐ破れてしまいました。昨年から使っているのは厚手の生地で、アイゼンが引っかかっても破れませんし、そもそも引っかかりにくいような。たるみが少ないのかもしれません。値段が張りますがゴア製がお勧めです。

(5) 防水性の高い登山靴

 残雪期の場合、日中は気温が上がって雪が解けてビシャビシャになり、浅い川の中を歩いているような状態と同じなので靴の防水性が重要です。一番いいのがプラブーツですが、高価だし重いので私は皮+ゴアの登山靴を使用しています。しかし強い力がかかるとゴアの布地が破損してしまうようで1年経過すると防水性は完全ではなくなり、今は防水用のワックスをたっぷりと塗るようにしています。残雪期の場合、朝はそこそこ気温が低下して濡れた山靴がガチガチに凍りついて足を入れるのに苦労するのもよくある話です。なんかここ数年はそういう経験してないようにも思えるなぁ。温暖化の影響だろうか・・・・。できれば無雪期に使用するのとは別に残雪期専用に購入した方がいいと思います。無雪期は安くて軽い布+ゴア靴でいいでしょう。

(6) スノーシュー

 言ってみればカンジキの西洋風現代版。一般的にはワカンよりサイズが大きく、接地面積が広いのでワカンでも踏み抜く雪質や軟雪では威力を発揮します。春山としては早い3月〜4月上旬に威力を発揮します。スキーより浮力は劣ると思いますが、密生した藪や樹林帯ではスノーシューは長さが短いので履いたまま突破可能です。また、溶岩地帯等で細かいアップダウンが続いて雪が積もってもでこぼこだらけの地形の場合もスキーは無理でもスノーシューは可能です。

 ワカンのようにアルミパイプを環状にした構造の製品もありますが、金属板の帯を環状にした形状や平板状のものもあります。登山靴の固定方法もいろいろあるようですが、私が使っているMSR社の製品は山スキーのビンディングのように足首が自由に動くもので、歯が無ければ超ショートスキーのようなものでしょう。山スキーのように急傾斜を登るときにかかとを持ち上げる機構もあり、重さの割には足が軽いです。とはいえワカンよりは確実に重量があるので、雪質を予想してワカンにするかスノーシューにするか決断する必要があります。

(7) ストック

 ピッケルを使うほどの危険性は無い雪田を横断したり登ったりするときに上体のバランスをとるのに重宝します。私は夏山ではストックは使いませんが、残雪期ではピッケルまでは要らないと思うところにはストックを持っていきます。ノーアイゼンでそれなりの傾斜の雪田を歩くときにはストックは役立ちます。

(8) 防水性のある手袋

 私の場合、傾斜がきつい雪面をよじ登る場合、片手はピッケルを持って、もう片方の手で雪面に手を突っ込んで「3点確保」しながら登るのですが、素手でやると雪が冷たくて短時間しか耐えられないので防水性がある手袋をはめてます。私の場合はホームセンターで購入したウェットスーツと同じ素材の手袋で、濡れてもさほど冷たく感じないのでなかなかいいです。でも、普通はこんな登り方しない? オーバーミトンを使うこともありますが、こちらは防水性が完全ではないようで、湿った雪を長時間触っていると中が濡れてしまいます。

(9) 日焼け止め

 夏山以上に必須アイテムで、これがないと顔の皮膚がぼろぼろになるのは確実。帽子で日差しを遮ることもお忘れなく。私の場合、強風が予想されるとき以外は麦藁帽子を被っていきます。4月の雪山で麦藁帽子の登山者がいたら間違いなく私でしょう。サングラスが無いと雪目になるように思えますが、私の場合は快晴の雪山の中を普通のメガネのままで1日行動しても雪目になったことがないです。


5.残雪期の危険性

 残雪期は藪山に登るのに非常に有利な時期ですが、いいことばかりではありません。夏山ではありえない危険が待ち構えており、経験無しでの入山は命を落としかねません。私もあちこち登りましたが、無雪期と比較すると数倍以上の危険があるように感じます。夏山のベテランが冬山にも通用するかといったら間違いで、体力的な面では有利でしょうが危険回避の面では初心者と変わりません。最初は経験者同行が望ましいです。

(1) 常に滑落の危険がある

 滑落とは雪の上でバランスを崩したり足下の雪が崩れて、コケて雪の斜面を滑り落ちることです。ただ滑り落ちるだけなら危険は無いのですが、スピードが出た状態で立ち木や露出した石に頭がぶつかればまず助かりませんし、体の他の部分でも骨折等で自力で動けなくなります。急斜面の場合はあっという間にトップスピードに達します。また、そこそこ柔らかい雪の斜面だと摩擦が効いて滑りにくいのですが、硬く凍った斜面だと非常に滑りやすく、傾斜が緩くても止まらず落下スピードは高速です。

