立山 クズバ山、西大谷山 2005年5月5日


 

 西大谷山は立山の奥大日岳北側の枝尾根上にある2000mを少しだけ超えた山であり、当然ながら登山道はなく、位置から考えると稜線上は灌木の藪だろう。山頂渉猟の著者は中山、クズバ山経由で登っているが、この尾根の地形を見る限りでは常識的な判断と思えた。登った人が他にいないかとネットで検索すると富山ハイキングクラブの記録が1件だけ発見でき、写真を見ると女性も含まれており、私でも登れそうな気がしてきた。大体において変な山は単独行男性が多く、パーティーで登るのはあまり多くはないだろう。たぶんよほど足がそろったメンバーが揃わないと登れないということが要因だろうか。とにかく、勇気づけられるような記事があったので大丈夫だろうと考えた。

 ただし、地形図を見ると中山鞍部からクズバ山の登りが猛烈な傾斜であり、本当に大丈夫か心配ではあった。こんな斜面に雪が付いていて大丈夫なのだろうか? また、山頂渉猟ではクズバ山周辺は雪が割れ藪が出ていて最悪と書かれおり、富山ハイキングクラブの記録でも雪が割れて苦労したことが書かれていたが、藪の程度はどれほどだろうか? 一応、藪漕ぎは手慣れたものなので雪の壁よりはまだマシだろうが、石楠花、ハイマツだけは勘弁してもらいたい。また、時間的な問題もある。山頂渉猟では日帰りしているが富山ハイキングクラブでは2泊している。さて、私に日帰りが可能であろうか?? ただ、距離と標高差だけ考えれば余裕の日帰り圏内だが、なんせ雪と藪次第で時間は大幅に変わってくる。今年は残雪が多いとのことで、藪が埋もれて歩きやすいことを祈るばかりだ。

中山登山口前駐車場 中山登山口

 早乙女岳下山後、丸1日休養日とし5/4夕方に馬場島に入り、中山鞍部へ至る東小糸沢を偵察すると既に雪は消えており沢を歩くのは難しそうなので、山頂渉猟と同様に中山経由で登ることにして中山遊歩道入口駐車場に車を移動した。登山口付近の登山道は雪は消えているがたぶん上の方は雪に埋もれているだろう。あまり暗い時間だとルート探しに時間を食ってしまうかもしれないが、西大谷山往復の時間が想像できず、できるだけ早く出発することにした。夏道が出ている範囲くらいは暗い中を歩いても良かろう。

中山への登り。たっぷりの残雪 中山山頂

 翌朝、4時前の真っ暗な時間に登り始める。幸い、しばらくは夏道が出ており問題なく歩け、雪が出てきても昨日歩いた人がいるようで足跡が残っているのでルートは明確である。全体の2/3くらいは地面が見えており、上部の1/3程度が雪に埋もれていた。なかなかの傾斜で滑ると止まらないような雪の斜面もあるが、ステップが切られているしピッケルを支えにしてアイゼン無しで山頂まで登りきった。その間、先日の早乙女岳の疲労が取り切れていないようで足の重さを感じた。山頂渉猟の著者は早乙女岳の翌日にここを歩いているのだからとんでもない人だ。年齢もおそらく私の方が20歳は若いだろうに。山頂は一面残雪に覆われ三角点は見えなかった。山頂標識が埋もれるほどの積雪量ではないと思うが標識は見あたらなかった。十分明るくなったのでヘッドランプをザックにしまった。天候は予報と違って曇り空で、本当に大丈夫かなぁと心配になるほどで、剣岳のてっぺんは黒い雲の中だった。

鞍部の階段。まともな道だ クズバ山への登り。一筋の藪が出た尾根を登る

 中山の下りでアイゼンを付け、東に緩やかに下るが、そのまま直進すると鞍部に行かないので途中で右の枝尾根に乗らなくてはならないが、分岐がわかるか心配だった。ところが意外にも分岐点には木にテープが巻かれていてすぐわかった。もっとも、木があまり濃くなく隙間から鞍部が見えるので目視でも歩けただろうが。小尾根を下ると意外にも刈り払いされた踏跡があるではないか! どこまで続いているのかわからないが、雪が消えて地面が出ているところでははっきりと道があることがわかったし、鞍部直下では木の階段まであった。ということは雪が消えると山頂から鞍部まで夏道があると言うことだ。鞍部から先はどこかへ道があるのだろうか? それともクズバ山まで踏跡があったりして? 鞍部から見ると雪と雪の間に藪が出ている細い筋がずっと続いているので、いざとなったら藪に逃げてそこを登れば滑落せずに済みそうだ。

