北ア 餓鬼岳,唐沢岳,餓鬼のコブ,東餓鬼岳,東沢岳 2001年8月4〜5日

 

 

 

 水曜日に裏銀座縦走から下山したばかりで興奮冷めやらぬ中、貴重な夏山シーズンを無駄にはできないので週末の土日に再び北アルプスへと向かうことにした。1泊2日の行程でちょうどよいし、中房温泉までの道も知っているので、行き先は最初から餓鬼岳と決めていた。中房温泉から登れば途中の東沢岳、東餓鬼岳が稼げるし、唐沢岳、餓鬼のコブのおまけも付いてくる。ガイドブックを見ると北アルプスでもマイナーな山らしく、人で溢れていた前回の山行とは逆の静かな山歩きが楽しめそうだ。ルートとしては中房温泉から中房川沿いの登山道を経由して唐沢岳まで往復だ。

 金曜日の仕事はフレックスで早めに切り上げ、中房温泉の登山者用駐車場にはPM10時ちょっとに到着できた。ここは表銀座玄関口だし夏山シーズン真っ盛りなので駐車場の空きがあるか心配だったが、幸いにも10台程度空いており、日中日影になる特等席を確保できた。駐車場は国民宿舎を通過して中房川にかかる橋を渡って左にある。ここがいっぱいの場合は少し遠くなるが国民宿舎裏にも登山者用駐車場がある。車道をもっと上がった先にある駐車場は中房温泉の利用客専用駐車場なので登山者は追い返される。明日に備えて酒を飲んで寝た。

 翌日は4:30出発。いきなり財布を忘れたことに気付き、中房温泉にザックをデポして空身で取りに戻る。天気予報では今日は寒気が入り大気の状態が不安定とのことで、今は頭上は晴れているが稜線には怪しい雲がかかりちょっと心配な状況で、どうも天候悪化の時間が早くなりそうな気配だ。山間部の夏の午後には雷が付き物だが、午前中から雷になったらなぁ。

 中房川沿いの登山道へは中房温泉の「中庭」を通過するのだが、ここでいいのかなぁと思うような建物の間を通り抜ける道で、東屋のような露天風呂が終わるとやっと登山道らしくなった。このまま1級の道が続くのかと思ったら大間違いで、意外に笹の張り出しが多く、エアリアマップの赤実線としてはグレードが落ちる。もちろん、道筋ははっきりして間違える心配はないが。昨夜の夕立と朝露で笹が少々濡れており、手で笹を避けながら歩いた。雨の直後はゴアがないとびしょ濡れになるだろう。燕岳へは合戦尾根があるし、今回の餓鬼岳も白沢コースの方が余分なピークを越えなくて済むので楽だし、思ったよりのこのコースは歩く人が少ないらしい。

 エアリアマップには記載のない砂防ダムがあっちこっちにあって登山道は高巻きの連続で細かなアップダウンがいつまでも続き、かなり上まで登らないと沢沿いの道にならない。こりゃ下山時も苦労しそうだ。最後の登りも露で濡れた笹や草でびしょ濡れになり、ようやく飛び出した東沢乗越でやっと体が濡れないような、間違いなく第1級の登山道になった。

 

東沢岳から見た餓鬼岳

東沢岳、東餓鬼岳鞍部付近から見た東沢岳

 シラビソの樹林帯を登り切り森林限界に到達すると東沢岳直下に到着、登山道は山頂西側を僅かに巻いているのでここで荷物をデポしてアタック装備で東餓鬼岳を往復だ。東沢岳山頂まではほんの僅かな登りで藪もなく石の上を適当に登ればいい。山頂は見晴らしが良さそうだが天気はイマイチで西風が強く、ここはガスっていないが裏銀座や槍穂は雲の中に入ってしまっていた。餓鬼岳はかろうじて雲の下だが、裏銀座で発生した雲が流れてきていつガスに入ってもおかしくない雰囲気だった。落ち着いて休憩もできないが、まずは休憩を兼ねて無線運用、裏銀座に引き続いてEs絶好調で北海道と交信できた。

