中ア中部 サギダルノ頭、島田娘、濁沢大峰、檜尾岳、大滝山、赤沢ノ頭 2005年6月19日

 

 中央アルプスの2000m峰はかなり歩いており登り残しは少ないが、山名事典に新たに記載された中央部の山が標高が特に高く気になる存在だ。宝剣岳のすぐ南側のサギダルノ頭、島田娘はロープウェイを使えば簡単に登れるだろうし、檜尾岳まで縦走すれば大滝山も稼げる。極楽平が山名事典に掲載されているが、何とか平の類の中には希にピークが含まれていることがあり要注意だが、以前通過した際に標識があった箇所は明らかに鞍部であり、たぶん極楽平は山ラン無効であろうと判断した。一応、今回登ってみてピークがあれば無線をやるが、鞍部ならパスでよかろう。

 木曽御嶽に登った翌日、奥積さんの疲労もあるのでロープウェイで簡単に登れるこれらの山に決めた。奥積さんは極楽平付近で無線を行い、私は大滝山まで縦走して檜尾登山道で下山する計画だ。最大の関門は千畳敷の残雪で、ネットで調べたら今年は残雪が多く、千畳敷は未だほとんど雪で覆われているとのこと。あのカールの傾斜をよじ登るのだからそれなりの装備が必要となろう。乗鞍岳のようにしっかりとステップが切れていれば問題ないが、そうでなければ奥積さんを連れて上がるのは危険が伴う。おそらく大半の人は最高峰の木曽駒に登るだろうから宝剣山荘に上がるルートは人が多くて問題は少ないように思えるが、極楽平方面にトレールがあるかどうか心配だった。最悪、宝剣山荘方面に登って無線をやってもいいが、私が縦走する距離が増えて時間がかかるためできれば避けたいところだ。とにかく安全第1なので現場に行って危険度を判断し、だめなら奥積さんには千畳敷で無線をやってもらって私だけ縦走しようと考えた。よって装備は12本爪アイゼンにピッケル、奥積さん用は6本爪軽アイゼンとする。実際は私がアルミ製アンテナポールをピッケル代わりに使い、ステップを切りながら先頭でルートを作り、ピッケルは奥積さんに使ってもらって私の後をついてきてもらうことになるだろう。

 ロープウェイ駅があるシラビ平はマイカー規制なので、菅の台バスセンターでバスに乗り換える必要がある。真夏と違って今の時期はバス始発は7時過ぎと遅いが、寝不足で登った木曽御嶽の後だから睡眠時間を確保できてちょうどいいだろう。駐車場は有料だがゲートは開放されたままで、シーズンオフは無料のようだ。機械にお金を入れようとしたら投入口は塞がれていて支払いができなかった。結局はバスとロープウェイのチケットを購入するときに一緒に支払った。駐車場は2割程度の入りで夏の様相とは大違い。トイレ近くに場所を確保し、酒を飲んで寝た。

 翌朝、充分明るい5時過ぎに起きて準備を行い朝飯を食って6時半過ぎにバス停で待った。周囲は山登りの格好の人も多いが、ピッケルを持っているのは私だけで他の全員はストックだが、私の装備は過剰だろうか? まあ、こっちは檜尾岳までの縦走もあるので檜尾岳から下る箇所でも雪が残ってピッケルが必要になる可能性だってあるだろう。さほど人数は多くなく全員座れるくらいの入りだった。

 バスは黒川平から狭い舗装道路に入り、道幅一杯を使ってカーブを曲がる必要があり、もしマイカー規制がなかったらすれ違いに困って大渋滞は確実だ。バスは無線を使ってお互いの位置を分かっているので接近するとすれ違い可能な場所で片方のバスが待っているのでスムーズ運行できている。上高地のように観光バスは進入可だとこの技ができないのでこれまた大渋滞の原因となる。シーズン中はほとんどピストン輸送状態になるが、バスの輸送能力よりロープウェイのスループットの方がずっと低いので、バスが原因で待ち行列ができることはない。

 ガラガラのロープウェイ駅で全員が始発便に乗り込み、ほどほどの密度で発車した。さすがロープウェイの威力は絶大で標高差1000mを7分半で登り切ってしまった。これは私でも2時間から2時間半近くかかる標高差なので\1200は安いと言えよう。これで日の出に間に合うような早朝から運行してくれるとなおいいのだが。山屋ではない一般人が標高2600m地点まで観光に訪れることができるのもロープウェイがあるからだ。

