南ア南部 伊谷山、上千枚山 2003年10月18日

 

 もう10月中旬を過ぎ、アルプスクラスの山は初雪を迎えたはずで、今週下界で降った冷たい雨で結構雪が積もったことだろう。数日間天気が良ければ融けるだろうが、北斜面ではしばらく残りそうだ。そろそろアルプスは店じまいの時期である。当初は聖岳から東聖岳、白蓬ノ頭を考えていたが、下手をすると藪+半端な雪で苦労する恐れがある。しかし、アルプス周囲の山ならまだ大丈夫だろう。こちらももうちょっとでシーズンオフだが、できるだけ高い山は稼げるときに稼いでおきたい。

 そこで登場するのが伊谷山、上千枚山である。これは堂々の武内級の山である。場所を知っているのはそれこそ武内級の人しかいないであろう。南ア南部、200名山の上河内岳から東に延びる尾根上にあり、当然ながら道はない。インターネットで調べた結果、登山の記録はゼロ、発見できなかった。インターネットで登山記録が発見できなかった例は、いずれも南アの黒檜山、小日影山、西小石岳、入山〜小黒山、そして今回の伊谷山、上千枚山等数少ない。北アルプス周辺のマイナーな山は積雪期、残雪期の記録が結構発見できるのだが、南ア周辺については雪が少ない影響か冬の記録もほとんどない。手探りで登るしかないのが現状だ。

 常識的に考えると上河内岳まで登山道で登り、あとは藪漕ぎで尾根沿いに下ることが考えられる。その場合は畑薙ダムに車を置いて大吊橋を渡り、茶臼小屋から上河内岳に登るルートになる。しかし、これだと1日目は茶臼小屋泊まりになり、2日目の行程が長くなり帰りの時間がきつい。なにせ登山口は畑薙ダムである。車の距離は馬鹿にならない。これがもしウソッコ沢小屋あたりから適当に尾根を登るか、赤石ダム付近から尾根に取り付けられれば大幅なルート短縮が可能になる。標高差も1500m前後だから、藪の状態によっては日帰り可能であろう。

 そんなこんなで悩むところだが、武内さんだけは登っているのでその情報をもらわない手はない。聞いてみたらウソッコ沢小屋から尾根を詰めたとのことで、あまり藪はなかったとの貴重な情報を得た。それなら同じルートで登ってしまおう。

 毎度ながら大井川沿いの林道はゲートで閉められているので足が問題だ。その点、つい最近20インチの折り畳み式自転車を調達したので問題ない。まあ、平沼ゲートから大吊橋までは歩いて1時間もかからないが、自転車が使えれば歩きの1/4の時間で楽に行けるので使わない手はない。なにせあそこまでは水平の道だから自転車をこぐのも楽だ。もともと聖沢登山口への交通手段で購入したが、今年はその目的に使う機会が来ない内に雪が来てしまったので前哨戦といったところか。自転車があればルートをうまく選んで自転車をデポすれば縦走が可能だし、市街地の低山巡りも駐車スペースを探す時間を考えると郊外に車を置いて自転車で行った方が早いかもしれない。折り畳めるので車内に搭載可能だし、これから利用機会が増えそうだ。

 今年毎度問題の天気だが、今回も日曜は雨、土曜日のみどうにかなりそうだった。先週のように裏切られて雨の藪漕ぎだけは避けたいところで、強行日帰りしかない。まさか土曜日は雨にならないだろうなぁ。先週は思いっきり気象庁に裏切られ、パンツまでびしょ濡れになってしまった。

 金曜日の朝までに全て準備を済ませ、会社の終業後、すぐに帰って食料調達&風呂に入って出発、所要時間と高速料金節約のため、最寄りである調布から中央道に乗り、河口湖ICで降りて一般道で富士インターまで走り、今度は東名に乗って清水ICで降りて国道1号バイパスに入り、千代田上土ICで降りて県道74号線、県道27号線、県道189号線、県道60号線と進み、畑薙第1ダムの平沼ゲートに到着した。走行距離280km、所要時間4時間半だった。清水ICから遠いし山道ウネウネでスピードが上がらないのが原因だ。

 平沼ゲート前の駐車場には5、6台の車が止まっていた。もちろん全車持ち主は山の上だろう。もうアルプスはシーズンオフ直前なので台数はこんなものだろう。この前の易老渡よりはまだ台数が多いが、どんぐりの背比べだ。既に夏場にだけ使われていた東海フォレスト送迎バス乗り換え所はダムサイトに移され、夏用駐車場は空っぽだった。ゲートの近くに駐車し、折り畳み自転車を組み立てて車外に出して施錠した。さすがに自転車を車の中に置いたまま寝られるスペースはない。