 尾根筋を歩く場合は周囲より高い場所なので滑落の危険性は常に付きまといます。特に危険なのは止まりそうもない急斜面で、しかも木がまばらで滑り始めてもすぐに障害物にぶつかって止まりそうもない場所です。木がたくさん生えていれば速度が出ないうちに木にぶつかって止まるので安心です。テカテカに凍った斜面も危険ですが、私が登る範囲、時期の山ではそんなアイスバーンにお目にかかったことはありませんが、ヤバそうなのは風上側でウィンドクラストした尾根でしょうか。

 最大の滑落対策はコケないこと! これに尽きます。コケなければアイゼンが効いて滑り落ちることはありません。危険地帯ではアイゼンを引っ掛けたり、傾斜地で足元の雪が崩れても落ちないようピッケルを雪面に深く刺して体重を支えられるようにします。ピッケルは滑落してしまった場合に滑落を途中で停止させるために持つものと一般的には考えられているかもしれませんが、現実問題として傾斜が緩いところ以外でピッケルを使って途中で滑落を止めるのはほぼ不可能です(よほど訓練すれば止まるのかもしれませんが)。止められるのは滑り出したごく初期だけで、人間の体重は重く、速度が付くと相当な運動エネルギーを持つことになるのでピッケルだけでは止まりません。止まるのは障害物にぶつかったり傾斜が緩んで摩擦で止まるかです。ですから、まずは絶対にコケないことが重要です。

 ヤバいところは歩行スピードを落として1歩1歩足場を確認しつつ、雪面にピッケルを打ち込んで体を支えた状態で足を移動させます。岩稜帯の3点確保と同じ考え方で(ここでは2点確保ですが)、足を移動させている間に支えている足元が崩れてもピッケルで体を支えて滑落を防ぐわけです。もちろん、足を置く場所を決める際も何度か蹴りこんで崩れないことを確認しつつステップを切ります。このような場面ではストックでは強度不足で絶対にピッケルが必要です。たとえ滑落停止技術を持っていなくてもこのような場面でピッケルが必要となりますので、メジャーなコースでルートの安全性が確実と分かっている場合を除き、残雪の山ではピッケルが必需品です

 次の対策はヤバいところではザイルで安全確保しながら歩くことです。ザイルの一方を体に結び、もう一方を樹木などのしっかり固定されたものに結んでおけば、もし滑落してもザイルがぴんと張り詰める距離まで滑れば停止します。最も安全性が高いのですが、一面の残雪の場合はそもそもザイルを固定するものがありません。そういう場合は雪面を掘ってザイルを縛り付けた棒のようなものを埋めて踏み固めて固定しますが、いちいちこんなことをやっていたら時間がかかってしょうがないです。2名以上なら1人が歩いて1人がピッケルを雪面深く刺してザイルを固定する方法が使えますが、単独ではそれもできません。結局、私の場合はザイルは使いません、というか、ザイルが無いと危なくて歩けないコースは基本的に行きません。そのうちにやらないといけませんが・・・・。

 一面が雪原だと使えませんが、お手軽なのは立ち木や岩の先を登ること。もし滑ってもそれらにぶつかって止まります。それら障害物の間を移動するときに落ちないよう注意。これの発展系?で、近くに藪がある場合は雪の急斜面を避けて藪の中を歩くこと。藪が鬱陶しいですが、藪の抵抗のおかげで滑落の心配はありません。私は積極的にこの方法をとります。なにせ私は雪山派ではなく藪山派ですから。

 下りでの滑落対策としては後ろ向きで下ることがあります。下りの場合、足が滑ってコケるとシリセードするような形で背中を下に腹を上にして滑り落ちますが、この姿勢ではピッケルを雪面に打ち込んで滑落初期に停止することはできません。後ろ向きで下ると常に雪面と向き合っているのでピッケルを打ち込みながら下ることができ、足が滑ってもピッケルで体を支えることができ滑落の危険性は大幅に減少します。私は傾斜がきついところではバックで下ります。足元が見えにくいのとスピードが大幅に落ちるのが難点ですが、安全性には代えられません。私が聞いた中では、武内さんが登った北ア硫黄岳の下りで2時間バックのままというのが最長でしょう。あの硫黄尾根ですからねぇ。

 根本的に滑落を防ぐにはコケても止まりそうな傾斜のところを登ること。これは地形図を見れば分かりますので、道がない山に登るときは等高線が込み合ってない尾根にしましょう。ただ、どの尾根を登ってもどこかが急傾斜ってなことは日常茶飯事ですが。そうなったら傾斜が急な区間で尾根が痩せていないところを選びます。多少は恐怖感が薄まります。やっぱ痩せ尾根は怖いからなぁ。

 滑落の要因の一つにアイゼンの出っ歯を引っ掛けての転倒があります。出っ歯は急な登りで威力を発揮しますが、足を前に出すときに障害物に引っかかりやすく、自分の足の衣服やスパッツ、木の枝、岩などに引っ掛けて転ぶことがあります。危険が無い場所ならコケても問題ありませんが、痩せ尾根とかでコケたら命にかかわります。慎重に行動しましょう。特に下りに注意。雪の固さが急に変わって固くなると、今まで蹴りこんで崩せた雪にアイゼンが引っかかって転倒することも。危険箇所では行動速度を落として時間をかけて足場を確保して通過することが肝要です。