宝剣山荘へのトレール。写真で見るよりずっと急に見えます 極楽平へのルート。トレール薄い

 バスの車窓から見た限りでは思ったより積雪が少ないと感じたが、現場に行ってみるとさほど残雪は多くはないが登山ルートがある谷間は完全に雪に埋まっており、多くの人が歩くはずの宝剣山荘方面のルートさえ稜線直下まで雪の壁が続いていて、そこに一筋のルートがついている。写真に撮影するとどうということがない傾斜に見えるが、実際は恐ろしいばかりの傾斜で、あんな所ピッケル無しで上り下りなんかしたくないと思うほどである。あれは奥積さんを連れて登るのもちょっとなぁ・・・・。我々の目的地である極楽平方面のルートはトレールが極端に薄く、歩く人はかなり少ないらしく、やはりステップが切れているのを期待できそうになかったが、宝剣山荘へのルートより距離が短く、夏道のように谷のど真ん中ではなくハイマツが出た場所との境界を登ればどうにかなるかもしれない。

 行けるところまで行って奥積さんでは無理と思われるような場所が出てきたら私一人でその先を進むことにして神社前を出発、まずは水平移動なのでアイゼンは不要だが、すぐに雪渓に出て足跡はまっすぐ上に伸びている。こうして近くまで来て見上げると遠くから見るより傾斜は緩やかに感じ、少なくとも立山のクズバ山のような落ちたらアウトの傾斜ではないし、滑っても止まりそうな角度と思えたので奥積さんを引き連れて雪渓をよじ登ることにした。初めてアイゼンを履く奥積さんなので装着は私が手伝い、6本爪の注意点を伝授する。12本爪を貸してもいいが出っ歯なので逆に出っ歯をスパッツに引っかけて転倒する可能性があり、私が先頭でステップを切れば6本爪でも行けると判断した。ピッケルは奥積さんに渡し、こちらはアルミポールを手にする。

まずは雪渓を直線的に登る 頑張る奥積さん 雪庇残骸を越えて極楽平に到着

 

 最初はさほどの傾斜ではなく奥積さんのウォーミングアップにもちょうどいいか。徐々に傾斜が増すがいつも登っているような道無き残雪の山々から比較すれば屁のような傾斜で、しかも斜面が広いから転落の心配もないし楽勝気分で登っていく。キックステップで奥積さんが歩きやすいよう足場を固めるのは忘れない。一度夏道が現れて次の雪田は稜線直下の雪庇の融け残りなので傾斜が増し、直線で登ることは難しい。古い足跡は斜めにトラバースしながら登っているが、奥積さんではこれは無理と判断し、雪田下部のハイマツとの境界付近をトラバースし、雪が消えてハイマツが出た小尾根をよじ登る作戦に出た。これなら滑落の心配はないだろう。尾根の傾斜が急でハイマツに捕まりながら体を引き上げ、最後に雪棚を登ると目の前が極楽平の標識だった。もうこの先はアイゼンの出番はないので外した。下りは登りより難しくなるが、このルートなら奥積さん一人でも大丈夫と見た。場所によってはバックしないと恐いかも知れないが。

極楽平から見たサギダルノ頭 極楽平から見た島田娘

 極楽平から僅かに南に上り、島田娘の肩でアンテナを上げることにした。ここは休憩場所になっているようで登山道のロープが肩全体に広がって充分なスペースがある。まあ、この残雪でこんな所までやってくるパーティーがいるかどうかわからないが。あの足跡の薄さを考えるとほとんどの登山者は宝剣山荘からのルートを往復するようだ。と思っていたらアンテナ設営作業中に空木岳方面からやってきた人がいるではないか! もう9時だから出発地は木曽殿山荘辺りであろうか。さすがにこれにはビックリした。

 ここからは島田娘に緩やかに上がる稜線が見えるが、いかにもアルペン的風景で奥積さんに喜んでもらえた。本当なら空木岳へと続く尾根やゴツゴツの宝剣岳が見えると、それこそアルプスらしさ倍増だが、梅雨の晴れ間なので贅沢は言えないか。

キバナシャクナゲ キンバイの類か?

