南ア北部 鋸岳、編笠山、横岳 2002年10月12日

 

 

 南ア主脈で唯一登り残しているのが鋸岳である。意識して登っていないわけではなく、タダ単に標高が低いので後回しにしただけのことだが、アルプス級の山が残り少なくなった今では貴重な存在だ。10月も半ばで高山最後のシーズンとも言えるこの機会に登ることにした。3連休にこんな場所というのも時間的にもったいない気もするが、なんせ相手はアルプスだ。もったいないなんて考えたら罰が当たる。それに鋸岳周辺のオマケの山も稼ぐことにする。網笠山と横岳である。網笠山は八ヶ岳が有名であるが、こっちは同名だけど知っている人はほとんどいないだろう。縦走路から外れた尾根上にあり道はないが、距離はさほどでないのでどうにか藪を漕いで行けると予想した。横岳は県境尾根なのでもしかしたら踏み跡くらいあるのではと期待した。ちょっときついが、標高差から考えるとどうにか日帰り可能と判断した。

 釜無川への入口が分からず、富士見町市街地まで到達してから行き過ぎに気づいてショートカットで細い道を走った。無事釜無川沿いの道にたどり着き、上流目指して平坦な道を走る。採石鉱山のダンプが往復するからであろう、凄い埃で真っ白だ。鉱山事務所を過ぎて少しで施錠されたゲートがあり、その前に広場があって駐車可能だった。今夜はここで仮眠する。

 寝る前に初導入のGPSに各山の緯度経度を入力し、現在位置からの距離を見てみたら約10kmくらいで妥当な線だった。緯度経度の表示は何度何分何秒の形式と何度何分(小数点)があったが、武内資料の形式が後者だと勘違いして入力したらとんでもない値が出て、フォーマットが違うことに気付いた。事前に試してよかったぁ。

 朝はまだ真っ暗な5時に出発。いつの間にか隣りに車が止まっていたが全く気付かなかったからよく酒が効いたようだ。なんせ歯の痛みでしばらく強制禁酒だったから。何故か酒を飲むと痛み止めが効かなくなって苦しむことになったから。1週間前に右下の親知らずを抜歯し、その後数日間あごが痛くて口が開けられない状態が続いたが、やっと最近になってまともに食事ができるようになった。まだたまに出血することがあるが、まさか山登りなら大丈夫だろう。

 林道歩きは2時間を予定している。林道は真っ暗闇でも迷うことはないし、終点までには充分明るくなる。自転車で走りたくなるような平坦な道が延々と続き、砂防ダムがお出ましになる頃に傾斜が出てくる。ここは自転車に乗ったままでは無理だろう。この頃になると工事業者の車だろうか、勢い良く追い越していく。クソ〜、乗せていってくれないかなぁ。

 ダムを高巻きする所で車がちょっと止まっていたが、やがていなくなった。もしかしたら乗せてくれるのかと淡い期待を抱いたが外れ。そこには雌の鹿が倒れていた。なんとまだ生きているではないか。しかし体が動かないらしく、目ばかりキョロキョロしている。外見上は怪我は見あたらないが、どこかに致命傷を負っているらしい。もしかしたらさっきの車にはねられた? それとも法面から落ちたのか。それにしては傷がない。何が原因にせよ、私にしてあげられることは何もない。鹿に恐怖心を与えないように遠巻きに通過するしかできなかった。

 やがて最初の工事現場に到着すると、追い越していった車の一団がいた。まだ朝7時前だというのにもう工事を始めるらしい。発電機が回っている。その上流にも工事現場があり、そこが林道終点だった。

 その先の道がはっきりしない。でも沢に沿って歩いていればいつかはっきりするだろうと適当に歩いた。やがて左岸が広くなり歩きやすそうだったのでそちらに行くと踏跡があり目印がある。一安心。しかし踏跡が薄くなって見失い、また沢沿いに歩いて右岸側が広くなると右岸へ、左岸が歩きやすそうだと左岸へと渡り歩いた。そのまま左岸を歩いているとガラガラの涸れ沢を横断した先でようやく小尾根にとりついた。