 また、気温が上がって雪がベタベタになる残雪期は、アイゼンが「雪団子」になって歯が雪に隠れて滑ることもあります。ピッケル等で頻繁に叩き落すとか、スノープレートというゴム板をアイゼンに取り付けて雪の付着を防止します。

(2) 垂直に近い雪壁が出てくることがある

 これは滑落の危険が高いですし、傾斜によっては通過不能の場合があります。左右に巻ければいいのですが、尾根が細いとそうもいかないことも。私の経験上では雪壁はだいたい4種類くらいあります。
(1) ただ単に傾斜がきつい地形である
(2) 尾根や谷を季節風の風下側から登り、最後に稜線に出てくる雪庇
(3) 雪庇が階段状に形成され、その段差区間
(4) 稜線上の雪にクラックが入って下段がずり落ちている場合

(1)、(2)は地形図を見れば予測可能でルートを選べば回避可能。(3)は痩せ尾根ではほとんどお目にかかったことは無く広い尾根で出てくることが多いので、風上側に迂回したり、尾根が広くてもし滑っても谷に落ちる可能性が低いので強引に登ったりできます。問題は(4)で、春になり雪が緩んで稜線上でもクレバスが発生すると垂直の雪壁になる可能性があります。基本的には傾斜がきついところで発生しますが具体的にどこで発生するか予想が困難で、段差が高い場合は左右に迂回できそうな緩斜面が無いと上り下りは不可能です。何度かそのような場面に出くわしましたが、1度だけは下りで高さが2mを越える壁に出くわし、下は尾根はそこそこ広いのですが谷に傾斜した地形で、飛び降りてバランスを崩せば谷に真っ逆さま。帰りに登れるのか非常に不安な高さでした。こういう場合は支点とロープがあれば下れますがそのときはロープは持っていなかったので撤退するか悩みましたが、最終的には壁の上部をピッケルとアイゼンで1mくらい崩して中間点付近に「踊り場」を作って切り抜けました。毎回こうできるとは限らないのでロープを準備した方が無難です。支点があるかどうかは現場に行かないとわかりませんが・・・・。

(3) 雪崩の危険がある

 厳冬期から残雪期は雪崩の危険が付きまといます。特に危険なのは谷間や斜面のトラバースで、一般的には尾根を歩くぶんには危険は少ないです。ただ、稜線でも尾根がはっきりしないでただの斜面を登るところもあり、要注意の場所もあるかもしれません。山スキーヤーは雪を求めて谷間を滑るので特に雪崩には要注意。樹林が茂っている場所は雪崩が無い証拠なので安心できます。雪崩の頻発する場所では樹木がなぎ払われるので樹林はありません。谷間を歩いているときは斜面の雪崩だけでなく稜線の雪庇崩壊も要注意。巨大なブロックが上から落ちてきたらひとたまりもありません。

 残雪期の主な雪崩の要因は大量の新雪です。締まった雪の上に新雪が乗ると、その境界で雪の摩擦が低くなり、気温の上昇等で雪が緩むと新雪部分が雪崩れます。毎年、春先に雪崩による遭難が発生していますが、私の記憶している範囲では新雪が大量に降った直後に入山しているパターンがほとんどです。春の新雪はスカスカなので春先の気温では割と早く解けてしまいますので、1週間くらい待って入山した方が安全です。もちろん谷筋は避けます。

 尾根上でも不安定な雪のブロックに乗るとブロックごと崩落する危険がありますのでヤバそうな雪の上は歩かないほうがいいです。イヤらしいのが木が生えた痩せ尾根に雪が乗っている場合で、地面の上に積もった雪ではなく木の上に積もった雪の場合があります。現場を歩いても雪の下は見えないのでこんな状況でも気付かないことがありますが、不安定でいつ崩壊するかわかりませんので非常に危険です。

 なお、残雪期が進めば落ちやすいところの雪はほとんど落ちてしまいますので、季節が進むほど雪崩の危険性は低下します。ただし藪が出てしまう可能性も高まりますが。

 ちなみに私が今まで歩いた中で雪崩の危険を感じたことはありません。やっぱり尾根歩きは安全なようで。

(4) 雪庇踏み抜きに注意

 雪庇とは稜線を超えて風下側に張り出した雪の庇のことで、雪が無い夏場なら空中の場所まで雪が張り出しています。ただ雪が積もっているだけなら問題ありませんが、雪庇は屋根の庇のように飛び出しており、厚さ数10cm〜数mの下は空中で、人が乗ると重さに耐えられず根元から折れたりズボっと穴が開いて滑落してしまいます。雪庇は下から見上げるとどのくらい張り出しているのか見えますが、現場の稜線にいると雪庇ができているのかいないのか全くわかりません。ですから風下側には近づかず、歩きにくくても稜線近くの斜面側を歩くようにしましょう。立山の大日岳などは巨大雪庇でどこまで張り出しているのか恐ろしいくらいです。

