後立山南部 牛首山、鹿島槍ヶ岳、爺ヶ岳 2007年6月2〜3日

 

          爺ヶ岳から見た牛首山


 北アルプスには牛首山という名の2000m峰が2つ存在し、偶然にも標高が同一である。1つは大天井岳西側にあり、牛首展望台からさらに西側に下ったハイマツのピーク。もう一つは鹿島槍ヶ岳西側に延びる牛首尾根上にあるピークである。大天井牛首山は2005年秋にハイマツと格闘して登っているが(実際は下っているのだが)、鹿島槍牛首山はいつか登ろうと考えているうちに月日が経過していた。例のごとく仲間内では武内さんだけが登っており、常識的に残雪期に登ったとのことだった。ネットで検索をかけると何件かヒットするが、どれも残雪期に牛首尾根を下って十字峡を渡り剣方面に登り返すという「黒部横断縦走」の際に通過した記事だ。このような大それた縦走ができるような人にとっては牛首山なんかはおまけにもならないような単なる通過点だろうから、記録を読んでも牛首山までの尾根の様子はほとんど触れられていない。このレベルの人になると牛首山まででは危険と感じる場所は無いらしいが、私の力量で雪が付いた時期に歩けるだろうか?

 牛首山はいつ登るかでずいぶん悩んだ。山頂渉猟の著者は残雪が多かった年の夏に登っているが、師匠である武内さんは無雪期はハイマツだよと言っていたので基本は藪が埋もれた残雪期だろう。その場合、大型連休が一つのチャンスだが、登山口から鹿島槍までのルートも問題となる。夏場なら何の問題もなく赤岩尾根から往復するが、地形図を見ると等高線が相当混み合っており、最後に主稜線に突き上げるところでは急斜面のトラバースが待っており、滑ったらまず無事では済まないだろう。昨年、鹿島槍東尾根末端の一ノ沢ノ頭に登った際、赤岩尾根を下ってきたパーティーに話を聞いたが、やっぱりトラバースは相当怖く、尾根に乗ってからも何回か滑って滑落停止姿勢をとったとのことだった。何年か前に武内さんはどうしたのかと聞いたら爺ヶ岳南尾根から往復したとのことで、あの武内さんが赤岩尾根を使わなかったのだから私はやめた方がいいだろうとの思いが強くなった。往復で爺ヶ岳を越えなくてはならないが、傾斜が緩い爺ヶ岳南尾根を使うのが無難な選択だろう。なにせ雪が付いたアルプス級の山だから、自分の実力を考えると少しでもリスクを減らした方がいいだろう。

 残雪期にもある程度期間の幅があり、その中心は大型連休であろう。この時期は主な山には人が入りトレースが利用できるので比較的楽に登れるのが大きなメリットだが、残雪は多いから主稜線に上がってからもずっと雪が続き、牛首尾根に至るまでの爺ヶ岳縦走や鹿島槍への登りで私の技量で危険箇所が無いとも限らない。なにせ私は基本的に藪山派であり雪山派ではない。連休が終わると徐々に雪が減ってきて、後立山なら7月くらいまで残雪がありルートによってはアイゼン、ピッケルが必要となるくらいであり、7月前半ならば雪庇の融け残りは期待していいだろう。森林限界を超えた主稜線は5月終盤ともなると雪庇はまだまだ残っているが稜線上や西側に付けられた夏道はほとんど出てきて夏山気分で歩けるのは白馬周辺で体験済みだ。私は未だに大型連休に3000m近い山に登ったことはないので、今回の鹿島槍ももっと暖かくなり雪が減ってからの方がいいと判断した。でも牛首尾根の残雪がいつまであるのか全く想像できないので、できるだけ早めの方が安全だ。実行時期は5月後半くらいがいいかと考えていたが、今年は暖冬で雪が少なく例年より藪が出てしまう時期が早まる可能性が高かった。そんなこともあって5月中旬に挑戦しようと考えたのだが、ひどい風邪にかかってしまい回復に2週間近くかかり残雪期の貴重な週末を2回も棒に振ってしまった。1年のうち2ヶ月しかない残雪期には何とももったいないが、健康状態ではいかんともしがたい。もう6月なので赤岩尾根の危険地帯の雪は消えているかもしれないが、もし変なところで残っていたら下りで苦労するので、体力的に苦労はあるが当初計画通り爺ヶ岳南尾根から登ることにした。問題は天候で、土曜日は持ちそうだが日曜は曇りの予報で、稜線が雲の下の高曇りなら問題ないがガスの中では先が見えず危険箇所の回避も難しくなり、雪があるシーズンではやめた方がいいかもしれない。どうなるかわからないが、トレーニングの意味もあるのでとにかく出かけることにした。最悪、爺ヶ岳散策でもいいだろう。