 この先ははっきりした踏跡だ。左手に富士川源流に続く沢を見下ろしながら尾根を登っていく。久しぶりに標識を見たが、こんなはっきりした場所よりもルート不明な沢沿いを整備した方が良かろうに。どこかで沢から離れるはずだが、鋸岳登山道と富士川源流への分岐点には標識はなく、黄色ペンキで倒木に手書きされていただけだった。でも、これで鋸へのルートであることが確認でき安心した。

 そのまま尾根を直登するルートを辿った。休憩時間等を考えると先に横岳に登って運用がてら休憩するのが得策と判断、横岳峠からアタック装備でピストンすることにした。ところがこのルートは横岳峠経由ではなく、エアリアマップに書かれているコースだった。いつの間にか後ろに横岳が見えるようになってしまった。まあいいや、帰りに立ち寄ればいいから。しかし、どこで横岳峠との分岐があったのだろう? 全く気付かなかった。もしかしたらそっちの道は廃道化しているのだろうか? 不安はあるが、下りなら多少藪があっても問題ないし、沢沿いに下ればいつかは林道に出られるだろう。

 シラビソ樹林を登り続けると水音が聞こえるようになった。標高は2000m近く、富士川水源地よりもかなり高い場所だし、エアリアマップでも水場マークはない。水場があるわけないよなぁと歩いていたら本当に沢が出てきた。この時期でそれなりの水量だから、冬場雪に埋もれる時期以外は年中水が得られそうだ。しかも、少し登ると昔の飯場跡?が出てきた。木が伐採され明るく、少し離れて朽ちかけたプレハブ小屋があった。ここは幕営適地ではないか。みんな横岳峠で幕営するようだが、水を担ぐのが大変だ。ここは峠よりも標高が高いのに豊富な水があるし、至れり尽くせりだ。

 しかし、この先のルートがはっきりしない。沢を渡った先からは薄い踏み跡を慎重に辿る。ワイアーロープが張ってあったりするから伐採跡なのだろう。ワイアーが散乱する疎林地帯で踏跡を見失ったので、南側にあるはずの横岳峠へのルートを目指した。幸い、下草のないシラビソ樹林だから藪漕ぎすることなく、わずか数分で縦走路に出た。

 縦走路ははっきりして迷う心配はない。そろそろ出発して3時間を超えたので休憩。ここから三角点峰までが急な登りだ。そこまでたどり着けば第1高点はすぐそこ、大きな体力消耗は三角点峰までだ、焦らずゆっくりと歩いた。右手が開けた場所では仙丈ケ岳、北岳、それに間ノ岳が白い姿を見せている。この好天ではたくさん登っているのだろう。南ア林道を戸台口へ向かうバスの走行音も聞こえていた。

 樹林帯から飛び出すと三角点峰はすぐだった。ようやく第1高点のお出まし、なるほど、本で見る通りの姿だった。三角点は北側に引っ込んだ所で発見、ここで腹ごしらえし、アタック装備に切換。気温が高く日差しも強く暑いくらいなので、シャツ1枚とハンディー機だけ持って出発した。

 第1高点まで、南はスッパリ切れ落ちた断崖絶壁で北側は急な樹林帯だった。崖っぷちの危ないところは北側を巻いているので安心して歩けた。ピークを越えて下ったところが角兵衛沢コースで、赤テープが見えた。タダの岩屑の急斜面で登山コースがあるようには見えない。最後の登りも安全なルートで、難なく第1高点に立った。

 遮る物がない山頂は日差しを受けて暖かい。目の前の甲斐駒は大きく、北岳は鋭い三角形。今年はもう行けないかなぁ。八ケ岳も丸見えで、南端の編笠山と鋸三角点峰北の編笠山と両方見える。有名度は大違いだ。北アは槍穂がかろうじて見える程度の空気の透明度で、笠ヶ岳が格好いい。その左は薬師岳だろう。立山はかろうじてわかるくらい。西に目を向ければ木曽御嶽に中ア。千畳敷ロープウェイは大混雑かな。

 無線はVX-5しか持ってこなかったから短時間運用。奥多摩は日陰名栗峰の局から呼ばれて驚いた。巻いている縦走路を歩かずに防火帯を登ってきたとは山頂にこだわりを持った人に違いない。名古屋から転勤してきた人で、なんとJP2WBW石川さんの知り合いだった。QSOが終わってメインで石川さんを呼んだのを聞いていてまた呼んできて、一体どうしたのかと思ったら石川さんは北アに出かけているとの情報をいただいた。世の中狭い。430は山岳移動局が多いから仲間も多くて助かる。