(5) クレバスに注意

 クレバスとは雪の割れ目で、雪庇の根元のように雪に負荷がかかる場所や、地面と接する部分の雪解けが先に進んで発生します。ぱっくりと口を開けているのが見えていれば避けられるのですが、内部は空洞化しても表面は新雪に覆われて見えないというパターンもあり、ズボっと落とし穴に落ちることがあります。浅ければさして危険はありませんが、深いと落下の衝撃で怪我をすることがありますし、周囲は雪の壁ですから脱出に苦労します。尾根の真上では滅多に発生しませんが、僅かに左右に外れた場所にありますので要注意。一度だけ深さ2mくらいに落ちたことがありますが、危なかったです。

(6) ルートミス

 夏山でしたらはっきりした道があるので夜でも迷う心配はありませんが、残雪期は一面の雪で歩きやすいのが幸いしてどこでも歩けてしまうため、かえってルートが分かりにくくなります。メジャーなルートなら誰かしらの足跡があるので大丈夫と思いますが(たまに足跡の主のルートが間違っていることがあるが)、マイナーな山では他人の足跡はまず期待できません。森林限界の開けた尾根なら視界が得られますが、樹林がある場合は先の地形は見られず、地形を読んでしっかりとルートファインディングできる能力が必要です。問題はガスった場合で、小さな山でしたら短距離で問題ないかもしれませんが、コースが長いと下りで尾根の分岐でミスる確率が高くなります。視界があれば尾根の先の様子からルートをミスっていないか早くわかりますが、ガスって視界が無い時は高度の読図能力がないとミスっても気付きません。今は地図表示可能なGPSが一般的になっているので、そういう時こそ役立ってもらいましょう。私の場合は残雪の山でガスが予想される天気の場合は入山しません。


6.残雪期のルート取り

 夏場は周囲が藪の場合は夏道を歩くしかありませんが、雪が積もっているときには障害物はありませんし、植生を痛める心配もないのでどこでも好き勝手に歩けます。しかし、安全性を考えるとおのずとルートは限られてきます。

 残雪期の基本は藪山の基本と同様で尾根歩きです。登山道は尾根上にあることも多いですが、山腹を巻くこともあります。しかし、残雪期に斜面を巻くのは傾斜が緩やかでない限りは非常に危険です。夏道の巻き道は斜面を切り崩して水平になっているので簡単に歩けますが、雪がある時期は埋もれてしまって跡形もなくなり、地形どおりの傾斜の雪面があるだけですからスタンスは無く、アイゼンを蹴りこまないと滑落してしまいます。それに傾斜が急な場所の水平移動は登りと違って滑りやすく、変な角度で足を地面に付けなければならないので足への負担も大きいです。また、山腹は雪崩の危険もあります。ですから夏道が山腹を巻いていても残雪期は尾根を歩きましょう。どうせ藪は雪で埋もれているので道が無い尾根でも問題ありません。有名どころの山でしたら雪がある時期でも登山者がいるので、ガイドブックやネット等で探せば冬ルートが分かると思います。普通、冬ルートは夏道が巻いている区間も稜線上を通っています。割とはっきりした踏跡ができているところもあり、雪が無い時期に冬ルートに迷い込むこともあります。さすがに夏場は藪っぽいですが。

 同様の理由で林道も危険で、一番たちが悪いのが雪に埋もれた林道とも言えます。林道は沢沿いのルートが多いので、沢に向かった超急斜面のど真ん中を削って作られていることが多く、雪が積もった状態では歩くのが不可能なこともあります。残雪期の間は地形図から林道は消えていると思って下さい。それくらい見事に埋もれていることが多いです。

 以上が基本ですが例外もあります。傾斜が緩やかで高い滝が無い沢はルートになりえます。沢は稜線以上の深い雪に埋もれてしまうため、夏場は泳がなくてはならないような沢や小さな滝がある沢、ガレた沢でも淡々と雪の上を歩くだけでよくなる場合があります。尾根筋が痩せて急だったりすると危険が高まりますが、そんなとき近くに穏やかな沢があるとそちらを利用した方がいい場合もあります。特に雪が多い地域ではその傾向が強く、山スキーの記録が大いに参考になります。稜線と違ってやせ尾根を歩いたり、岩にへばりついたり、ナイフリッジを渡ることもなく、使う谷をうまく選べばリスクを減らすことができます。