藪尾根の様子(マシな部分) その1 藪尾根の様子(マシな部分) その2

 鞍部から最初は緩い傾斜だがすぐにきつくなり、右手は雪の付いた谷で登れず、左手の雪原も猛烈な傾斜で私の技術では登れないので、雪が消えた細い藪の帯に入る。本当に細いが尾根状になっており、背の高いブナ、杉、笹が中心だが意外にも藪が薄く、笹と格闘するようなことはない。それどころか進むにつれ一筋の踏跡?が見えるようになったではないか。人間の道なのか獣道なのかわからないがとにかく周囲より明らかに藪が薄い筋が存在し、それに沿って赤目印も付けられていた。こりゃ、もしかしたら無雪期でも同じように歩けそうだ。雪さえなければ滑落の心配はないので安心して登れるが、やはり足の疲れが抜けきっていなくてペースが上がらない。途中、古いフイックスロープが現れ、固定点に巨大な岩が鎮座していてそこでいったん休憩する。ロープがあるくらいだからそれなりに登る人がいるのは間違いない。ただ、雪がないときにロープなど不要なので、この藪にも雪が付いている時期に登った人の物だろうか。私にはこの傾斜じゃとても登れない。滑落したら絶対に止まれないだろう。とんでもない高さのところに真新しい赤布がかかっており「MAC」と書かれていた。まさかマックユーザなんてことはないよなぁ。「M* アルペンクラブ」だろうな。大学のワンゲルでは無いので藪漕ぎではなく雪山登りに来たはずだ。

 この尾根は地図では読みとれないほどの細さだが、うまい具合に1625m標高点から北東に落ちる尾根直下まで続いており、そこだけ雪がなかった。私の力量ではこの尾根をはずしたら周囲は恐ろしいばかりの雪の急斜面で登ることも下ることもできないので、下りでは何が何でもこの小尾根に取り付かなくてはならない。1550m付近で太い尾根に出たところで今回唯一の目印をつけておく。帰りに見たら他の人の目印が木に巻いてあったが登りでは気づかなかった。

1625m標高点から雪稜を見おろす。写真では緩やかに見えるが実際はもの凄く急で痩せた箇所がある 1625m標高点直下

 尾根に出ると待望の雪稜だが、これがまた傾斜がきつく、特に1625m標高点直下では痩せた雪のナイフリッジで頂稜しか歩けずしかも猛烈な傾斜で、足を滑らせたら一巻の終わりである。我流で雪山に登っている私には滑落停止技術があるとも思えず、あまりにも危険な場面で本気で撤退しようかと悩んだが、女性でもここを突破しているのだから私が突破できなくてどうすると自分を叱咤し、覚悟を決めて1歩1歩慎重に登り始めた。実際、登ってみると思ったより傾斜は無かったが滑ったら死が待っている現実には変わりなく、少しゆるんだ雪にアイゼンを蹴り込み、ピッケルを深く突き刺して歩いた。どうにか1625m標高点に出ると足がガクガクしてしまった。こんな緊張感は今年の残雪の山では初めてで、昨年の白谷山直下や嘉平治岳の雪庇乗り越えと同じくらいだ。

やっと穏やかな尾根になったと思いきや 灌木+笹藪が出ていた・・・ 何となく筋がある場所も

 

1730mピークから見たクズバ山。雪と藪が交互に現れる

1800mピーク周辺も藪が出ている

 この先は恐怖の雪の急斜面はなくなり、しばしなだらかな雪の尾根が続くかと思ったらピーク周辺やちょっとでも傾斜が急な場所では雪が落ちて藪が出てしまっている。逆に言うと急な場所はすべて藪なので滑落の心配はさっきの痩せた雪尾根よりはずっと低い。藪はあまり濃くない笹が中心で低い灌木が混じっている。これなら楽勝かと思っていると、小ピークのてっぺん付近ではシラビソが現れ、低い位置から枝が横に張りだしているし、灌木は横に寝ているしで隙間をかいくぐるようになる。どうも尾根が細くて早い時期に雪が落ちてしまうようだ。東側には雪棚が残っている区間もあるが、やっと山肌に張り付いている程度で危なっかしくて歩けない。藪は尾根のてっぺんより僅かに西側の方が灌木の藪が薄いようだ。場所によっては笹の中にも何となく筋があるように見えるので、無雪期でも登る人がいるのか、それとも極薄い獣道か。