爺ヶ岳登山口 爺ヶ岳登山口前駐車場

 

 まだ完全に風邪が治ったわけではないが症状としては咳が残るだけとなったので実行を決断、金曜夜に東京を出て柏原新道入口に到着。10年くらい前に針ノ木雪渓を登って時計回りに1泊縦走し、柏原新道を下ったことがあるので一度通った道だが登山口がどんなところだったのかを除いて記憶がない。登山口はすぐに分かり、道路反対側の駐車スペースに車を置いた。夏は大賑わいだろうがさすがこの時期は車は1台もなく、夜中に2台が加わっただけだった。

 翌朝、朝飯を食べてパッキング。もう6月なので寝袋は厳冬期用1枚だけにして、代わりに断熱性がある薄い発泡ウレタンシートを追加した。かさばるが重さはほとんど無く、ロールマットの上に敷けば断熱性が向上して雪の上でも快適に過ごせそうだ。私の経験ではロールマットだけでは雪の上で幕営すると厳冬期用シュラフに潜っても背中が冷たく、ザックを下敷きにして寝ないと震えてしまう。エアマットだといいのかもしれないが、重さがあるのが難点だ。いくらなんでもこの時期の雪質ならワカンは不要と考え、12本爪アイゼンとピッケルのみ持っていくことにした。1泊装備なので大ザックの出で立ちだが、他の2台の車の主は軽装だ。おそらく地元の人でかなり手慣れて爺ヶ岳日帰りだろうか。登山口には注意書きがあり、柏原新道は雪で通れないので南尾根を登るように書かれていたが、これは想定の範囲内である。問題はどこまで登山道が使えて、南尾根まで雪が続いているかどうかだろう。夏道が出ている区間は徐々に伸びているはずで、おそらくは南尾根への取り付きポイントは日によって変わるだろうから現場で判断すればいいか。最終的には南尾根に出ればいいので、その途中のコースは歩きやすいところを歩けばいい。

 仰ぎ見る後立山の稜線にはまだ雪がたっぷり付いているのが見え、私の実力で歩けるのか大いに不安になるが、柏原新道には雪は皆無、周囲の新緑も濃く夏山気分だ。さて、どこまで上がると雪が出てくるだろうか。それまでは1級の登山道を淡々と歩けばいい。道は完璧なのだがまだ風邪が抜けきっていないようで、体調は大丈夫だが喉の調子がイマイチで咳が頻繁に出る。下界で生活しているぶんにはたま〜に咳が出る程度だが運動で多少呼吸が上がると喉に刺激がくるらしい。こりゃ咳止めを持ってきた方が良かったかな? 結局は最初だけ咳が酷かったがその後は落ち着いてくれた。でも翌日は喉が痛かったなぁ。

登山口から見るスバリ岳付近 登山道から見た扇沢駐車場
登山道から見た蓮華岳 柏原新道。2000m以下は雪無し
登山道から見た針ノ木岳からスバリ岳 開けると種池山荘が見える

 

 出発は私が最初だったが4人全員はほぼ同時出発に近く、登山口を過ぎてすぐに軽装の2人組男性に抜かれた。1人は長靴、1人はプラブーツ、20リットル程度の小さなザックでほとんど釣りと変わらず手慣れた連中に違いない。これでトレースが期待できるな。こちらはでかい荷物だし、初日は冷池山荘までたどり着けばいいのでゆっくりゆっくり登る。所々で樹林が切れて稜線が見えるが種池山荘の建物が意外なほどはっきりと見えた。さすが稜線は真っ白で、南斜面もべったりと雪が付いている。標高差700mを登った地点で小休止、単独行の男性にも追い越されしんがりとなった。ラジオで7時前の天気予報を聞いたが、今日は東海地方までは天気がいいようだ。それに思ったよりも低気圧の動きが遅く、明日も北ほど天気がいいようで当初の予報よりも好転しており、明日の牛首山アタックは期待していいだろう。