 明日は日帰りなので睡眠不足はいたしかたないが、日の出と同時スタートを狙って睡眠時間4時間半に設定し、酒を飲んで寝た。天候は会社を出る時点での予報は晴れだったが、車の中で聴いたラジオでは曇り時々雨のイヤらしい予報に変わっていた。先週同様、気象庁の裏切りか。今更行き先など変更できないし、日帰りなので雨が降っても登る覚悟だ。空は雲がかかっているのか星は見えなかった。

 翌朝、天気は雲が多いものの隙間から空が見えた。どうやら大丈夫らしいと一安心。もう季節が進んでだいぶ気温が下がり、車の中で飯を喰うにも冷たいままでは寒いくらいだ。加熱方法はあることにはあるが、ただでさえ時間がかかる山行でそんなことに時間をかけている暇はなく、冷たいままの御飯をかきこんだ。

 寒いので今シーズン初めて長ズボンに長袖シャツの姿で出発だ。既にヘッドライトの不要な明るさになっていた。まだ充分な明るさではなく路面の凹凸の詳細は見えないが、でかい穴には落ちないだろう。今回初登場の自転車にまたがって出発、ゲート(門)の脇をすり抜けて走り出した。ゲートは例のごとく数字番号鍵だった。

 僅かに上り坂のようだがほぼ平坦な道なので大吊橋まで快調に走れた。自転車は予想以上に使えるアイテムで、今後の山行に頻繁に登場しそうである。これを使えばコースによっては縦走も可能になる。聖登山口はちょっと疲れるかもしれないが、歩くよりも1/4の時間で行けるだろうな。吊橋よりわずかに先のカーブに駐車余地があり、そこに立つカーブミラーにワイアーでくくりつけた。これならワイアーカッターで切断しない限り持って行かれることはない。

 2度目の大吊橋は前回よりも高度感に慣れた感じはするがやっぱ水面からの高さは相当なものである。もし落とし物をしたら2度と回収できないのでデジカメやICレコーダを収納して渡った。ヤレヤレ峠を越え、ウソッコ沢を高巻きしながら上流を目指し、最後は沢から離れた左岸を歩き、見覚えのあるウソッコ沢小屋に到着した。今年8月に歩いたばかりなので忘れるはずもない。あのときはここで休んでいる人がいたが今は無人である。

 さて、今まではウォーミングアップだったがここからが本番だ。武内さんはこの小屋の裏から尾根に取り付いたそうだが、さて、どんな地形だろうか。小屋のすぐ裏は断崖で登れそうにないので、右手のガレを登ることにする。ずり落ちながら登っていくと岩と岩の間の小鞍部に到着、イヤな予感がしたが案の定その上部は絶壁であった。全く登れないような岩ではないが、無理をしてけがをしては元の子もない、少し下って岩の基部を右に巻いて岩の右から攻めることにした。幸い、傾斜はきつく河原のように石が転がって足場が悪いが、木もあって捕まりながら登ることができた。藪はなく、落葉樹林の疎林だった。このまま上までこんな植生だったら楽勝だな。

 急斜面を強引に登り、適当に小尾根に乗り、これまた急な尾根で高度を稼ぐ。踏跡はないが相変わらず藪がないので楽に歩けた。帰りのために所々にトイレットペーパーの切れ端を枝に結びつけた。これが帰りに大いに役立った。どんどん登っていくと突如として青いビニール紐が現れた。どうやら我々以外にも同じことを考える人間がいるようで心強い。元は赤かったらしいが色が抜けて白くなってしまった荷造り紐も見かけられた。さらに登ると赤布出現、そこには「沼津カモシカ」の文字が。こんな連中と同じことをやってるのだから自慢してもいいだろう。武内さんのルート選択の的確さの証明でもある。

 尾根の傾斜が緩んだところで造林小屋跡?があった。さびたトタン板に割れた一升瓶等々生活の跡がうかがえる。もしかしたら今までの目印はこの造林小屋跡までかと心配になったが、その先もずっと続いていて一安心。

 やがて右手が明るくなり、唐松の植林地帯が出てきた。まだ唐松が小さいので見晴らしが良く、東側の稲又山方面や南の大無間、小無間が見えていた。大井川はかなり下の方だ。植林されているのだからここまで人が入っている証拠だ。

 その後は赤テープも現れて心強くなった。しかし赤テープ、青紐とも付けられ方にムラがあり、いっぱいあるところもあればほとんど無いところもある。登りでは高いところを目指せばいいので目印なんか無くてもいいが、下りでは尾根が広くなったりするとルート分からなくなる。登っているときは下りで分かりにくいところがどこなのか気づかないので、はっきりした細い尾根以外には目印を付けた方が無難だ。目印がない区間に私の目印を付けた。これも大いに役立った。なお、私の目印は武内さんを真似てトイレットペーパーだ。これなら間違えた場所に付けてもそのうち雨で融けて消えてしまうから他人に被害を与えないで済む優れものだ。ただ、色が白なので赤テープよりは目立たないのが難点であるが。