 ただし、先述のように周囲の尾根からのデブリ落下や雪崩には充分注意が必要です。谷によってはとんでもないデブリの山に覆われて、それらが落ちきった時期でないと危険で入れない場所もあります。また、谷なので雪の下は水が流れており、雪が薄いと踏み抜いて落下する危険があります(スキーは接地面積が広く雪にかかる圧力が分散されるため、つぼ足より踏み抜く危険性はずっと少ない)。水量が少なかったり浅かったりすれば危険はありませんが、そうでなければ流されて水没して溺死する可能性が非常に高いです。浮かび上がるにも頭上は雪に覆われているので呼吸ができず、落ちたらまず助かりません。雪の厚さが薄くなって沢が顔を出すようになったり、雪面が凹んでいたりしたら谷の真中を歩いてはいけません。また、谷を突き上げた鞍部が風下側の場合、稜線に出る最後は雪庇で雪壁!ということが多く、左右に逃げられる傾斜なら問題ないのですが、そうでない場合は前に進めませんので要注意。途中から左右の尾根に逃げるとか対策が必要です。


7.尾根の向き、地形と残雪状態

 ルートを決めるのに尾根の向きは重要です。向きによって残雪状態は大きく異なり、同一時期でもある尾根は残雪が利用できるのに、ある尾根は雪が消えて藪漕ぎになることもあります。一般的には風上側の尾根は早く雪が解けてしまい、風下側の尾根の方が残雪が遅くまで残ります。日本の場合、冬の季節風は北西なので、風下に当たる南や東斜面の方が北や西斜面よりも遅くまで雪が残ります。南向きの斜面の方が北向き斜面より雪解けが遅いなんて信じられないかもしれませんが、雪が多い山だと現実にそうです。以前登った鹿島槍は北から見ると雪は少ないのですが南から見るとかなり白かったです。

 残雪が多い方角の尾根でも、実際には尾根の真上は比較的早く雪が消えて、最後まで雪が残るのは雪庇ができる東側や南側直下です。残雪期でも遅い時期は尾根の真上ではなく、それら雪庇の残りの上を歩きます。風下となる東向きの谷も遅くまで雪が残るため、夏道が東斜面を巻いている区間は雪渓が遅くまで残り、おまけに急な谷を横断するので滑落しやすく危険です。夏山シーズンより前にアルプス級の山に出かける場合、東側から山頂を目指すルートを歩く場合は残雪がありそうな巻き道があるか地形をよく検討する必要があります。南アルプスだと赤石小屋から赤石岳や、大門沢小屋から下降点などが該当します。これらは雪がある間は夏道ではなく尾根上を行くのですが、赤石は岩の急な尾根で経験者以外は止めた方がいいような尾根のようです。そういう時期に登るなら西側からのルートにしましょう。

 また、日当たりのよしあしで雪が締まる時期が変わってきます。雪が締まるためには日中に雪が解けて冷え込んだ時間に凍る必要があるので、残雪期でも日中の気温が低い時期は日当たりがいいところだけ雪が締まって日当たりが悪い場所では柔らかいままです。よって4月は南向きの尾根を選ぶのが正解でしょう。大型連休くらいの時期になると気温が上昇して雪全体が締まってきますので、どこでもOKです。

 同じ尾根上でも地形によって残雪状況は変わります。雪が残りやすいのは主になだらかな場所で、やせ尾根や傾斜がきつい尾根上は早々に雪が消えます。遅くまで残るのは鞍部や肩のような平坦地です。これは尾根上に限ったことではなく斜面でも同様で、傾斜がきついところは全く雪がないのに平坦な場所に出ると大きな雪田が現れて夏道が隠され、その先のルートが分からなくなるということがよくあります。藪尾根の場合は雪が頼りですが、やせた区間は早々に藪が出てしまうため、大型連休の頃は藪漕ぎというのもありがちです。ただ、痩せているからこそ藪が出ていた方が滑落の危険が無くなって安全性が高まりますが。


8.行動時間帯

 残雪期は雪の状態で体力消耗度合いが大きく左右されるので、できるだけ雪の状態がいい時を選んで歩くのがコツです。一般的には早朝から午前中で気温が低い時間帯が雪が締まって最も楽に歩けますので、明るくなった直後から歩き始めるのがお得です。雪が締まっている時間帯の方が雪崩の危険も少なくなりますし、アイゼンが団子になることもありません。締まってクラストした雪は、アイゼンの効きが抜群にいいです。

 気温が上がる日中になると雪が緩んで沈むようになり、朝と比較すると体力を消耗し所要時間も増えます。こんな場合はワカンがあるといいですが、やっぱり雪が締まった時間帯よりは体力を使います。

 以上のように、残雪期の基本的行動パターンは早朝出発です。何時まで行動するかは体力との相談でしょう。春先は夏のような雷雨はないのでその気になれば暗くなるまで行動が可能で、私の場合はコースによっては12時間以上行動することもあります。夕方になって気温が下がると雪が締まって歩きやすくなるのはいいのですが、水作りにとっては緩んだ雪の方が燃料消費が少なくて済むので、日中にテントを張って水作りに励んだ方がいいかもしれません。