標高2000mを越えると雪が目立ち始める 標高2050mで雪が続き夏道不明状態
トレースを離れて南尾根を目指す けっこう急な傾斜で登りは疲れる
種池山荘下部は一面の残雪 開けた雪原が終わって藪に突入

 

 標高2000mを越えるとぽつぽつ雪が登場するようになり、2080mを越えると一面の残雪帯のトラバースに入ったのでアイゼンを付ける。先人の足跡は夏道をトレースするようにトラバースを続けているが、部分的に露出した夏道が見られる区間では夏道と同じコースであると確認できたが、全く地面が見えなくなると目印も皆無で本当に夏道上にいるのか全く分からない。帰りのことを考えてそのうち消える赤紙テープの目印を数カ所付けた。まだ足跡はトラバースを続けているが、どうせ南尾根に上がらなくてはならないので早めに見切りを付けて標高2100mちょっとで右手の斜面を登ることにした。見える範囲では雪が続いており、この分ならかなり高い場所まで残雪が利用できそうだ。今までの植生から考えて無雪期はそこそこの笹薮だろう。これから登るルートは先がどうなっているか分からず、後続の人に真似されるとヤバい可能性があり、足跡は残ってしまうのでしょうがないが、目印は下りでしか見えない場所に付けながら登っていく。こうしておかないと帰りに自分が下るときに夏道がある高さを突っ切って下りすぎてしまう可能性があるのだ。最終手段としてトレースから分かれて登り始めた場所の緯度経度をGPSに登録したので、帰りに分からなくなったらGPSの電源を入れればいい。ダケカンバとシラビソが点在する気持ちのいい斜面で傾斜がきつく効率よく登れるのだが非常に疲れる。帰りに同じルートを下ったが部分的にはバックで下りたくなるような傾斜もあった。

正面は藪が濃いので左に迂回、別の雪田を目指す 再び藪。今度は右に突破
雪田に出で一安心 稜線直下、雪田が終わり最後の藪に突入
雪が無くなり南尾根は目の前 南尾根。雪はなくはっきりした踏跡がある
爺ヶ岳が見えるが尾根上は夏道が続く 森林限界。写真では分からないが踏跡はしっかりしている

 

 開けた樹林を登っていくと、行く手の樹林密度が高くなりジャングルの壁のような状態になってしまった。強引に進んでもいいのだが大ザックでこれを突き抜けるのはかなり苦労するのは確実なので、周囲を見渡してやや明るそうな左に逃げて藪が薄いところを突いて上に抜けると開けた雪原に出た。雪原の下端は樹木の上に雪が乗り蓋をしたような状態だったので、迂回して正解だった。さらに樹林の隙間を上がると雪が消え、とうとう爺ヶ岳南尾根に出た。ちょうど2320m峰北側鞍部付近で、ぎりぎり森林限界を下回った樹林帯だった。ダケカンバが生える尾根には赤布と明瞭な踏跡があり、雪が消えた今でも藪漕ぎの必要は無さそうで一安心だ。帰りのために近くのダケカンバに目印を付けておき、その先の見晴らしのいいハイマツ帯で大休止する。天気は上々で大町側の盆地からは雲がわき上がり、東の空は雲に覆われているが西の空は青空だ。扇沢をぐるっと取り囲む後立山最南端の山々もくっきりと見えている。あそこを歩いたのもずいぶん昔だなぁ。正面には2460m肩の向こうに爺ヶ岳南峰が見えており、その様子からしてほとんど夏道を歩けばいいようだ。南向きの尾根で森林限界を超えて日当たりがいいから吹きだまりの尾根東側以外はすぐに雪が溶けてしまうようだ。

樹林の中にも目印、踏跡あり 気持ちのいい砂礫の道を登る
グェーと鳴き声で気づいた雷鳥 雪の上を走る雷鳥
爺ヶ岳南峰。尾根上は雪がない 爺ヶ岳南尾根を振り返る

 