 やがて単純な樹林に唯一アクセントを与えている大きな岩が現れる。岩を右に巻いて越えてからは赤テープは消えて青テープのみになる。なおも登ると少しだけ上空が開けた場所で10分ほど休憩する。残念ながら周囲は樹林で囲まれて視界はないが、いつの間にか晴れ渡って青空が見えていた。よかったぁ。これで天気は一安心だ、とその時は思ったのだが。

 さらに樹林帯を登り、間違えやすそうな所に目印を付けたりしつつ進む。2重山稜では青テープは左手の尾根や谷を歩いているようだが、私は右手の尾根を歩いた。尾根の屈曲点でまた目印を付け、最後の急傾斜は尾根上ではなく右側直下の草付きを歩いた。鹿道?らしい。傾斜が緩んで深い樹林帯から灌木が混じるようになった尾根に乗って北上する。そろそろ山頂が近いと判断し、虎の子のGPSを取り出すと北へ200mと出た。もうじきだ。稜線は灌木がうるさいので右側の樹林に逃げたりしながら歩くと数カ所で左側が開けた場所があり、上河内岳や聖岳等の写真を撮った。歩いていても顕著な最高点があるわけではなく、GPSが無かったらどこが山頂なのかわからない地形だ。まあ、どこでも同じような高さだからどこでも問題ないだろうが。

 樹林中でGPSの表示が飛んで北にあるはずのピークが南に移った地点は既に上河内岳に向けて下り始める地点で、明瞭な踏跡が付いていた。もしかしたら上河内岳から縦走するルートがあるのだろうか。GPSを見ながら戻り、西に開けた場所を山頂とした。目印のテープがあるだけで山頂標識はない。やはりこの地形だから山頂が特定できない影響か。

 西側のみ視界が開け、あとは樹林で見えない。いつの間にか天気は崩れて上空は一面の灰色の雲に覆われていた。ただ、まだ聖岳山頂も雲に隠れていないので大丈夫かなぁ。今頃登っている人がいるだろうか。さあ、無線だ。2400mを越える標高なので楽勝かと思ったら144,430ともえらい静かでメインで叫んでも応答がない。東西と北をもっと高い山に囲まれ南しか開けていないが、そこは静岡市を中心として結構な人口がいると楽観視していたが大失敗だった。結構楽に登れたし、これじゃ6mを持ってくれば良かったなぁ。何とか2mで1局だけ確保できたが、6mならもっと時間をかけないでQSOできたろうなぁ。

 風がやや強く日差しもないので体を動かしていないと寒く、腕の保温用サポーターに長袖シャツを着て寒さをしのいだ。寒さでほとんど水を飲む必要はなかった。さあ、次の上千枚山向けて出発だ。

 東への尾根に乗るまでだだっ広くてわかりにくいが、適当に歩いていると徐々に尾根らしくなってくる。武内さんの話と違って歩きやすい樹林が続いていて鼻歌交じりだ。相変わらず青テープの目印が続き、この稜線には赤テープも現れた。もしかしたら上河内岳からの縦走組か。しかし、2340mピークの登りにかかると灌木の藪の登場だ。木の種類は分からないが、まさに背の低い灌木だ。かき分けたり押しのけたりで強引に進む。こんなのが延々と続いたらイヤだなぁと思っていたら酷い区間は2,30mで終わり、その後は灌木はあるが苦労するような密度にはならなかった。下りにかかると再び歩きやすい樹林になり、登りでは再び灌木が増えるといった植生だった。藪の中にも赤テープがあって心強い。

 最後の樹林を登り切り、開けた場所に飛び出すと上千枚山山頂だった。意外と近く、伊谷山から30分しかかからなかった。三角点が鎮座しているが山頂標識は無かった。こちらは明らかに樹木が刈り払われた形跡があり、それも広範囲に渡ってだ。おかげで見晴らしが良く、北側は荒川岳がよく見えていた。どうも北の方が雲が薄いようで、雲の切れ間に青空も見える。それに対して南側は厚い雲に覆われ、霧がかかったように霞んでいる部分もあり、雨が降っているようだ。そういえばここでも時々霰のような物が落ちて来るではないか。天気がやばいかなぁ。そのうちに本格的に霰が降り始め、積もるのではないかという勢いで落ちてきた。急いでゴア上下を着て大ビニールをザックにかけた。ビニールにはみるみる霰が積もっていく。気温が低いのかビニールに触れても融けなかった。

