穂高前衛 黒沢山 2006年4月1日

 

 

 仕事が忙しすぎて今年に入っての登山は正月の甲府盆地だけだったが、いよいよ残雪期も始まって藪山に楽に登れる唯一のシーズンに入ったので、どうにかこの短いシーズンを有効に使わなければならない。4月から会社の部署異動で業務内容が変わるが、その切替期間は前の職場の残務処理で残業無し特出無しの生活ができるのでこれを活用しない手はなく、天気は土曜だけいいが好天間違いなしとのことで今年初めての雪山に向かうことにした。

 3ヶ月のブランクで体力は最低、しかも今シーズン初めての雪なので簡単なところがいいだろうと、松本盆地西部の黒沢山に行くことにした。地形図では道はなく、ネットで検索しても登山記録は見つからなかった山だ。藪の程度が不明なので雪があるときに登ってしまおう。標高は2000mちょっと、しかも松本盆地に隣接する山で豪雪地帯ではなく、早く登らないと雪が無くなってしまうので最初に登るには適度か。それに地形図では手前の天狗岩まで点線が出ているので、そこまでは雪が消えていても問題ない。

 ルートであるが、最短距離は金比良山経由の東尾根であるが、それなりの傾斜がありシーズン初ではちときつい可能性があるのと、もし山頂付近が雪庇に覆われていたら東から登ったら雪壁で登れなくなってしまう危険がある。それに3ヶ月ぶりの登山であり、体力トレーニングを兼ねてルートが長い金松寺山から天狗岩経由で往復することにした。南斜面を登るのでけっこうな高さまで無雪帯を登れるだろう。まだシーズンが早いので北斜面だと雪が締まらずラッセルが考えられるので、まあ妥当な選択だろう。

 金曜夜に出発、今回は松本ICから近いので睡眠時間が確保できてうれしいところだ。金松寺から金松寺林道に入るが雪は皆無でおまけに簡易舗装までされており、どこまで入れるのか期待したが標高900m弱で施錠されたゲートが登場し、手前の橋に車を置いて寝た。冷え込むとのことで、最近は免疫力低下で寒くなるとすぐ風邪を引いてしまうため寝袋2枚重ねで寝た。厳冬期用と夏用ダウン寝袋で快適だった。

金松寺山林道のゲート 金松寺山林道終点。右側に送電線巡視路入口がある

 

 翌朝、思ったほど冷えなかったが車内気温は0度、東京とは比較にならない寒さだ。でもフロントガラスは凍らず水滴のままだった。体を温めるためにカップラーメンの朝飯を食い、ワカン、アイゼン、ピッケルのフル装備で無雪の中を出発した。林道終点まではこのまま林道歩きが続くが、ゲートの向こう側もいい道が続いていた。途中、1カ所のカーブだけ雪が残っていたがあとは車の通行に支障があるような箇所はなく、沢沿いの雪が残るだけだった。そこには古い足跡が残っていたので、雪がある時期でも入る人がいるようだ。

送電線巡視路入口 巡視路はよく整備されている

 

 林道終点から送電線巡視路が始まりしっかりとした道が上がっていた。まだ雪はなくどこで雪が出てくるのか分からない。沢沿いに直線的に上がってからジグザグるが、そこで雪が出てくるようになるが、凍っているだけではなく朝の低温でクラストしていい感じの雪質で、まだアイゼンもスパッツも不要である。先行者の足跡の上を踏むがたまに踏み抜くことがあり靴に雪が入るのでスパッツを付ける。今週は寒気が入って東京も寒かったがこちらでは雪が降ったようで僅かであるが新雪が表面を覆っていた。その下が氷の箇所も出てきて転けそうになる。まだ木の枝の上に雪が乗ったままだからたぶん昨日かその前日くらいまで雪が降ったようだ。

巡視路分岐。右に行く 先人の足跡

 

 やがて巡視路が2手に分かれるが、金松寺山は右手なので右に進む。徐々に雪が増えて地面が出たままの箇所が徐々に減り、やがて一面の銀世界になってきた。巡視路が右手に巻くように付いている箇所は左上方の作業道?を進む。古い足跡はまだ続いていた。つづら折れのジグザグを描いて登り、山頂真東でそのまま北に向けて巻くようにルートが付いているので、こっちは山頂へ直登する尾根に取り付いてショートカットだ。傾斜がきつく雪も堅くなり部分的に凍っている部分も出てきたのでアイゼンを装着、急な登りをジグザグを描いて好き勝手に歩くのも気持ちがいい。この後もこんな雪質だったら楽勝だろうな。

