北ア槍穂 蒲田富士 2003年8月16日(無雪期)

 

 

 蒲田富士(ガマタフジ)。この名前を知っているのは地元民か、冬の北アに入る人か、山ランメンバーでもお山の大将上位を狙っている人だけではなかろうか。北アルプスを闊歩している人でも知らない人が多いだろう。涸沢岳から西側に延びている尾根の上に位置し標高は2742m、地形図に名前が記載された歴とした山である。山名は何とか富士の類だが俗称でなく、蒲田富士が地形図に掲載された正式名称である。登山道が無い山で、インターネットで調べた限りは一般には涸沢岳冬季ルートとして歩かれる山だ。もちろん蒲田富士が目的ではなく涸沢岳が目的だからオマケだろうが。

 しかし、標高が2700mオーバーの立派な高山なのでお山の大将では貴重な存在だ。山ランで唯一登っているのは武内さんのみという、いかにも藪が深そうないつものパターンだ。1年くらい前、その武内さんにどうやって蒲田富士に登ったのか尋ねてみたところ「西側稜線に踏み跡以上の踏み跡がある」とのことで、無雪期でも充分登れそうな感触を得た。武内さんと私とでは「踏み跡」の感覚は異なると思うが、全くの藪ではないことは確かだ。先日の御飯岳で笹藪漕ぎは充分堪能しているが、それを考えればまだマシと思えた。

 武内さんの話からルートはただ一つ、新穂高温泉から右俣林道を白出沢まで歩き、白出沢すぐ北側の尾根をひたすら登るだけだ。新穂高温泉駐車場の標高は約1000m、蒲田富士の標高は2742mだから標高差は約1700mとなる。この程度なら充分日帰り可能な標高差だ。多少藪で手間取っても余裕を見込める時間だろう。ただし、藪の程度が予想以上で体力を奪われる心配もあったので無線はVX-5のみ持っていくことにした。これで確実に1kg以上の軽量化が可能だ。たった1山だけだったら144か430で充分だ。奥積さんには申し訳ないが、いくらピコ6といってもアンテナまで含めると144/430ハンディーと比較すると何倍も重いのだ。厳しい山の場合は持っていくことはできない。

 今年に入って登るタイミングを計っていたが、8/14〜8/17の4連休で実行することにした。本当は長期縦走を行いたかったが、今年は天候不良で前半2日は関東、東海は大雨で伊豆や神奈川では土砂崩れが頻発、長野方面は多少はマシな天気だが雨には変わらない。南アに行ったら豪雨だったろう。夜叉神トンネルから先の県道が崩壊した今となっては広河原と奈良田を結ぶ唯一の県道も大雨で通行止めとなったくらいだ。車で入ったものの閉じこめらた人も多いだろうな。東北まで雨雲が広がって行き場所が無く、2日間は休養日とした。金曜夜のTVとインターネットの天気予報で土曜日のみ長野北部〜新潟方面の天気が回復するとのことで8/16土曜日に決行することにし、中央道で松本まで入り、安房トンネルを抜けて日付が変わる直前に駐車場に到着した。

 新穂高温泉の駐車場は分かりにくいところにあるのが難点だ。以前は左俣林道ゲート近くに路上駐車が可能だったり左俣側には村営無料駐車場があったのだが、今は路上駐車は禁止、村営駐車場は有料(\100/1h)となっているので縦走等長期駐車には適さない。バス停近くも有料である。無料駐車場はスノーシェッド途中にある深山荘への道を入り、蒲田川を上流方向に行き止まりまで走ったところにある。一番奥が一番歩く距離が少なくて済むので奥から埋まっていく。今回はお盆後半の金曜深夜に到着したが、最上段は埋まっていて2番目に近い駐車場に数台の空きがあった。車を止めてパッキングをし、酒を飲んで寝た。心配だった天気は上宝村は天気予報通り晴れて星空が見えていた。明日いっぱい雨が降らなければいいのだが。

 朝は4時過ぎに起床、着替えて朝飯を食ってヘッドライトが不要なギリギリの明るさで出発だ。まだ暗い内から出ていく人も結構いた。天気は申し分ない快晴だった、といっても充分明るくならないと空の色は分からないが。ただ、車道に出てすぐ笠ケ岳山頂が見えていたので天気がいいのが分かった。こんな所でも笠ケ岳って見えるんだな。緑の笠が残っているのでまたここに来る機会はある。