 1局だけQSOして三角点峰に登り返そうという場所で初めて人に会った。私同様ゲート前から日帰りで、1時間遅れの6時出発とのこと。日帰りが他にもいるとは思わなかった。私はまだ2山寄り道するからたぶん後から追いかけるでしょうと伝えて別れた。

 ザックに戻り、隠れた本命の編笠山アタックだ。藪が予想されるので長ズボンに履き替えようと思ったが、あまりの天気の良さと暑さでロングスパッツで済ませることにした。結果は失敗だったが。尾根を北に辿ると踏跡とおぼしき道があるではないか。この調子なら楽勝だと思ったら甘くはない、この踏跡は一つ東の尾根を下っていくのだ。いつの間にか左手に編笠山が見えるようになってあわてて戻った。しかし、東側から稜線に這い上がるにはハイマツの激烈な藪と格闘しなければならなかった。これではたまったもんではないと北側をトラバース。しかしここは藪の急斜面、地面に足が付かない場所もある。できるだけ隙間を捜して藪を避けるようにしたが、ハーフパンツとロングスパッツからはみ出した膝周辺は、たちまち藪の攻撃を受けて擦り傷だらけの血塗れになった。まいったなぁ。急斜面を落ちないように岩に捕まりながら下る途中で1mほど滑り落ち、右膝を強打したときには涙がチョチョ切れるほど痛かった。その時に股関節も痛めてしまい、膝の痛みよりも深刻だった。

 やっと歩ける程度になって藪との格闘が続き、ようやく稜線にたどり着く。西側はハイマツ、東は樹林で下草もなく歩きやすいので東側直下を辿った。獣道だろうか、何となくあるような無いような。最低鞍部から登り返しも主に東側を登った。途中1箇所だけ岩が露出した場所があってそこだけ稜線に立てた。そこから西側に入ったら徐々に木の密度が増して歩きにくくなったのでまた稜線東側に戻った。山頂直下までそのまま進み、最後のハイマツを突っ切ると待望の山頂だった。

 きっとハイマツに覆われていると思っていたが、山頂付近だけ藪が無く石が転がっている。こりゃ昼寝にいいな。低い灌木に小さなプレートが付いていたが文字は消えていた。西側斜面は石の積み重なりで、ケルンがあった。こんなピークでも人が来るんだ。武内さんだけかと思ったが。振り返ると三角点峰が遠い。帰りは登らなくちゃいかん。股関節が痛いなぁ。北を向くと快適に登れる八ヶ岳の編笠山。こっちと違って賑わっているか。無線は430で1局でおしまいとする。

 ほとんど同じルートで逆戻り。やはり最後は稜線東側から稜線に這い上がるのが困難な藪でトラバース。今度は落ちずに済んだ。踏跡に戻ると生き返った心地。稜線に合流するところから稜線に上がると、低いハイマツが続いていた。東からアプローチすると立っているように見えたのだが。ちょっと下ってみたが、同じように寝たハイマツが続いていたから、このまま寝たハイマツを踏みつけながら稜線を歩いた方がいいのかもしれない。最後がどうなってるのか保証できないが。

 三角点峰を少し下った南が開けた斜面で最後の大休止。飯を食うついでに430をワッチすると聞き覚えのある声。赤地さんとすぐに分かった。どこから出ているのかは不明だが、山頂に登り返した方が良く聞こえるだろうと、ハンディー機と飯を持って最高点の岩に座った。QSOが終わって逃げられないようすかさず声をかけると応答有。浅間前掛山だった。編笠山の苦労話をすると赤地さんは既登山だった。藪でストックを取られたとのことだが、私のルート上では気付かなかった。横岳もしっかりと登っているようだ。さすが。

 互いの健闘を祈りつつQRT、下山開始。下りは股関節の痛みがさほどでないので助かる。大ザックを担いで喘ぎながら登ってくる若者2人と遭遇、甲斐駒までの縦走だ。やっぱりザイルは必需らしい。色々話をしたが、まだまだ南アは未踏峰が残っているとのこと。笊、大無間などは藪山と勘違いしていた。いいなぁ、まだまだ南アで楽しめて。

