南ア北部 白岩岳

 


 白岩岳は釜無山、鋸岳間に位置し、標高は2200mを越える。この標高なのでいつか登らなくてはと考えていた気になる山であったが登山道はなく、釜無山から攻めれば間違いなく笹地獄だろうし(釜無山では朝露で濡れた笹でびしょ濡れになった)、鋸岳横の横岳から尾根筋を攻めるにしても横岳までいくのが大変だ。現実的には笹を覚悟で釜無山から往復するのが常識だろう。

 しかし、山頂渉猟を見ると山頂西側に張り出した尾根を小黒川から登っており、インターネットで検索をかけるとこの記事を参考に同様のルートで登った記録が1件だけ発見でき、写真や文章を見る限りでは笹藪はなさそうだった。白岩谷北側の顕著な尾根を登っていて、山頂北側で主稜線に出ていた。そうとなれば標高差1000mはあるが、それだけの山ということになる。車道から沢を渡るのに橋が落ちているので渡渉が必要とのことだが、こっちにはウェーダーがあるので、よほど深くて流れが急でない限り大丈夫だろう。

 懸案の三峰川源流部の丸山、小瀬戸山から下山し、高遠で温泉に入り藪でついた傷を癒し(湯がしみた!)、食料調達を行い、再び長谷村に入り、南アルプス林道方面に入る。もう10月下旬なので北沢峠に入る人は少ないかと思ったら駐車場には結構な台数が入っている。この時期だと登山者よりも紅葉見物の観光客が多いのかも知れないが、意外なほどの賑わいだった。すれ違った下山してくるバスは半分くらい座席が埋まっていた。林道入口の有人ゲート前を通過、戸台川から分岐して小黒川を遡る。途中、右斜め下に分岐する道が戸台川へと下り、戸台川から甲斐駒方面への登山道入口となるが、今回は小黒川方面に用事があるので直進だ。

 地図を見た感じでは川沿いに集落があるのかと思っていたが人家は皆無で、未舗装の林道が小黒川川右岸に付いているだけでタダの山道だった。逆に言えばこれなら林道脇で寝ていても車はほとんど来ないし職質はないわけで安心できる。一見すると川幅は登山靴を履いたまま石伝いに渡れるような幅ではなく、裸足にならないと渡れそうにない。GPSを見ながら白岩岳山頂が真東より僅かに南に見える場所を探し出せば対岸の沢が白岩沢のはずなので、その北側を登ればいい。顕著な谷なので分かるはずで、それらしき谷が現れたので、橋手前の駐車余地に車を突っ込んだ。

 寝る準備をしてパソコンを立ち上げ、先ほどの山行のデジカメ写真を吸い上げたり記録文を少し書いたりして肩が凝ったので休憩、午後6時過ぎに歯磨き前にラジオで明日の天気予報を確認しようとAM放送のNHK第1をつけると関東甲信越地方の広い範囲で強い地震があったとの速報が繰り返されていた。これが新潟中越地震の第1報だった。やがて中越地方で震度6との情報が入り、中越と言っても広いので震源が海側なのか山側なのかで場所が全く違う。そのうち小千谷で震度6強との放送があって初めて内陸部が震源であることが分かった。歯を磨きながら聞いていたが、時間の経過と共に被害の把握が進み、最初は家屋の倒壊は無いと言っていたのがだんだんと増えていき、道路もあちこちで破損して火災現場に進入できないとの情報も入る。相当の被害らしかったが、そのすさまじさは家に帰ってテレビを見るまでは分からなかった。

 夜中は雲が広がり星が見えなかったが、翌朝には雲が無くなっていた。ラジオを聞きながら朝食を取ったが、被害状況は悪化、地震のショックによる心不全で死者が出たなんて初めて聞く話だ。高速道路や国道17号線ですら通行止め、新幹線も脱線で運休と、交通の大動脈が全て被害を受けていた。これから明るくなって調査が進めばもっと被害が広がるのだろうか。長野のこの付近まで距離があると余震の振れが僅かに感じられる程度でそんな大惨事が起こったなんて感じることはできない。