9.幕営

 
夏と違って藪や石は雪の下なので、残雪期の方がテントは張りやすくなります。また、少しくらい斜めになっていても雪を均して水平にすれば快適です。こういう作業にはスコップがあるといいのですが、私はピッケルや登山靴でできる範囲でやっています。そうそう、スコップがあると雪を掘って風上側に雪のブロックを積めば風除けになって快適。それをもっと進めると雪洞になるのでしょうけどこれは未経験。テントの重さ分軽くなるはずですが(スコップの重さ分重くなるが)、雪を掘る労力ってけっこう必要だと思います。残雪期の締まった雪を掘る苦労ってどれくらいか分かりませんし、テントならどこでも張れるのでたぶん今後も雪洞にチャレンジすることはなさそうだなぁ。

 残雪期の幕営は夏山と違って気温が低いのが一番の差でしょう。当然、寝袋は厳冬期用、防寒具もたくさん持って行かないと快適に眠れません。テントによっては冬用外張りがあるものもありますが、防寒効果では防寒着の方が大きいです。私はゴアテックスのテントを使っていますが、残雪期でも冬用外張りどころかフライさえ持っていきません。もちろん、天気がいいときしか出かけませんが。

 残雪期は雪の上にテントを張ることが多く、床の温度は夏山よりずっと低く、マットの断熱性が高くないと快適に眠れません。一般的に使われる銀マットでは断熱性が不足し、厳冬期用シュラフに入っても背中が冷たくて快適とはいえません。薄いものでいいので、断熱性のあるマットをもう1枚持っていくのがいいでしょう。ザックを下に敷くのも効果大ですが、でこぼこがあるのでちょっと・・・。足が冷えるなんてときにはザックに足を突っ込んで寝るといいです。これは効果絶大です。

 テントを設営する際、雪は柔らかくてペグの効きが弱い(というよりほとんど無い)のでペグを雪に刺すのではなく、ペグを雪に埋めて踏み固めたほうがテントを固定する力は強くなります。ただ、朝方は雪が凍るので固くなった雪の下のペグを掘り出すのにピッケルが必要です。


10.水作り

 残雪期は水場が無い場所でも雪を溶かして水を得られるのが大きなメリットです。しかし、雪を溶かすにはかなりの熱量が必要で大量の燃料を使用します。夏山シーズンよりも燃料はかなり多く持って行きましょう。私の経験では3リットルの水を作るのに30分くらいかかりました。まあ、ガスの火の強さにもよりますが。

 燃料消費を少しでも減らすため、太陽エネルギーを利用するのが得策です。黒いビニール袋を持って行き、中に雪を入れて日向においておくと湿った雪になります。相当長時間かけないと完全には溶けませんが、ガスの節約になります。ただし、天気が良くて日があたる場所で無いと使えないのが難点です。樹林帯では苦しい。

 残雪を溶かした水は意外にゴミが多いのが難点です。ただし、見た目は悪くても体には影響が無いようで、その水を飲んで腹を壊したことはありません。少しでも気持ちよく水を飲むためには長時間放置して上澄みを使うことがお勧めです。ろ紙でも持っていってろ過すればいいのでしょうがやったことはありません。なお、森林限界の雪ならゴミが少なくていい水が得られますが、問題は黄砂による汚れでいかんともしがたいです。黄砂の層より下部を掘ればそこそこいけると思いますが、雪解けで黄砂の汚れが下層に達している可能性も。一番いいのは黄砂のシーズン後に積雪があった場合で、これはかなりきれいです。樹林帯の雪はゴミが多いです。少し掘って表面以外の雪を使えば多少マシですが、それでも相当ゴミが入ってます。まあ、気分的な問題なので気にしなければいいだけかも。

 なお、残雪期も時期や天候、標高によっては夜間の気温が-10℃を下回ることもあり、せっかく作った水が寝ている間に凍ってしまうことがあります。そんな場合は水筒をシュラフに入れて寝ましょう。


11.ラッセル対策

 雪が完全に締まるまでの間は、根性がある人以外はラッセル対策が必要です。経験上、ラッセルには2種類あり、一つは締まっていない柔らかい雪を歩くのと、もう一つは中途半端に締まっているが、体重を支えきれず足を出してある程度体重がかかるとズボっと踏み抜く場合で、残雪期の場合は踏み抜きがメインとなります。たかがそんなことがどうしたと思う人もいるでしょうが、この踏み抜きは実体験してみるとかなりやっかいです。進行速度は劇的に低下しますし、猛烈に体力を消耗します。いかに踏み抜きを防止できるかが残雪期の山行成功の鍵の一つです。使えるツールとしては以下の3種類でしょう。

(1) 山スキー

 私は経験がありませんが、接地面積は一番広いので最も雪への沈み込みは少ないはずです。また、下りは大幅に楽ができるのが最大の特徴。ただし、木が密集した場所や痩せ尾根、急斜面では使えないので、スキーが有効に使える場所か事前に調査が必要です。担ぐとなると一番重いし、兼用靴は登山靴より重いのが一般的だと思われます。ところで、兼用靴ってアイゼンは付けられるのだろうか?