 遊歩道で上部の車道に上がり少し歩くとバス停で、迷わず右俣林道方面に入る。去年槍穂縦走に来たときに間違って左股に入ってしまったので今度は間違わない。ロープウェイ上の有料駐車場(\100/1h)にはたくさんの車が止まっているしテントまで張ってある。これから出発しようとするグループもいるが、下山するまでにいくら金取られるのだろうか。無料駐車場があるのを教えてやりたいくらいだった。

 まだ5時くらいなのに下山してくる人がいた。白出沢までは延々と林道を歩くが、途中で「夏山近道」なる標識があって、少しだけ林道を歩かずにショートカットして穂高平小屋に出ると、目の前には蒲田富士らしい鋭い山が見えている。なるほど、富士山型に見えないでもない。なぜか穂高平小屋には名古屋ナンバーの車が入っていた。あ〜あ、車で入れれば楽だろうな。さらに林道を歩いて白出小屋を右に見てそのまま直進するとやっと林道が終わり白い巨石が転がる白出沢を渡る、といっても水はないが。林道終点には富山ナンバーのワンボックス2台。昨年来たときにはなかったようなテレメータ施設があった。

 ここからが問題だ。蒲田富士から西に延びる尾根に乗らなければならないが、普通、尾根は末端に行けば行くほど広がって道は不明瞭になりがちで、正確な尾根の突端に踏み跡があるとは限らないからだ。武内さんからは取り付き口については全く聞いていないし、インターネットによる検索でもそこまで書いてあるものはなく、そもそもみんな冬季に登っているところをこっちは雪がない真夏に上がろうと言うのだからトレースもなく自力で探すか尾根がはっきりするまで藪漕ぎするかだ。

 エアリアマップで白出沢を超えた先で登山道が膨らんでいる場所が見られるが、ここが正確な尾根の突端で一番臭い所だ。その道が膨らむところは歩いてみるとはっきり分かり、右側にははっきりした尾根が見えている。あの上に踏み跡があるのか?と先を急ぐと間違いなくその尾根の突端から踏み跡が入っていた! 笹はあるが薄く、はっきりした踏み跡に目印が尾根上に続いているのが見えて一安心だ。武内さんが「踏み跡以上の道がある」と言っていたのは間違いではなかった。

 ここから先は笹が登場するのでジャージの長ズボンに履き替え、腕には腕カバーを装着した。踏み跡に突入する時に槍方面に上がっていく人に目撃されてしまったが、あの人は私を山屋だとは思わないで山菜か何かを取りに行くのだろうと思っただろうな。最初は傾斜は緩く、笹も先日の御飯岳とは比較にならないくらい密度は低く、目印はいっぱいあるし、踏み跡ははっきりしているしで文句無しだった。鼻歌混じりで歩いていたが傾斜が増すとともに徐々に笹が増えてきて所々で踏み跡を見失うようになった。尾根は広いところがあってルートが分散したり、なんせ積雪期のルートだから踏み跡があること自体が不思議なくらいだから薄いところがあって当然だろう。しかし完全な藪状態になって左右を探るとまたはっきりした踏み跡が出てくるのだった。途切れ途切れに踏み跡があるようだった。天気予報風に書けば「踏み跡時々道、所により一時藪」だろうか。

 登りは笹が「逆目」で鬱陶しいが、猛烈な密度ではないから手で押し分けることができる。できるだけ踏み跡っぽいところを探し出すのが肝要だ。一部は本格的登山道があるのではないかと思えるほどはっきりした部分もある。私の信用ならない高度計の読みでは標高1900mまでが笹であったが、もう少し短かったような気もする。全体的に傾斜は急なので高度は稼げるが疲れる登りだ。完全なバリエーションルートだからジグザグに道が付いているなんてことはあり得ない。

 標高1900m?を越えると待望のシラビソ樹林に入り笹が消えて格段に歩きやすくなる。岩が出てきて道は左に巻いているようだったが、木の根を支点にして私はそのまま岩尾根を直登した。岩と言っても危険があるような個所ではなく、次のホールド、スタンスまでが離れているだけの話だが。