金松寺山山頂 なだらかな尾根を歩く

 

 傾斜が緩むと主尾根に出て登山道と合流したようだが踏跡は雪に埋もれているのか皆無だった。ここに来てふかふかのパウダースノーが20cmくらい積もり、アイゼンではなくワカンが欲しくなったが、金松寺山山頂は近いのでズボズボ潜りながらもそのまま歩き、松の木に追われた山頂に到着した。ベンチが半分雪に埋もれているが、たぶん積雪量はせいぜい50cmくらいだろう。ここで休憩しながらワカンに履き替えた。

1760m付近から見た1860m肩 1860m肩付近から見た黒沢山

 

 この先は天狗岩までなだらかな尾根と急な登りが混じる。新雪は10cmくらい積もっており、もう日が高くなって雪が融けだしてワカンが団子になってしまい、頻繁にピッケルでたたき落とす必要があった。その下の雪は日当たりがいいところは充分に締まっているようだが南向き以外の場所は沈みが大きい。傾斜がきつくなると締まった雪と新雪の間の弱層で雪がはがれて足場が崩れ、よじ登るのに一苦労で、3ヶ月のブランクで体力が付いてこずたまらず休憩した。まだ残雪期始まりなのでこんな雪質もしかたない。

もうすぐ天狗岩山頂 天狗岩山頂
天狗岩山頂の展望盤 天狗岩山頂から見た小嵩沢山(一番右のピーク)

 

 金松寺山から天狗岩の間で2回も休憩し、やっと天狗岩山頂に到着した。三角点は埋もれて確認できないが山頂には展望図が置かれていたので、地元ではそこそこメジャーな山らしい。残念ながら春霞で美ヶ原でさえ霞んでしまう空気の透明度で山の眺めは楽しめなかった。残雪の上にザックを置いてシートを広げてひっくり返って休憩したが、日差しがまぶしくて顔が日焼けしそうだった。

 ここまでで疲労が激しく、この先は余分な荷物をデポしてザックを軽くして往復することにした。もう顕著な標高差を登ることはないが、この雪の状態では水平歩きでもワカンに雪が付着してペースが上がらないだろうし、帰りも行きと同じくらい疲れそうだ。

天狗岩北斜面はこれくらいのラッセル 雪が溶けてワカンが団子に 重かった!

 

 黒沢山への尾根は山頂より東側からつながっているので山頂から東に斜めに下って行くが、北斜面は雪が締まっておらず30cmくらい潜る本格的なラッセルとなってしまう。帰りの登りで苦労しそうなので歩幅を狭めてラッセルが楽になるように歩いた。鞍部から登りにかかるとやや雪が締まってきたが、天狗岩までの登りより潜り方が深く、コンスタントに足首ほどのラッセルが続いて楽をさせてもらえない。これは天狗岩までの尾根は広葉落葉樹林や唐松植林帯で日当たりが良く雪解けが進んでいるのに対し、天狗岩から先は深いシラビソ樹林で日当たりが悪くて雪が融けないからであろう。木の根本はもう地面が見えているところもあったので、積雪量はここでも50cmくらいだろうか。一部笹が出ていたが、志賀高原の強烈なヤツではなく低くて細い種類だったので、もし無雪でも藪漕ぎは容易と見た。目印は色が抜けた

黒沢山山頂直下。雪少なく藪もない 黒沢山山頂

なんと、立俣山で見た中村さんの赤布!

 

 細かいピークを乗り越えて最後の偽ピークは左を巻き、いよいよ黒沢山本体の登りにかかると雪が減って積雪は10cm程度になり、つい最近の新雪しか積もっていないようだった。こうなると歩きやすく、疲れた足でも高度を稼げた。イワカガミが顔を出した地面や岩もあり、ここは雪が無くても藪は皆無らしかった。山頂一角の肩に上がり、吹き溜まった柔らかい雪に苦しみながらGPSの示す山頂に進むと、赤布がぶら下がり手製標識がシラビソに付けられ、なぜか巣箱まで設置されたた黒沢山山頂に到着した。まさか藪山派の人がわざわざ巣箱を設置するとも思えず、実は夏道があって簡単に登れるのではないか?と疑念がわいてきた。赤布を見ると両面に名前が書かれているが、その片側は南ア南部の立俣山で見た中村さんではないか! 2005年8月20日の署名があり、真夏に登っていることからも藪が薄いか道があるかのどちらかだろう。いや〜、まさかあの中村さんがここにも登っているとは。もしかしたら道がない2000mを私よりも登っている人かもしれない。いったいどんな人物なのか興味津々である。