(2) スノーシュー

 近年流行しているツール。言うなればカンジキの西洋風現代版で、大きさには3種類程度あり、スキーよりは接地面積は少ないですがワカンより広く、沈み込みが少ないです。話によると新雪でワカンで腰まで潜る状態でもスノーシューだと膝までしか潜らないとのこと。スキーのように滑るための道具ではなく、アイゼンのような歯がついていて急斜面も登ることができ、登りに限ればアイゼンと同等の登攀力と言ってもいいくらいです(ガチガチに凍結した場所は別ですが)。製品によっては登りの傾斜がきついときに踵を上げる機構もあって登りは快適で、製品によっては山スキーのように踵が動くので歩くのが楽。山スキーよりは軽いがワカンより重い。弱点は下りに弱いこと。傾斜がきついところはスノーシューを履いたままだと危険です。

(3) ワカン

 昔からあるカンジキのことで、今風のものはアルミパイプを環状に曲げたフレームが主流。小型、軽量で担ぐのが楽で、スノーシューを持っていくのはきつい山行で活躍します。4月中旬に入って表面がクラストしているが内部は柔らかい雪の場合、つぼ足だと踏み抜くところがワカンだと踏みぬかなくなることも多く、この場合は効果絶大です。もっと早い時期で締まりが弱い場合はスノーシューの出番です。


12.登山靴の凍結

 残雪期の場合、日中は気温が上がって雪が解けてビシャビシャになり、浅い川の中を歩いているような状態と同じなので靴の防水性が重要です。一番いいのがプラブーツですが、高価だし重いので私は皮+ゴアの登山靴を使用しています。しかし強い力がかかるとゴアの布地が破損してしまうようで1年経過すると防水性は完全ではなくなり、今は防水用のワックスをたっぷりと塗るようにしています。

 濡れて一番困るのは、明け方の冷え込みで靴が凍結してカチカチになり足が入らなくなることです。乾いていればそんなことはありませんが、濡れているとテントの中に入れておいても凍ります。靴の防水性を保つようにメンテナンスはこまめにしましょう。なお、気温が低い4月上旬くらいだと濡れる危険性は低下します。積雪期は雪も乾いているでしょうからほとんど心配なさそうな。


13.アルプス級の残雪期

 南アルプス、八ヶ岳、奥秩父は全体的に標高が高い部分は深いシラビソ樹林に覆われて下草も笹も無く、道がない尾根でも割りと楽に歩くことができるので、藪漕ぎを避けるため残雪期を利用する意味はほとんどありません。残雪期に登るメリットは純粋に雪を楽しんだり残雪の風景を楽しむことでしょう。中央アルプスは南アと比べれば笹が多く、残雪期を利用するメリットは大きいですが、豪雪地帯の笹と比較すれば軟弱なので雪が無い時期でも登ることは可能です(根性は必要だが)。

 難関は北アルプスの道がない尾根で、雪が多いため標高が2000m以下は深い笹が多く、無雪期に登るには相当の根性が必要です。ただし、例外的に雪が無い時期でも藪が薄い尾根もあります。それは雪が多く冬場に巨大雪庇ができる尾根で、遅くまで雪が残り地面が埋もれたままのため樹木が育ちにくく、雪庇ができる風下側の尾根直下が草付きになることがあります。毛勝三山や赤谷山から白萩山にかけて、猫ノ踊場などは典型的な例で、上越国境でも南側直下のみ藪が薄くなっている尾根があります。事前に予測するのは難しいですが、残雪期の終わりの方に登って雪が消えてしまっていても草付きで楽に歩けることもありますので、諦めずに行ってみるといいでしょう。まあ、期待が外れて立ったハイマツの激藪ということもあり得ますが。今までの経験上、後立山では標高2600m以下で立ったハイマツ帯、それ以上は寝たハイマツです。寝たハイマツ帯を歩くのはさほど苦労しませんが、立ったハイマツは始末が悪い。

 なお、北アルプスの場合、雪解けは単純に標高が低い場所から高い場所へと移っていくわけではなく、森林限界を超えた日当たりがいい場所は雪解けが早く進むため、標高の高い樹林帯が残雪の最後になります。また、吹き溜まる雪の量は地形によって大きく影響を受け、直線状のバカ尾根よりもアップダウンがある尾根や鞍部に残りやすいようです。鹿島槍西部の牛首山や五龍西部の東谷山に2007年6月に行ったときは、鹿島槍、五龍とも山頂付近は雪は無く、鞍部に下るにつれて徐々に雪が増えてきて鞍部は一面の残雪で、目的の山頂は再び雪なしでした。たぶん鞍部は7月初めでも残雪があると思います。