クズバ山山頂直下 藪が本当の山頂。雪庇の方が高い 南東から見たクズバ山。雪庇の形が面白い

 

 山頂直下の急な尾根も雪が落ちているので笹に掴まってよじ登り、藪の中を歩くと東半分が雪に覆われ西端だけ藪が出ている山頂に到着した。地形図を見るとあまり山頂は広いとは思えないが、雪庇の残骸が張り付いているので広く感じる。しかし雪庇の上だと言うことを忘れると雪庇と一緒に谷底に崩落しかねないので藪の近くしか歩けない。その藪にはいくつか赤い目印布が結びつけられ、そこそこ訪れる人がいるようだ。

クズバ山から見た西大谷山へ続く稜線

 まだまだ西大谷山は遠く、頭を持ち上げた一連の峰の一番手前が山頂であろう。見た感じでは1885mピークまではデコボコが続いて藪も一部顔を出しているようだが、その先はなだらかな雪の尾根が続いているようだ。地形図を見るともう急斜面はなさそうだから危険地帯はないだろう。もう十分危険地帯を通過したからこれ以上は勘弁してもらいたいところだ。もっとも、少しくらい危険があっても、ここまで来たら何が何でも西大谷山まで行く気になったが。剣岳は雪が落ちて黒い姿で目の前に大きく、奥大日岳から大日岳は対照的に真っ白だ。2日前に歩いたコット谷も今日は何人も歩いているのだろうか? あの天国のようなおおらかな雪原と比較すると、クズバ山への稜線は地獄への入口か。

クズバ山から下り始める 1810m鞍部付近から1885mピークを見る 1885mピークまでシラビソ、灌木の藪が中心

 

 さあ、次は最終目的地の西大谷山だ。この尾根も雪が長く続かず、崩落寸前か崩落しかけて段差になった雪棚がへばりついている場所に突き当たり藪に突入する。こちらの尾根の方が今までより藪が手強く木の密度が濃くて枝の下に潜り込んだり幹の隙間に体をつっこんだりしながら進むがザックが引っかかって鬱陶しいことこの上ない。大体は尾根のてっぺんを歩くが西側の方がシラビソの背が高くて歩きやすい場所もあるので様子を見ながら歩く場所を選ぶ。ピークというピーク、急な場所はすべて雪が落ちて藪の中を歩かされる。1885mピークは尾根筋は猛烈な藪で突破できず、西側を巻いて山頂に立つ。今度こそ細かいアップダウンは少なく、雪の稜線が続いているように見える。これで少しはペースが上がるだろうか。

1885mピークから先はほぼ雪稜を歩く 1885mピーク付近から見たクズバ山 1850m鞍部から登り返す

 

1990mピークから見た西大谷山 2050m付近から見た西大谷山 西大谷山山頂。ここだけ地面が出ていた

 

 確かにこの後はほぼ雪が続き、1950m付近の急斜面で藪が出ているだけであった。雪庇が張り出している尾根の左側は樹木が無く、右側は背の高いシラビソが立っている。1960m肩に登ると待望のなだらかで広い稜線に変貌、これが残雪期の楽しみだ。もう山頂は目前で最後は斜面を右から回り込むように突き上げるようだ。階段状の雪を何度か登ると雪の最高点があり山頂らしい。そのすぐ東側、ちょっと低くなったところに藪が出ており、覗いてみるとなんと三角点があるではないか! これが西大谷山山頂で、西側の雪のピークは吹き溜まりの偽ピークだったようだ。クズバ山はいくつも赤布がかかっていたが、こちらは色が抜けた古ぼけた赤テープが2つあるだけで、ここまで足を延ばす人は少ないようだ。剣岳は覆い被さらんばかりに大きく、奥大日岳も頭上遙か高く、真っ白な尾根が続いている。こりゃスキーには良さそうだが、あちらの稜線の北側には大きく雪庇が張り出しているのでそれを越えられればの話だが。

西大谷山から奥大日岳へと続く尾根 西大谷山から見た劔岳 西大谷山から見た奥大日岳

 