 雪が消えて時間が経っているようでキバナシャクナゲは満開状態で、名前は分からないが黄色く小さな花もたくさん咲いていた(なんとかキンバイの類か)。もう花のシーズンとは知らなかった。お花畑は千畳敷が有名だが、あれだけ雪に埋もれていてはまだしばらく花は見られないだろうな。

サギダルノ頭山頂 サギダルノ頭から見た宝剣岳 サギダルノ頭から見た千畳敷

 

 アンテナを立て終わり、私は無線機だけ持ってサギダルノ頭に向かう。といっても僅か2,300mの距離である。GPSの表示を見ながら歩いたが、登山道は山頂西側を巻いているので、申し訳ないが登山道を外れて山頂を目指す(ゴメンナサイ)。もちろん植物を踏みつけないよう花崗岩の上を歩くのは忘れない。たくさん岩があるので簡単に石の上を伝わって山頂まで到達できたが、人が多い夏山シーズンにはよほど強心臓の人でないとこんなことはできないだろう。本当は残雪期で地面が雪に埋もれた時期に登るべきだろう。見える範囲には奥積さん以外の人の姿は無かった。山頂は花崗岩だらけで、他にも登る人がいるようで岩の上に小さな石が積み重なっていた。

島田娘山頂 島田娘から見た宝剣岳 島田娘から見た濁沢大峰

 

 奥積さんの無線運用場所に戻り、ザックを背負って縦走開始である。少なくとも主稜線を歩いているときにはアイゼン等は必要なさそうなのでピッケルはザックの横に刺す。まずは島田娘でここも2,300mしかないので数分で到着、奥積さんの声が微かに聞こえる。無線は奥積さんの他にもう1局確保しておく。はたして次の大滝山には奥積さんが撤収する前に到着できるだろうか。

南から見た島田娘 濁沢大峰の鞍部へ下る

 まるで夏山のような天気で、まだ午前中だというのに伊那側からだいぶガスが上がってくるようになり、檜尾岳も時々ガスで見えなくなる。たまに日が当たると猛烈に暑く、僅かに吹く西よりの風が心地いい。手前に見えるゴツゴツした山頂を持つ低いピークが濁沢大峰で、その向こうのなだらかな山が檜尾岳のようだ。森林限界を超えた岩稜帯の縦走は今年初めてであるが、残雪期の山とは違う夏山気分もやっぱりいいものだ。昨日のように雷鳥がいないかキョロキョロしながら歩いたが見つけることはできなかった。これだけ人が居なくて静かなら雷鳥が登山道でウロウロしていても良さそうだが。

濁沢大峰下りの雪田 檜尾岳に登り返す

 濁沢大峰はいくつかの岩峰が立ち並び、どこが山頂なのか分からないが、最初のピークに標柱が立っていた。ま、ここは以前無線も済ませているので今回はパスだ。稜線東側に回り込んで下る場所で残雪があり、フィックスロープが張ってあるのでロープを利用したり木の枝に掴まったりして慎重に下る。距離も短いし面倒なのでアイゼンは使わなかった。下りで空木方面に向かう2人連れを追い越し、最低鞍部から檜尾岳の登りにかかる。夏道は一部東を巻く部分があり、またもや雪が出てくるがさっきよりすっと簡単でアイゼンを使うような場所ではなくステップを切って登り、稜線に戻ると雪は完全に消える。

檜尾岳山頂 雪田の上が大滝山山頂 大滝山山頂

 

 徐々にガスが多くなり檜尾岳の山頂は見えなくなったが、GPSで残りの距離が分かるので励みにして登り切ると霧の中からボーっと標柱が現れて、無人で静かな檜尾岳山頂に到着した。以前ここを歩いたのは約10年前だが、どんな山頂だったのか全く記憶はなく、ただ天気が良かったことだけ覚えている。この標柱もその時からあった物だろうか。ここでアタック装備に変えて大滝山を往復だ。ガスでピークは見えないがGPSの表示によると500m先らしい。緩やかに下り、鞍部から急激に登り返し、残雪を踏んで上がったピークが大滝山だった。稜線東側はハイマツで道がないのかと思ったら稜線西側は砂礫で、山頂より少し南側から簡単に最高地点に上がれる。一面のガスで周囲が見えないのは残念だが、縦走路の真ん中にポツンと登り残した山が片づいたのでいいだろう。無線は撤収前の奥積さんとつながり、帰りは4時近くになると思うので先に車で休んでいるように伝えた。