 南尾根の踏跡はハイマツが酷い箇所では尾根西側を巻いており非常に歩きやすい。目印も頻繁に付けられており、冬季の利用者も多いようだ。ハイマツが切れて岩稜帯になると一般登山道と変わらぬ道の明瞭さになり、エアリアマップに「南尾根に迷い込まぬよう注意」と書かれるのも頷ける。牛首尾根もこれくらいの踏跡道なら言うこと無いが、いくらなんでも黒部横断するパーティーは少ないだろうから無理だろうなぁ。雪があれば一直線に登るような傾斜だが夏道は細かくジグザグに石の上を伸びており忠実にそれを歩く。途中、グェーという蛙のような鳴き声で雷鳥に気づきデジカメでパチリ。保護色でうまく写っているか液晶画面では確認できなかったが、帰ってからパソコン画面で確認したらちゃんと写っていた。もう一羽の雷鳥は雪の上を歩いていたのですぐに分かった。今回見かけた雷鳥はこの2羽だけだったが、以前爺ヶ岳に登ったときには登山道脇には何羽も雷鳥がいて登山者に愛嬌を振りまいていたのだが。

 

爺ヶ岳南峰山頂 山頂標識にはこんな注意書きが
爺ヶ岳南峰から見た爺ヶ岳中峰、北峰 爺ヶ岳南峰から見た鹿島槍方面
爺ヶ岳南峰から見た剣岳方面

爺ヶ岳南峰から見た剣岳、黒部別山

 

 岩稜帯を登り切ると待望の爺ヶ岳南峰の山頂だった。南側のみ雪が残るが山頂一帯はほぼ無雪だった。今登ってきた南尾根には×マークがペイントされ、一般登山者が迷い込まないようになっている。山頂標識には種池山荘の注意書きがあり、今年はGWの営業はないと書かれていた。これも水晶岳のヘリ墜落事故の影響だろうか。長野県側から雲がわき上がって鹿島槍はガスに覆われているが、西側の牛首山は真っ白な姿を見せており、予想以上に残雪が豊富で明日は藪漕ぎの心配はしなくて良さそうだ。問題はナイフリッジがないかどうかだが。立山剣方面は僅かに雲が絡むが良く晴れており、駒ヶ岳はかなり雪が消えている。あれは来年のGWに挑戦かな。無人の山頂でしばし休憩。鹿島槍への縦走路には北峰付近で二名の姿が見えるが、追い抜かれた長靴&プラブーツ組だろうか。まさか今日のうちに鹿島槍往復でもやるのだろうか? だとすればいくら軽装とはいえ相当な健脚だ。こちらは牛首山まで足を伸ばすので、いくらなんでもこれから標高差1000mをさらに上り下りするのは体力的に無理なので今日は冷池山荘まででおしまいである。もう少し上がったところで幕営してもいいのだが、それ以上上がると森林限界を超えてしまい、もし風が強くなったら悲惨な目にあうので妥協が必要だろう。その冷池山荘は意外に近くに見えていた。

爺ヶ岳中峰山頂(背景は牛首尾根) 爺ヶ岳中峰から見た爺ヶ岳南峰

 

 山頂は無人だったので地面に断熱シートを敷いてひっくり返って休憩できたので気持ちよかった。上空には薄雲が出ているので日差しは適度に和らげられて暑くもなく寒くもなく快適だった。まだまだ時間に余裕はあるが、適度に休憩できたので冷池山荘のテント場向かって出発だ。この先は稜線左側を巻く道が続くが、きれいさっぱり雪は消えているので歩くのに問題はなく、アイゼンはザックにしまったままだ。中峰との鞍部に下り、緩やかに登り返し、せっかくなので中峰分岐で空身で往復、山頂の写真を撮影しておく。白沢天狗尾根へは這松の海だが、稜線よりやや西側に踏跡が続いているようだ。でもやっぱり南尾根の方がずっとはっきりした道だし、砂礫帯で這松は無いのでずっと歩きやすいに違いない。本格的に残雪期登山を開始した年に登った懐かしの白沢天狗山はガスに沈んで見えなかった。

爺ヶ岳北峰東面は残雪がベットリついていた 爺ヶ岳北峰の巻き道
赤岩尾根南側を見る。稜線上に雪は見えない 赤岩尾根南側を見る。やっぱ稜線上に雪は見えない
赤岩尾根分岐 赤岩尾根分岐直下の雪田と夏道