14.残雪期に適する山

(1) 入門編

 過去の経験上、比較的安全なのが尾瀬、南会津の山。全体的に地形がなだらかで雪崩の危険性が少なく、主稜線は痩せた急な尾根もなく、初心者でも比較的歩きやすいと思います。ちょっと遠いですが、檜枝岐まで行けば4月でも積雪充分で、国道脇から残雪が続いていることが多いです。ここ数年のような本格的な残雪の山に登り始める前は、このエリアで残雪の山に登っていました。その時はピッケルは持っておらず、アイゼンもほとんど使わないで(使っても4本爪の軽アイゼン)ワカンだけ使っていましたが、恐怖を感じるような場面はほとんどありませんでした。このエリアは登山道が無いと藪がひどいので残雪期の価値は大きいです。ただし、夏道があるルートでもメジャーなコース以外はトレースは期待できないので、自力でルートファインディングできる能力が必要です。大清水から黒岩山に登ったときも全くトレースはなく、夏道は雪に埋もれて跡形も無く、稜線に出るまでは適当に登りました。大清水から鬼怒沼山に登ったときもトレース皆無でした。この辺で無雪期に藪山歩きをやっている人にとってはちょうどいいかもしれません。トレースが期待できるのは至仏山や燧ケ岳、会津駒などの百名山級の山でしょう。日光白根もトレースがあるかもしれませんが、初心者では最後の登りがきついかも? 雪が付いた時期は登ったことがないのでイマイチ推薦しづらいです。

 奥多摩でも残雪期の早い時期なら雪がありますが、正直言って本当の残雪期の雰囲気はありません。雪が少なすぎて4月にはほとんど無くなってしまいますし、登山道は踏まれた部分が日中は解けてガサガサに、夜凍ってアイスバーンになるしで、私の思い描く残雪期の山ではありません。でも雪の上を歩く経験をする意味ではいい場所だと思います。雲取のコースなどは真冬でもトレースがあって歩きやすいです。

 豪雪地帯の低山なんかも残雪期の入門には面白そうですが、なにせ東京から遠いのでおいそれと登るわけにもいかず、2000m峰優先で経験がありません。群馬北部あたりでも入門用の山がありそうですが未体験。いきなり上越国境は厳しいのでその手前の山あたりが適当でしょうか。

(2) 一般編

 一通り残雪期の山を経験したら、次は岩場が登場しない範囲のアルプス周辺の山なんか面白いと思います。大型連休頃ならメジャーどころはたくさんの人が登るのでトレースは完璧。天気さえ良ければ素晴らしい展望を楽しめます。メジャーどころはほとんど行かないのですが、2007年の連休は上高地から徳元峠、一ノ沢から常念乗越に登りましたが、人がたくさん登っていて安心感が全然違いました。稜線に上がれば真っ白な北アルプスが広がり、夏山とは迫力が違います。さすがに私の力量では雪が付いた時期に槍穂の稜線は恐ろしくて行けませんが、周辺の山でしたら危険を感じることも無く楽しめました。あ、白馬大雪渓から白馬岳なんてのもお勧めです。大雪渓の一部は急傾斜ですが、えらいたくさんの山スキーヤーが登っているはずですから、それらの人の後を付いていったりトレースを利用すれば大丈夫でしょう。

 上越国境の山でも岩場が無い山だったら楽しめます。今は夏道ができてしまいましたが、以前は道がなかった佐武流山などは残雪期に野反湖から往復するのが一般的で、シーズン中は立派なトレースができていました。ここもわりあいなだらかな尾根で、ピッケルは不要、ほとんどワカンで歩きました。アイゼンも6本爪だったなぁ。白砂山の往復でも充分楽しめます。八ヶ岳でも岩っぽくない場所なら大丈夫と思います(行ったことないけど)。天狗岳周辺や北八ツなんかよさそうです。

(3) 上級編

 残雪期の経験を積んだら、いよいよ本格的な藪山にアタックかな。藪漕ぎはないのでトレースなしでのルートファインディングと滑落しない技術がメインとなります。また、参考になる記事も無いでしょうから、どんなルートで登るのが一番安全か、雪の状態がいいかを自分で判断する能力も要求されます。一番危険なのが滑落ですが、それまで歩いてきた様々なコースと地形を比較して傾斜が急すぎないか確認が必要です。たぶん、慣れないうちはちょっとの傾斜でも恐怖感を感じると思いますので、どのくらいまでの傾斜なら登れそうなのかトレースがあるコースを歩くときに確認しておくといいでしょう。恐怖感は傾斜だけでなく樹林の有無でも相当左右されるので、森林限界を超える山では想像以上に怖い思いをするかもしれません。

 アルプス級の主稜線というのも面白いかもしれませんが、今のところ私にとって未体験ゾーンです。そのクラスの山に登るのは5月後半以降で、稜線の夏道がほとんど出た時期にしか登ったことはありません。痩せ尾根だとかの滑ったら死にそうな場所さえなければ標高が高かろうとさほど問題はないと思いますが、私の場合、あくまでも藪山に登る手段として残雪期の山登りをやっているわけで、残雪期のアルプスに登ることが目的ではないので・・・。

 

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