 快晴の空の下、白岩岳へ向けて出発だ。まずは小黒川を渡らなくてはならないので渡渉できそうな場所を探したが、川幅が広くて水量もあり、靴を履いたままで渡れそうな場所が見つからなかった。こうなることを予想して久々に持ってきたのが長靴のお化けであるウェーダーで、釣り人が川の流れに入って釣るときに使う腰まである長靴である。昨年、黒檜山に登るときに三峰川を渡るのに使って以来だが、足を濡らさないで済むので時間は短いし冷たさを我慢しなくていいし便利この上ない。ただ、結構な重さなので山に担いでいくのは酷で、始めの方で渡渉がある場合にのみ有効だ。中州があって水流が2分されて少しは勢いが落ちる場所を選んで渡ったが、深さは膝程度で見た目は水流が速くてバランスを崩すかと思ったら簡単に渡れてしまった。対岸にウェーダーを隠し、GPSで隠し場所を記録する。地形でだいたい分かるがもしものことを考えるとメモっておいた方がいいだろう。

 ここでGPSをONすると目の前の尾根ではなく北に300mを示した。まさか私の緯度経度入力ミスかとも思ったが、それは現場の地形を見れば分かるはずなのでとりあえず行ってみることにし、小さな沢に沿って遡ると右手から沢が流れ込んでいた。どうやらこれが本物の白岩谷のようだ。GPSを見なかったらとんでもない所を登っていたわけで、私の読図能力も怪しいものだ。

 

白岩谷から尾根に取り付く 尾根上は藪がない

 この付近の植生は広葉落葉樹林で下草はなく、明るい雰囲気の非常に好ましい樹林だった。今はまさに紅葉のピークを迎えつつあり、無人の尾根を独り占めして歩くのはなんとなくうれしい。右岸の尾根取り付きには何となく踏跡があり、尾根に上がると踏跡があるような無いようなであるが藪がないので自由に歩ける。やがて傾斜が増し左手に尾根が立ち上がるので左に寄って急斜面をジグザグに上がっていくと突如として顕著な踏跡が左から巻き気味に上がってくる。尾根を直登する踏跡もあったが傾斜が急で登りはきついので巻き気味の踏跡に入り、緩やかに高度を上げる。しかし水平移動になって踏跡が薄くなったので、左に鋭角に上がっていく薄い踏跡を辿って尾根に上がると目印があり、踏跡があるような無いようなであったが、相変わらず藪のない樹林で大変歩きやすい。尾根の地形も単純で屈曲はほとんど無く、とにかくまっすぐ上がっていくだけで必要性が薄いからか目印はたまに出てくるだけだった。

 

唯一の巨大倒木 露岩を右に巻く 露岩のてっぺん

 

 かなりの傾斜を直線的に登っていくので傾斜はきついが効率の良い登りだ。1540m肩でいったん傾斜が緩むがすぐに急登が再開し、休憩する暇がない。大したことがない露岩が現れるが樹林に埋没し展望はないし、右に巻く必要もなくまっすぐ登る。さらに登るとシラビソの幼木地帯を突破しなくてはならないように見える細い尾根に出くわすが、実際には隙間があって簡単に歩け、その先には大きな倒木があって乗り越えると再び歩きやすい樹林となる。

 いつ出現するだろうと期待と不安の山頂渉猟でも登場する露岩だが、現場に行ってみるとこれだ!とすぐにわかる大きさだった(でかい)。1枚岩ではなくいくつもの岩の積み重なりなのでまっすぐに登れないことはないが、右に巻く明白な道があるので迷う心配はなかった。南からてっぺんに上がるルートは傾斜は急だが危険のない道で容易にピークに立てた。残念ながらここも樹林が生えていてスッキリとした展望は得られなかった。

 