 続いて東餓鬼岳に向かう。武内さんの記事だとハイマツ中に薄い踏跡があるとのことだったが、確かに踏跡はあることはあったが、ハイマツの海の中の踏跡はハイマツの枝の上にあるのだから無くても同じようだ。最低鞍部付近では踏跡もはっきりせず、藪が薄い南斜面を巻き気味に進んだがハイマツが出現し、稜線に戻るのにそれはそれは猛烈なハイマツの藪漕ぎが待っていた。おかげで昨年購入したばかりのゴアが松ヤニだらけで手もヤニだらけ。久しぶりのまともな藪漕ぎだった。あくまでも正直に稜線を辿るのが正しいルートらしい。時々現れる砂礫帯はオアシスのようだった。

 

砂礫と岩の東餓鬼岳山頂

 ハイマツ帯50%、歩きやすい砂礫帯50%くらいの割合で出現し、東餓鬼岳山頂に到着した。ハイマツが切れ、岩の点在する気持ちよい場所で、三角点が鎮座していた。この山頂に立った人間はそれほど多くないだろう(2005年2月にネットで調べたら山行記録は発見できなかった)。仲間内でも登ったのは武内さんだけであり「武内級」の山だ。でも、片道1時間で来られたので、ちょっと藪山をかじった人であれば空身で往復できるだろう。無線を終えて帰りは正確に稜線を辿ったが、ハイマツが「逆目」になっている区間が長くて疲れた。残雪期は藪が埋もれて楽だろうが、稜線まで上がるのに苦労するだろうから、総合的に勘案すると無雪期の方がいいように思う。

 ハイマツとの格闘を終え、東沢岳で休憩して餓鬼岳小屋向けて出発する。私が東餓鬼岳でハイマツの海で悪戦苦闘中に通過していった人が何人もいたようで、数パーティーを追い越す。この先の登山道は、花崗岩の巨岩が林立するケンズリも含めてほとんど稜線の西に巻いている。危険箇所がないのはいいが、細かなアップダウンが続いてハイマツ漕ぎの後では余計に疲れた。餓鬼岳のみ登るなら白沢コースの方がよさそうだ。

 天気はますます悪くなり、アップダウンを繰り返している途中で雨がポツポツ降り出し、餓鬼岳小屋テント場に到着したときには本降りになる直前だった。まだお昼だというのにこの天気では今日のうちに唐沢岳往復は無理だろう。やはり上空の寒気が悪さをしているらしい。テント場は狭い私が一番乗りなので雷や大雨のことも考えて場所を決定、急いでテントを設営し、荷物を中に入れて傘を差して小屋に手続きをしに行った。エアリアマップでは水場があることになっていましたが、小屋で聞いたら天水とのことでビックリ。屋根の雨が直接流れ込む水槽から柄杓で2リットル分をわけてもらったが、ちょっと心配なので湧かして飲むか。

 テントで雨宿り中に雷が本格化、幸い、雲間放電が中心で山への直撃はなかったようだ。1時間くらいゴロゴロやってから静かになって雨も上がり、上空が明るくなったが、このまま雷雨が完全に終わるのか判断の自信がない。とりあえず近場の餓鬼岳なら雷が再接近してもすぐに逃げられるだろうと無線を運用したが、無線機には空電ノイズが入り、時折遠雷も聞こえてビクビクしながらの運用だった。

 短時間の運用でテントに戻りお昼寝タイム。その後雨も雷も来なかったが夕方もガスったままだった。寒気の影響なら気温が下がる夜間は天候は回復するはずで、夜中に小便で起きたら所々雲の切れ間があって星も見えていて、明日の天気は大丈夫か。雷の心配が無くなり酒もきいてぐっすりと寝た。

 

餓鬼岳山頂 餓鬼岳から見たケンズリ、燕岳

 朝、起床してにテントから這い出し外を眺めると上空の雲はすっかり消滅し、安曇野は一面の雲海、反対側のアルプスの稜線には全く雲が懸かっておらず、北から南までずらっと山並みが並んでいるのが展望できた。この天気がいつまで続いてくれるか分からないが、昨日同様昼くらいまでだとしても、雷が来る頃は安全地帯まで下山しているだろう。

 飯を食ってアタック装備で唐沢岳向けて出発。餓鬼岳山頂は大展望を楽しんで写真撮影に熱中している20人程度の登山者賑わっていたが、北アルプスの日曜の朝でこの人数だから、餓鬼は静かなのは間違いない。ここから唐沢岳に向かうのはどれほどの人数なのか分からないが、たしか唐沢岳は200名山でも300名山でもないと思ったので物好きしか来ないかも知れない。ガイドブックを見ると2日目に唐沢岳を往復して下山するご案内は無く、かなり余裕があるがそのまま餓鬼岳小屋に宿泊のパターンがノーマルらしい。