 ガスの中なので頭上の雲の様子が分からず、雨が来るのか来ないのか予想がつかないので、そこそこ急いで戻ることにする。なにせアタック装備には傘もゴアも入れていないので、ここで降られたらずぶぬれになってしまう。檜尾岳山頂に戻るとタイミング良く雨が降り出し、急いで傘を出してパッキングを済ませ、ほとんど休む暇もなく下山を開始した。まださほど雨は強くないが、本降りになるとハイマツが濡れて登山道にはみ出した枝で足が濡れてしまうので、そうなる前に森林限界地帯を通過できればいいのだが。

檜尾避難小屋 小檜尾岳山頂

 檜尾岳の下りは東向きの尾根なので残雪が予想されたが、千畳敷のようなカールではなく尾根なので危険な残雪地帯は無く、1カ所だけ夏道を外れて藪に掴まりながら下って最短距離で雪田をトラバースした場所があっただけで、他は支障があるような雪ではなくアイゼン、ピッケルの出番はなかった。避難小屋がある小ピークとの鞍部まで下ってしまえば残雪の心配はない。避難小屋はドーム型の屋根で、隣には高床式のトイレが設置されており、小屋の中は見なかったがドアは2重になっているし、かなりまともな避難小屋のようだ。水場がないのが難点だが、今ならまだ残雪が利用できるので価値も高かろう。

 雨が降りしきる中ハイマツ地帯を下っていたが、徐々に雨が止んで明るくなり千畳敷が姿を現した。このまま雨が止んでくれるといいのだが。奥積さんは雨に降られただろうか、それとも雨が落ちてくる前にロープウェイ駅に戻れただろうか。傘を畳んでザック脇に刺して下り続けた。やがてダケカンバが出てくるようになると森林限界も終わりで樹林帯が始まり、多少の雨は木の葉で遮られて傘を出さないで済むようになる。登山道は明瞭で、しつこいほど「檜尾登山道」の看板があり、現在の標高と赤沢の頭までの距離が記された標識も多く見かけた。GPSで赤沢の頭までの距離を確認することもできたが標識を信用することにしてGPSは見なかった。

檜尾登山道に咲くイワカガミ 赤沢ノ頭山頂

 2440mピーク手前の鞍部は「梯子ノタル鞍部」との標識があり、ピークにちょっとだけ登り返した後は急激に高度を下げていく。標識は相変わらず多く道もしっかりしているので夜間でも安心して歩けそうなルートだ。周囲はイワカガミの群落が多く満開だった。

 やがて傾斜が緩やかになり赤沢ノ頭の標識が出現、山頂ではなく尾根の肩に過ぎない。幸い雨は降っていないので傘をささないで無線ができるのはいいが、やたら虫が多くておちおち休憩できない。虫除けは持ってこなかったので雲霞の如く虫がまとわりつき、中にはブヨのような小さな虫も混じって刺されたらボコボコにされそうなので、タオルで虫を払いながらどうにか1局だけ交信して退散した。やはり梅雨の時期に森林限界以下はこれなんだなぁ。以前は奥多摩の石尾根で酷い目にあったことがあるが、やっぱもうアルプスクラスの山でないとダメか。

 這々の体で赤沢ノ頭を逃げ出したが、両耳と腕の数カ所を刺されてしまった。どうやらブヨだったようで2日経過した今でもまだ刺された箇所が固くなっている。腕が2カ所くらいで済んだのでまだいい方だったか。歩き始めてもまだまとわりつく虫が多く、頭と腕の虫を払いのけるのに忙しい。赤沢ノ頭を出発してしばらくすると虫の数が減ってきたが、ある範囲に集中して虫が分布しているのだろうか。それとも激しくなってきた雨で気の葉の裏とかに避難しているのだろうか。虫が減ったのは助かったが雨に濡れた歯が僅かに登山道にはみ出し、ズボンを濡らすようになったが、ゴアを履くと暑くて汗で濡れるから同じと思って濡れるに任せた。ほんのちょっと刈り払いすれば体に触れる葉は無くなるだろうが、登山シーズン直前にでも作業を行うのだろうか。

檜尾登山口

 時々土砂降りになったようだが樹林の中なので傘に雨が直接当たることはないので助かった。やがて沢の水音が混じるようになると樹林の隙間から道路が見えるようになり、バスのエンジン音も聞こえるようになると登山口は近い。ますます雨は強くなり、時間があったら歩こうと考えていたがその気力も失せて帰りもバスのお世話になることを決めた。檜尾岳登山口は檜尾橋バス停から少し上がったところにあり、水が流れる舗装道路を少し歩いて東屋があるバス停でバスを待ち、補助席に座って駐車場に戻った。これが真夏だったら満員でバスに乗れたかどうか。


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