 笹が終わってほっとし、休憩しようと腰を下ろしたが虫が多いのにはまいった。まさかこの標高なら虫はいないだろうと虫避けスプレーを持ってこなかったのだが、汗の臭いを感知してかそれこそ雲霞のごとく群がってくる。蚊ではないが刺す虫で、じっとしていては餌食になるだけなので座ることもできず、半ズボンに着替えて山靴の紐を結び直す5分間だけで休憩を終わりにして歩き出した。それでも半ズボンになって涼しくなり、歩くペースを若干落としたこともあってあまり疲労の蓄積はなかった。標高が低いときは汗が噴き出したが、笹が消えて足下が軽くなって風通しが良くなり汗をあまりかかずにすむようになった。

 しばらくは下草のないシラビソ樹林の急登が続き、草がぼうぼうに生えているがテントが張れそうな平地(実際に焚き火跡有)を過ぎるとダケカンバが混じってきてやや草っぽくなってくる。ようやくハイマツやシャクナゲもお目見えするがほとんど道を塞ぐことはない。大喰岳、南岳が近く、奥丸山はここより低く見える。笠、抜戸岳はもちろんのこと、樅沢岳、双六岳も見えていた。今頃縦走している連中はいいだろうなぁ、こんなに天気いいし。藪なんかないしね。

 ハイマツがあるくらいだから森林限界は近いのだろうが、周囲の木も高さが低くなってきた。道は尾根を外れたりしながら灌木の藪を避けて延々と急登が続き苦しい時だが我慢だ。未だ樹林でGPSが使えず、正確な高度が分からないのが難点だ。でももう休み無しで山頂まで歩くぞ。

 ようやく待望の森林限界を突破、稜線の北側斜面から尾根に突き上げた地点だ。一気に展望が開けてやる気が出てくる。右手の荒々しい西穂稜線に目が釘づけた。今年、あそこを歩けるかなぁ。正面にはまだまだ高い稜線が。あのてっぺんが山頂だろうか。岩っぽくなり傾斜は今まで同様凄い急だ。岩の稜線南側にルートがあり、冬季用にフックスロープが何本も張られているが、氷がない今の時期は用無しだ。雪が付いている時期にこんな岩場を登るなんて私にはできそうにない。たぶん滑落したら止まらず、命はないだろう。

 岩場を越えて少々ハイマツを漕ぐと傾斜が緩んで山頂の一角に出る。地図によると蒲田富士は最高点が山頂ではなく肩の一角が山頂なので注意が必要で、こういう時こそGPSの出番だ。森林限界を超えれば衛星受信は問題ないのですぐに計測可能となり、GPSの残距離がほぼゼロになる所を山頂とした。なるほど、これは山頂かどうか目視だけでは判断しかねる地形だ。微小ピークがいくつかあるが、その先のなだらかな稜線の方が高いし。でも地形図でもあっちは山頂ではないからなぁ。もちろん山頂標識の類はいっさい無い。

 東半分は槍〜穂高の稜線に遮られ遠方は見えないが、北側の北ア核心部はよく見えている。昨年縦走した樅沢岳、左俣岳はもちろん、双六岳、三俣蓮華、黒部五郎、鷲羽、そして遠くは赤牛岳、野口五郎、立山まで見えていた。それらの稜線には徐々にガスがかかって見えなくなってしまったが今年初めての北アの大展望に感激した。東には涸沢岳がすぐ近く、山頂を歩く人間が見えるほどだ。あっちからは私は見えないだろうなぁ。奥穂、ジャンダルムの稜線はトゲトゲしく、いつか歩くことになるだろうが今年中に行けるかな? 南岳から大喰岳も近く、大キレットは目の前だ。こんないい天気だったら歩くのも楽しいだろうなぁ。私が大キレットを越えたときは霧雨に強風で視界がなかったもんなぁ。

 さて無線だ。まずは430で一声出してサブをワッチ、サブはガラガラなので思ったよりもロケーションが悪いのかもしれない。144でもワッチしたが「普通のQSO」をしている局はいなかったので430でCQを出したが、メインで5,6回出しても応答がないので2mに移りCQを出すと高山市の局から1発で応答があった。この局も北アルプスに頻繁に通い、つい最近笠ヶ岳に登ったばかりだという。そんな局でも蒲田富士がどこにあるのか知らなかった。当たり前だけどね。無線はこの1局でおしまいにした。その他、430をワッチしていたら白山別山付近にいる3エリアコールの局同士がラグっているのが聞こえたが、山ランメンバー臭かった。ただ私の頭には入っていないコールだった。