 横岳峠はなだらかな平坦地。確かに幕営適地だ。富士川水源を示す標識が北を指していた。よかったぁ、ちゃんとした道があるんだ。でも、どこで私が登ったルートと分岐するのかなぁ。下りで確認しよう。テントは西側に1張、明日鋸を往復するようだ。私が到着した直後に8人の大パーティーがお出まし、こちらは全員メットを被った見るからに岩屋。間違いなく甲斐駒縦走組だろう。賑やかになった。こちらはアタックザックに切り換えて横岳をピストンだ。先客の単独男性に横岳は道があるのか?と聞かれたが、仲間で登っているのが何人もいるからあるんじゃないかと答えた。

 グレードは落ちるがちゃんと踏跡があった。稜線から南に逸れた所を登り、藪のない樹林帯を登り切ると樹林の中の山頂。久しぶりにM大ワンゲル標識を目撃した。ということはここはマイナーな山なのか。夕方が近づき気温が下がってきたので430FMで手早く済ませることにし、サブをワッチするとJA7TKH/2間ノ岳を発見、時間節約できた。全市全郡コンテストが今夜から始まるが、明日昼間に5.6GHzに出るのだとか。アルプスでマイクロ波とはご苦労様。

 無線の予定は全て完了。長い下山、いや、林道歩きが待っている。峠への下りは藪が無く樹林をどこでも歩けるので北側に外してしまい、遠回りして戻ってきた。テントは4張に増え、1パーティー追加だ。もうテントが張れる平地がないが、PM3時過ぎだから本日のお客は最後だろう。8人岩屋パーティーは宴会中。北岳バットレスがああだこうだと話していた。さあ、こっちは車に戻らないと宴会はできない。今の時間ではゲートに着いたら真っ暗だろう。休む間もなくザックを背負って出発、岩屋パーティーからは「野生児」と言われた。意味がよう分からないが、冷えてきた中Tシャツに半ズボンで歩いているからだろうか。日が傾いて峠は日陰、体を動かさないと寒いだろう、宴会組はダウウンジャケットのいでたちだった。

 峠を下り初めてしばらくは疎林でどこでも歩けるから道を失いやすい。目印を慎重に辿っていく。歩いているといつのまにか富士川水源分岐に着いてしまった。あれ? どこで登りのルートと合流したのだろう?? 想像としては尾根直登が登りのルート、右に巻き気味に歩くと横岳峠ルートらしい。でもみんな素直に横岳峠に出たと言うことは、私の登りは非常識なのだろうか。でも尾根に乗ったら尾根直登するよなぁ。

 沢に降り立ち、今度は踏跡を外さなかった。上流部はずっと左岸、右岸が広くなったら右岸、最後は左岸に戻って飯場跡前?を通って工事現場に出た。出たところが思いっきり「立入禁止」のロープ内側だった。工事現場で左岸に渡り、プレハブ前を通るようにすればいいのだ。沢を渡るポイントには目印があるので、注意深く見ていれば分かるだろう。もっとも、沢沿いに歩いていればどこかで目印が出てきて踏跡に遭遇できそうだ。ポイントは沢が狭くなってから左岸を歩くことにつきる。

 まだ工事中で重機がうなりを上げていた。ここまで来れば2時間の林道歩きのみ。真っ暗になっても危険はない。単調さを我慢してひたすら歩く。単独行男性とすれ違ったが、今の時間では峠までは無理だろうから沢のそばで幕営だろう。ご苦労様。次々と工事現場から引き上げる車に追い抜かれ、朝倒れていた鹿はそのままでまだ生きていたがどうしてあげることもできず静かに歩くだけだった。股関節の痛みに足を引きずりながら、真っ暗闇になる寸前にゲート到着。朝出発したときと同じで私の隣りに4WD車が1台、そうか、峠の最初の幕営者か。他はタクシーで来た縦走組だ。やっぱり鋸岳は岩屋さんの世界なんだな。

 いつもの蔦木温泉で汗を流し、翌日の八ケ岳山麓へと向かった。

 

 

 なお、この頃はまだ銀塩カメラだったため、写真はスキャナでとらないと掲載できません。現在、スキャナが使える環境が整っていないため、しばらく写真無しのままです。


 

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