 雪に苦労してかなり疲労したのでザックとシートを雪の上に置いてひっくり返った。木の葉や枝の上に積もっていた新雪は気温が上昇して溶け始め雨のように降ってくるので頭上が開けた山頂真ん中で寝っ転がった。まさか他に人が来ることはないだろうから山頂ど真ん中でもいいだろう。顔が日焼けするのではないかと思われるほど(実際に日焼けしたが)日差しがまぶしかった。そうそう、今回はまだ熊の足跡が見あたらなかったがまだ寝ているのだろうか。それとも人里に近すぎてこの付近では熊がいないのだろうか。カモシカの足跡は見かけた。

天狗岩付近から見た金松寺山

 さあ、帰りは天狗岩までは下りではなくほとんど水平移動なので所要時間は登りと大差ないだろう。もうお昼を過ぎているから車に戻ると4時近くなりそうで、あまりのんびりできない。急ぐ必要はないが、あまりにダラダラと休んでいると暗くなる可能性もあり、2度と来ないであろう山頂を後にした。帰りは行きでラッセルした跡を歩けるのでかなりマシであったが、登りになるとガクっとペースが落ち、休憩したいのを我慢して天狗岩山頂まで頑張った。久しぶりの歩きだったせいか、足を上げるときに右股関節が痛むようになり、特にワカンに雪が付着して団子状態になり、重たい足を持ち上げるときが痛かった。行きの時以上にピッケルで頻繁に雪をたたき落とした。山頂には出発したときと同じ状態でデポした荷物が置いたままになっており、新たな足跡もなく訪れた人は私だけだった。

 天狗岩から先は下りが多いのでペースが上がる。登りで足下が崩れて苦労した斜面はワカンを滑らせてガンガン下れて逆に効率がよかった。金松寺山の登り返しは緩やかで少しだけのはずだが苦労して登り、山頂からは登ってきた東尾根を使わないでショートカットで谷めがけて下ることにする。最初はワカンでも大丈夫だったが、だんだんガチガチのアイスバーン化してきたのでアイゼンに履き替え、植林帯をジグザグに下っていくと登りで使った作業道に出ることができた。あとは淡々と歩き、上水道の水源らしき取水口?があり立入禁止のロープが張ってある場所でアイゼンを脱ぎ、少し歩けば林道に到着、緩やかな車道を下ってゲートに戻った。

ゲートに張り出してあった地図。波線が道らしい

 

 ゲートに戻り、ゲートを写真に納めると何やら地図が張り出してあるのに気づいた。狩猟に関する注意書きだったが、ここに出ている地図は林業関係者が使用するものらしく、2.5万図にたくさん書込がしてあった。記号は意味不明なものが多いが、山道は波線で書かれているのですぐにわかった。そして、黒沢山には天狗岩から続く波線と、金比良山から続く尾根上の波線の2つのルートが書かれているではないか! 特に金比良山ルートは「小室歩道」とまで書かれている。やはり夏道があるらしい。それにしてもネットで登山記録が出てこないのは不思議である。たぶん地元ではそこそこ有名な山だと思うのだが。今後、黒沢山を目指す人は無雪期の方がずっと楽に登れるだろう。

 着替えて車を走らせ温泉に向かった。明日は全国的に雨との予報が出ていたので登山はあきらめて東京に帰ることにし、温泉は帰り道の途中にある諏訪温泉を目指した。天竜川を渡る手前で東に曲がり、2kmくらい直進する間にいくつか温泉施設がある(名称は忘れた)。そのうちの1つに入り(\500)、汗を洗い流してから酒の肴を調達、諏訪湖畔で晩酌をして寝て、翌朝に東京に帰った。

 

所要時間

5:44 ゲート−6:19 林道終点−6:50 巡視路分岐−7:06巡視路から分かれる−7:22 作業道をはずれて尾根を登る−7:32 アイゼン装着−7:45主稜線−7:49金松寺山着−8:01金松寺山発−8:30 1735mで休憩−8:43出発−9:18 1874mで休憩−9:31出発−9:54天狗岩着−10:16天狗岩発−10:57最初のピーク−12:05黒沢山着−12:37黒沢山発−13:57天狗岩着−14:24天狗岩発−15:05金松寺山−15:27巡視道に入る−15:35巡視路合流−15:52林道終点−16:22ゲート


 

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