標高2000m付近 2250m付近 稜線は近い

 標高2000mを越えると尾根がはっきりしない急斜面の登りとなり、シラビソの大木が点在する斜面を、何となくある踏跡と目印を追って標高を稼ぐ。登りでは高いところを目指せばどこを歩いても稜線に出るから細かいことを気にしないで歩いても問題ないが、下りは別である。まあ、目印はそれなりに付いているので、あとは周囲の地形を見ながら尾根を外していないか常時注意して歩けば大丈夫だろう。木の間隔が広く下草がないのでどこでも歩けてしまうため、かえって迷いやすい場所だ。

 このまま北隣の2260mピークに上がるのかと思ったらルートは右に巻始め、どうやら鞍部に直接出るらしい。シラビソが密生した樹林だが明白な踏跡(それとも獣道?)があり、目印も相変わらず多く自分で目印を付ける必要がないくらいだ。ようやく日差しが見えるようになると稜線も間近、樹林が切れて草付きに出るともう山頂直下北斜面で、霜で真っ白だった。今シーズン始めてみる霜で、今朝の冷え込みが分かる。山頂はピョコっと飛び出たピークで、最後にちょっと登って到着だった。

 

北側から見た白岩岳山頂 白岩岳山頂(背景は中ア)
白岩岳から見た鋸岳、甲斐駒 白岩岳から見た北岳、仙丈ヶ岳、横岳
白岩岳から見た八ヶ岳 白岩岳から見た中ア

 

 山頂は驚いたことに樹林が切れ、北側を除いて大展望が広がっていた。伐採したのか、それとも地質的な影響なのか不明だが、この標高なら間違いなく樹林に沈んでいるものと予想していたのでビックリだった(でも参考にしたHPでは展望写真が掲載されていたのでよく見ればわかったはず)。逆光なのが残念だが目の前には鋸岳に続く尾根と第1高点、甲斐駒が連なり、今年8月、体調不良で発熱しながら登ったことが思い出された。横岳峠は遙か低く見える。北岳はやや鋭い格好に見え、仙丈ヶ岳はどこから見てもどっしりと根を下ろした重厚な感じだ。中アは伊那盆地の雲海上に浮かび、木曽御嶽は僅かにてっぺん付近だけ雲の上だった。八ヶ岳はスッキリ見えているが、南側の甲府盆地は雲海の下で見えない。でもその上空ははてしなく青空で、関東平野上空も真っ青な空が広がっているだろう(雲海がなければ)。北アルプス方向は樹林で邪魔され見えなかった。

 心ゆくまで写真撮影し、携帯で奥積さんにメールを送って運用開始を連絡すると早速出てきた。今日は関東平野が見える山域まで移動しているので電波は充分に強く届いていた。横浜は曇って肌寒いとのことなので雲海の下らしい。中越地震は横浜でも揺れを感じたそうで、長岡在住の無線局から電話があって家やアンテナは大丈夫だったが、棚の物はみんな落ちてしまい片づけが大変で、今は電気が復旧していないので無線はできないしパソコンが動かせないのでネットもできないとのことだった。

 用事は済んだので下山開始、踏跡と目印を辿り、尾根を外すことなく小黒川河原に立ち、ウェーダーで楽々川を渡って車に戻った。入笠山に続く林道は未舗装だが走りやすく、数台の車とすれ違った。紅葉の真っ盛りで車窓からは黄色のピークに達した唐松が印象的だった。

5:58車-6:02小黒川-6:05小黒川を渡る-6:20尾根に取り付く-6:30踏跡-6:34左上踏跡に登る-6:59 1540m肩-7:01小鞍部-7:17岩-7:38巨大倒木-7:45 1800m肩-7:53巨大露岩-8:44主稜線-8:46白岩岳着-9:44白岩岳発-10:07露岩てっぺん-10:21巨大倒木-10:35 1540m肩-10:44尾根から外れる-10:47踏跡から外れる-10:54小黒川-10:59ウェーダー着用-11:04渡り終わる-11:06車

 

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