 

餓鬼岳西側ピークから見た唐沢岳 餓鬼岳西側ピークから見た餓鬼のコブ

 西へ延びる稜線を辿り、ピークから右手に進路を変えて樹林に入り急降下するが、帰りはここを登り返すのかと思うと気が重い。道は今までと変わらず1級の登山道で不安は全くない。鞍部から登り返すと餓鬼のコブの根元を巻いてしまうが、ここは帰りに無線運用することにして先を急ぐ。再び下って登り返すと花崗岩が現れるようになり、風化した白い砂にコマクサが点在する。山頂近くに来ると登山道は尾根を登るのではなく、巨岩の基部を南に巻いてから急傾斜を一気に直登すると山頂だ。

 

唐沢岳山頂 唐沢岳から見た槍穂

 唐沢岳は巨大な花崗岩の山頂で、最高地点よりも西側のちょっと下がった場所に平地と山頂標識があった。目の前は高瀬ダム湖を挟んで裏銀座の山々。なんといっても僅か数日前に歩いた稜線である、感慨深い。ほとんど同じような高さのなだらかな稜線に見えるがそうでもないんだよなぁ。遠くに槍穂も見えているが、あそこを歩いたときはろくでもない天気だったなぁ。後立山は重なり合ってしまいよくわからなかった。誰も来ないだろうと堂々と真ん中で無線の準備をしていたら初老の男性がやってきたので急いで端に店を移す。この人、新島々に住んでいるそうで、もう60歳だというのに唐沢岳まで私とほぼ同時の時間で歩いてきという健脚者。色々話をしたが、若い頃は表銀座経由で槍を1泊2日とか、それはもう無茶苦茶なことをやっていたようだ。でも、武内さんの赤牛岳48時間山行には唖然としていた(当たり前か)。唐沢まで来る人間はそういう人種だけのようだ。

 三角点脇でアンテナを立ててワッチすると、知り合いの局が南ア南部茶臼岳から出ているのが聞こえたので声をかけた。椹島から入って聖沢から登り、1日目に聖小屋で幕営、2日目に大快晴の中を聖に登って大展望を楽しんで上河内岳でも運用、茶臼小屋で幕営、3日目に茶臼岳で無線を行い、これから畑薙ダムに下るとのこと。北アとは逆に南アは昨日はすごくいい天気で今日はガスって視界無しだそうだ。でも、聖岳てっぺんで好天に恵まれたのなら茶臼でガスっても我慢できるだろう。もう1局、6mの常連と交信して店を畳んだ。

 唐沢岳直下の樹林帯を下っているときに3人目のお客とすれ違った。この人もさっきの人と同じ60代程度の男性であった。餓鬼のコブ直下で新島々の人に追いつき、私は僅かにハイマツを漕いで真の山頂へ、老人は餓鬼岳へと戻ってった。分かれる前、東餓鬼岳のことを話したら「帰りに行ってみようと思っていたけど、そんなハイマツの海があるんじゃ今回は疲れたからパス」だと言っていた。ハイマツをかき分けて花崗岩の巨岩に登り、アンテナをハイマツに縛り付けて運用した。

 これで今回予定した無線運用ポイントは全て完了、下山するだけだ。餓鬼の登り返しで大汗をかき、帰りは餓鬼直下の巻き道を通ってテント場へ戻った。休憩を兼ねて昼飯を食いながらテントを虫干しするが、昨日とは大違いで天気がいいのですぐ乾いてくれた。

 テントを畳んで少しだけ軽くなったザックを担ぎ中房温泉を目指して下山開始。東沢岳まではアップダウンの連続で所要時間、体力消耗とも行きとほとんど変わりがないような気がするくらい疲れた。天気がいいのはありがたいが、疲れた体に森林限界の直射日光はきつく、10時頃になって徐々にガスが上がってきて日差しを遮るようになって助かった。昨日の天気を考えると何とも贅沢だ。

 東岳乗越から下って沢に出てからも高巻きの連続で、予想通り疲れ果て、途中3回の小休止を含めてテント場から中房温泉まで4時間かかり、ホントに最後の高巻きはバテバテで死にそうだった。唐沢岳往復のオプションの効果か。当然の如く有明荘で温泉に入り2日間の汗を洗い流してさっぱりしてから東京を目指した。



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