 だいぶ疲れたので無線をやって食事をして十分休憩した。なんせここまで7時間近くかかってしまったし、昼飯も食っていないから腹が減った。クズバ山山頂では曇っていて寒かったが、いつの間にか晴れ渡って暑いくらいになっていた。これなら下山まで天候は大丈夫だろう。昨日の予報では曇りなんて言ってなかったので一時はどうなるかと思ったが・・・。

1990mピークへ緩やかに登る 1850m鞍部から1885mピークを目指す

 さあ、帰りの所要時間を考えるとあまりのんびりしていられない。危険個所の通過という大仕事も残っているし雪がゆるんでやっかいかもしれない。お昼の天気予報を聞いて出発した。1885mピークからクズバ山の間の藪は相変わらずしつこく、藪のピークを1つ1つ乗り越え、帽子のような雪庇をまとったクズバ山を通過、ようやく登りがほとんど無くなり藪の下りだけになって笹を掴みながら急斜面を下り、問題の1625m標高点下の急な雪稜は確かに急だったが、登りよりもなんだか大したことがなさそうに見えるから不思議だ。これなら前向きに下れるかなぁとも思ったが、滑ったら地獄行きの事実は変わらないので3分間ほど後ろ向きに下った。少し傾斜が緩めばもう大丈夫で、最大の難関を無事突破した。ここを過ぎればもう危険個所はなく、藪が出た超急傾斜の小尾根の下りも雪がないので全く問題なく、アイゼンを脱いでグングン下った。ルートをミスって行き詰まらないように気をつけて下るだけだが、1カ所で左に外して谷に下りそうになり、ごく小さな谷をトラバースして正しい尾根に戻って踏跡と赤テープを見た。やっぱりこの尾根は雪がない時に歩くのが正解だろう。

帰りにあった中山山頂の穴

 鞍部付近で雪面になるが傾斜が緩いのでアイゼンは不要、中山の登りではもう3時間以上休みなしで歩き続けているので無理をせずゆっくりと登り、中山山頂で最後の休憩だ。今日も何人か登ってきたようで朝方よりもトレールがはっきりしている。アイゼンをつけていない靴跡なので下りの急斜面でもステップができてアイゼンは要らないと思えたが、最後に事故っては情けないので休憩後に素直にアイゼンを履いて下り始める。確かにアイゼン無しでも大丈夫なトレールだったが、傾斜そのものは急でコケたら止まらない場所もあり、アイゼンを効かせてピッケルで非常時に備えるのは良かっただろう。もう4時に近かったが若い男性が登ってきた。たぶん本日最後のお客様だろう。夏道が出てきたところでアイゼンを脱ぎ、無事登山口に到着した。所要時間は12時間強、当初はここまでかかるとは思わなかったが、体調とあの藪とを考えるとしょうがないかな。

 下山後、山スキーヤーのことを思い出してもう一度地形図を見てみたが、もしコット谷のように沢が雪に埋もれているのなら小又川からカスミ谷を通って西大谷山南東の稜線に上がった方が、西大谷山に登るだけなら楽なような気がする。もちろん谷に滝があったらやっかいだが、もし平凡な谷であったらデブリ崩落の危険はあるがクズバ山周辺の藪漕ぎがないので相当な労力を節約できるだろう。尾根に突き上げるところが急だが、クズバ山の登りよりはマシに思える。ちょっとだけネットで調べたら奥大日岳からカスミ谷を滑った山スキーの記録を発見したが、どうやらカスミ谷には滝はないようで、4月中旬でコット谷出合まで雪の上を滑れたと書いてあった。どうやらこのルートは現実に使えそうである。誰か挑戦してみてはどうだろうか。


3:53中山遊歩道入口−5:21中山着−5:29中山発−5:33鞍部に向かう尾根に乗る−5:40鞍部−6:20フィックスロープ−6:27巨岩(休憩)−6:37出発−7:05尾根に出る−7:16 1625m標高点−8:12クズバ山着−9:23クズバ山発−9:59 1885mピーク−10:57西大谷山着−12:02西大谷山−12:41 1885mピーク−13:21クズバ山−13:59 1625m標高点−14:06尾根を外れて急斜面を下る−14:47鞍部−15:10中山着−15:27中山発−16:16中山遊歩道入口

 

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