 勢いが落ちてきたので無線運用開始。やはり144、430で空振りCQが続き、とうとうメインで「カードはいらないからQSOして〜」と悲痛な叫びをあげた。その成果かどうか分からないが静岡市内からお声がかかった。よかったぁ。あちらでは1エリアの信号は良く聞こえていて、ほとんどのサブチャンネルが埋まっているという。同じ静岡市内でも全く違う。こっちはサブはがら空きだ。やっぱ6mが良かったなぁ。静岡市街では雨が降っているとのこと。しかも予報では日中は雨が降り続くとのことだった。

 QSOを終えて食事をし、徐々に北風が強くなって吹雪き模様になった中、下山を開始した。下山とは言っても伊谷山まで登り返すが。周囲は徐々に白くなる程で、ルートを見失わないか心配になる。顔に当たる雪が冷たいのでゴアのフードを立てた。復路では灌木地帯の左側(南側)に踏跡か獣道があるのを発見し、格闘することなく通過できた。樹林に出てしまえばこっちのもので、伊谷山まで楽勝の登り返しだった。

 伊谷山からは目的の尾根を外さないよう慎重な行動を求められる。相変わらず風雪が強く、尾根上ではまともに風が吹き付けて体感温度は低い。尾根の東を外して歩くと風が遮られて快適だが、そのまま歩くと尾根を外してしまうので寒さを我慢して目印を頼りに尾根を歩いた。下りは青い荷造紐が目印だ。それを補完する私のトイレットペーパーでルートの正しさを確認する。尾根がはっきりしていても長時間目印が出てこないと間違えたのではないか?と心配になるので、ある程度の間隔で目印を付けておいてよかった。それでも標高を下げるに従って登りでは分からなかったが肩状になって正しい方向が不明瞭な場所が何カ所か出てきて、1カ所で間違えかけた。ミスると目印が無くなるので分かるが。こればかりはGPSでは頼りにならない。いつのまにか風が無くなり、雪ではなく雨になっていた。雨だと葉が濡れて震動で雨粒が落ちてくるので雪よりも始末が悪い。登りでの休憩場所、大岩、植林地帯、小屋の残骸と見覚えのある場所を次々と通過し、青紐もなくなってトイレットペーパーのみになると尾根が細くなって間違えようが無くなる。そして往路で私が尾根に乗った場所が尾根の突端だった。おお、偶然にもいい場所でよじ登ってきたのだな。ここから先は尾根ではないのでルートがわかりにくいが、適当に歩いていればどこかで登山道に出るのであまり悩まなくてもいい。ただ、右寄りに行きすぎると絶壁に出てしまう可能性があるのでやや左に進路を振った。最後はウソッコ沢小屋より少し下の岩に出た。

 これで核心部は終了、あとは一般登山道を歩くだけだ。ウソッコ沢小屋はやはり無人だった。今日登っていった人や下っていった人がいるのだろうか。ウソッコ沢沿いを4つの吊橋を通って右岸に渡り、ヤレヤレ峠に登り返してダラダラした道を下り、最後の下りで単独行の男性に追いついた。関西弁の老人で、茶臼小屋で明日も天気が悪いだろうと言われて下ってきたそうだ。う〜ん、私の聞いた予報では前日の予報とは逆に明日は全国的にいい天気と言っていたが。今日会ったのはこの人一人だった。

 大吊橋を渡って自転車を組み立てていると老人も渡り終わった。残念ながら私の自転車は後ろに荷台が無くて乗せてあげることができない。申し訳ないが挨拶して先に自転車で走り出した。軽い下りになっているようで快調、制限速度20km/hを越える走りだっただろう。デコボコの路面で工事車両もあまりスピードを出せないので自転車でもそこそこついていけた。ゲート脇をすり抜け車に到着、結局、上千枚山往復に10時間はかからずに帰ってこられた。


5:35平沼ゲート前駐車場−5:48大吊橋着−5:50大吊橋発−6:15ヤレヤレ峠−6:26ウソッコ沢に出る−6:58ウソッコ沢小屋着(1161m)−7:07ウソッコ沢小屋−7:13絶壁で戻る−7:26尾根に乗る−7:42青紐を見る−7:44小屋跡−7:46赤い荷造り紐を見る−7:55カラマツ植林で開けた場所(1525m)−8:03沼津カモシカの赤布−8:23リスを見る−8:24大きな岩−8:47少し開けた場所で休憩−8:57出発−10:16伊谷山着−10:39伊谷山発−11:08上千枚山着−11:53上千枚山発−12:32伊谷山−13:18登りで休憩した場所−13:29大きな岩−13:44植林で開けた場所−13:51小屋跡−14:09ウソッコ沢小屋−14:52ヤレヤレ峠−15:05単独男性と会う−15:08大吊橋着−15:11大吊橋発−15:23平沼ゲート前駐車場

 

伊谷山、上千枚山 写真集

 

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