 

 縦走路に戻って小ピークを掠めて北峰を巻き下り始める。帰りはこれを登り返すんだよなぁ。これだからできれば赤岩尾根の方がいいのだが、赤岩尾根の雪の付き方が分からないので技術と度胸が無い人間は安全策をとるべきだろう。2550m付近から赤岩尾根のピーク付近までは樹林帯に入り雪が出てきたが、これがまた全然締まっていなくて膝までズボっと踏み抜くので下りなのに非常に疲れた。普通、この時期にもなれば締まった雪しか残っていないのだがなんでこんなに柔らかいままなのか謎だ。やっと腐った雪から開放されてほっとする。赤岩尾根分岐には標識が立っており、東斜面にはいくつも足跡が付いた雪庇の残りかすが残っているが規模は小さく、この部分の通過は大したことはなさそうだ。下ってすぐに夏道が見えている。その向こう側に回りこむところで雪があるかどうか分からないが、見えている範囲では赤岩尾根に乗ってからは雪は全く無いように見えた。これなら赤岩尾根から登ったほうが良かったなぁと考えたが情報がないのだからしょうがない。体力トレーニングと考えよう。

登り返したところが冷池山荘 冷池山荘。東は屋根の高さまで残雪
冷池山荘より登るとテント場 西端に陣取る。背景は爺ヶ岳

 

 鞍部を通過して登りにかかると再び樹林になって残雪が現れるが、今度の雪は締まって歩きやすい。少し登ると冷池山荘で、まだ営業していないはずだが窓が開いていたりして人が入っている気配だ。もう営業しているようならテント場の代金を払おうと入口から入ったらドアは開いていたが受付窓口は閉まったままで、やっぱりまだ営業しておらず営業開始前の準備期間らしい。ま、これならタダでテント場を使っていいだろうと荷物を背負った。前回鹿島槍に登ったときにもここで幕営しているはずだが、テント場がどこにあったのかいまいち記憶が無く、小屋周辺はヘリの離発着に使用するのでテントを張るなとの注意書きがあり、もう少し登ってみることにする。これだけ雪があれば多少斜めのところでも雪を削ればテントを張れるだろう。一段上がったところで傾斜が緩み這松帯に変わり、その先で広い範囲で地面が出た区域に到着、そこがテント場だった。意外と小屋から離れているのでシーズン中に小屋番がここまで料金を徴収に来るとしたら大変だろう。だから小屋の前にテントは料金を払えと看板があるわけだろう。当然のようにテントは1つも無いのでどこでも好き勝手に張れるが、今日は僅かに東風が吹いているので西側に少し下ったところを選んだ。

冷池山荘テント場から見た鹿島槍 冷池山荘テント場から見た爺ヶ岳

 

 もう本日の予定は終了なので、あとはテントでゆっくり休むだけだ。残雪の上部を捨てて中のきれいな部分を掘り出して水作り。燃料のガスがもったいないのでろうそくの炎で時間をかけて2リットルほど作った。これで明日の行動分を合わせて充分な量だ。長野側から湧き上がる雲の影響で晴れたり曇ったりだが、直射日光が照りつけるとテント内はたまらない暑さになり、入口全開で冷たい外気を入れないとサウナになってしまう。4月とは大違いだな。夕方になって一時的に雲が取れて鹿島槍が姿を見せたが、稜線東側にはまだまだべっとりと雪が付いていた。さて、山頂まで夏道が出ているだろうか、それともアイゼン、ピッケルの出番があるだろうか。白馬の経験からすれば、この時期で南向きの尾根ならば間違いなく雪は消えていると思うが。薄暗くなる前に晩酌を開始、午後7時過ぎには眠りに付いた。しかし夜中にぱらぱらとテントをたたく雨音に気づき、こりゃ明日の天気は大丈夫かなぁとちょっと心配になるがすぐにまた寝てしまった。本当に天気が悪ければ撤退するか、鹿島槍まで行って尾根の偵察だけして次回に繰越でもいいかと気楽に考えた。