 何だかんだで1時間以上も山頂に滞在し、充分展望も楽しんだので下山だ。もう2度とここに登ることは無いだろう。しかし私の情報を元に山ランメンバーの誰かしら来るだろうな。2度と電波が出ない山ではない。ただ6mで電波が出るかどうかは定かでない。富士山好きのJF2HBH堤さんか大和さんくらいしか6mの可能性はないだろう。

 下山は登ってきたルートをそのまま下るだけだが、道が尾根から外れるところや尾根が分岐するところは要注意だ。最初の関門は森林限界を抜ける場所で、ここは斜面北側から尾根に突き上げるが、下りではついついそのまま尾根を下ってしまった。そちらにも踏み跡があるが少し行くと道が消失してしまう。よく見ると尾根から外れるところには目印があるので注意すること。また、笹地帯で尾根が分岐する所はもっと怪しい。元々道があやふやなので間違った尾根でも何となく踏み跡の気配があるように見えるのだ。笹藪地帯では目印をよく見て先にも目印があることを絶えず確認しながら歩くのが安全だ。私は2,3回尾根を外したが目印が見えないことですぐに気づいて事なきを得た。

 また、踏み跡は木の根が出ていたり枯れ枝が落ちていたり笹が寝ていたりと下りで滑りやすい場所が多く、私は何度もコケてしまった。特に笹藪だと足下が見えないのでコケやすく、笹に掴まりながら下った。おかげで腕が筋肉痛だ。でも下りの藪漕ぎは楽でいい。ようやく藪を抜けて縦走路に出るところで人と出会ってしまい、私が藪の中でゴソゴソやっていたので熊ではないかと心配させてしまった。行きも帰りも人と会うとはねぇ。

 林道に出てしまえばあとは淡々と歩くだけ。第2ゲートでは車がやってきて鍵を開けて走り去ったのはやっぱ気分は良くない。今日から山に入る人も何人も見られた。さて、天気予報では明日は良くないそうだが大丈夫かな? 第1ゲート脇の水場で顔や腕を洗い水を飲み、ロープウェイを横に見ながら駐車場に到着した。既にロープウェイ近くの駐車場は満杯でバス停前の駐車場に車を誘導していた。

 着替えを済ませて車を左俣の村営駐車場に回し(30分以内なら無料)、風呂道具を持ってバス停裏の無料温泉に入った。混雑することもなく今回は気持ちよく入浴できた。やっぱ新穂高温泉に下ってきたらここに入らないと。

 さあ、次の山に移動だ。ラジオは夏の甲子園高校野球中継で天気予報が流れず、明日の予報が分からないままどこに行くのか決めなくてはならなかったが、昨日の予報では明日は前線が徐々に北上してきて新潟でも曇り後雨だったから南ほど悪く、北ほど天気の崩れが遅かろうと考えた。また、今日で体力は相当使ったから楽な山にしたいので、両者の兼ね合いで志賀高原の岩菅山南部、東舘山周辺に決めた。遅い車はいたが心配していた沢渡から先の渋滞もなく下界に降りて買い物を済ませたが、車から出たら涼しいのに驚いた。上宝村は暑い日差しがあふれていたが長野側は一面曇っていた。3000mの稜線は晴れているのだがここは雲海の下だった。19号で長野市までいくとまだ市街地まで20kmというのに一部の信号で大渋滞、そこを抜けてからは順調に志賀高原に上がり、東舘山リフト近くで車を止め、酒を飲んでぐっすり眠った。

4:46新穂高温泉駐車場−4:49車道−4:52バス停−4:57ゲート−5:09第2ゲート−5:17夏山近道に入る−5:32穂高平小屋−5:49笠ケ岳見晴らし良好ポイント−6:09白出小屋−6:11林道終点−6:21尾根に取り付く−7:06笹地帯を突破(標高1900m?)−7:25休憩−7:30出発−8:20ハイマツが出てくる−8:38森林限界−8:45フィックスロープ−8:59蒲田富士着−10:06蒲田富士発−10:23尾根を間違える−11:45縦走路に出る−12:23穂高平小屋−12:37近道が終わって林道に出る−12:44第2ゲート−12:55第1ゲート−13:06駐車場−13:07車

 

蒲田富士 写真集

 

山域別2000m峰リストに戻る

 

ホームページトップに戻る