 翌朝、3時にはウトウトし始め、たまにテントの外を覗くとガスってはいるが時々周囲の山が見えることもあり、基本的にはまあまあの天気らしい。ただ、ガスったままだとトレースも無い未経験の雪尾根で視界無しの状態で行動する自信は無く(今まで残雪期の歩きで視界不良の経験は1度もない)、出発時刻を30分ほど遅らせて様子を見ることにして4時過ぎに起床、朝飯を食べて5時に出発。残念ながら周囲はガスったままだが視界は悪くなく、時々ガスが薄くなることもあり時間の経過とともに回復するかもしれないのでアタック装備で出発することにした。水、飯、アイゼン、ピッケルを持ち、アイゼンはまだ装着しないままだ。

ガスっているが出発 布引山への登り
布引山山頂 ガスの向こうに牛首山が見えてくる
布引山の先で後ろを振り返る 鹿島槍直下も夏道が続く

 

 テント場が終わるとすぐに豊富な残雪帯だが、雪が締まって非常に歩きやすい。牛首尾根もこんな状態ならいいのだが、ボコボコに潜ったらワカン無しではかなりきついだろう。残雪上には昨日登った人の足跡が残っており、雪庇を避けて大きく西側に寄っていた。ま、この雪質と地形なら端を歩いても問題なし。意外に長く続いた残雪帯が終わると一気に森林下界を越えて這松帯に変わり、切り開かれた夏道をルンルン気分で歩く。雪が無いとかなり足が軽く歩くスピードも速くなるのが分かる。布引山への登りも全く雪は無く淡々と夏道を歩けたので体力をセーブすることができた。その先もほとんど雪の上を歩くことはなく、最後の鹿島槍への登りにかかった。この頃にはかなりガスが薄まって左手に牛首尾根が見えるようになってきた。昨日見たとおりに残雪で真っ白けだが、見た感じではどうも痩せた雪稜のように見える。俺の度胸で歩けるかなぁ。

鹿島槍山頂 牛首尾根入口。×印と注意看板有
砂礫帯が終わると残雪が続く 鹿島槍を振り返る

 

 最後に登りきったところで雪が現れ鹿島槍山頂に到着、もちろんこの時間では無人だ。山頂一帯はガスの中だがかなり薄く、昨日同様長野側からガスが上がってきるので富山側は晴れて視界は良好、これなら牛首尾根突入も問題なしと判断し、早速進路を西に取る。誤って牛首尾根に入らないよう通行止めの×マーキングがあるが無視、意外に明瞭な踏跡があるが尾根上ではなく南に進路を変えているので無視して直進、すぐに残雪帯が始まったので傾斜は緩いがアイゼンを付けた。雪庇ができて根元には亀裂が入っているので這松の尾根上を歩き、亀裂が無くなってから雪の上を歩いた。ここまで来るとガスの下に出て視界はきわめて良好だ。緩やかに下っていくが、そのまま雪の上を直進するとガレマークが書かれた北西尾根に引き込まれてしまうので視界が無いときには要注意、本当の尾根は這松に邪魔された左側にある。今日のように視界があればこんな場所でも間違えることはなく、ガスが晴れてくれて本当に良かったぁ。

尾根が左に曲がると尾根上の雪が消える 尾根上と北側は無雪、南半分は残雪
歩きやすい無雪地帯を下る

この辺からハイマツが立ってくる。

帰りは南の残雪帯を登った

 

 この先は尾根は一本道なので間違える心配はなく、地形に追随して歩きやすい場所を選びつつ歩けばいい。この時期の牛首尾根は南側が一面の残雪で北側はちょっとの残雪といった状態で、尾根直上は雪が消えて這松が出ていたが、上部では地を這う這松なので特に問題にはならない。尾根南直下は草つきや川原のような石ころ帯、もしくは白骨化した這松で歩きやすく、長期間雪に埋もれているので這松もほとんど無いのかもしれない。山頂渉猟著者は夏に登っているが、この状態なら案外楽に行けるかもしれない。1箇所雪に穴が開いて地面が見えた部分があったが草付きだった。しばらくは雪の上でなく歩きやすい無雪部分を歩いた。

尾根上のハイマツから南の急な残雪帯を下る 2カ所バックで下るが大した危険度ではない
鞍部が近づき傾斜が緩んでくる 最低鞍部から見る牛首山

 

 2650m付近から傾斜がきつくなるが、尾根直上は立った這松が出てしまっているので南直下の残雪帯急斜面を下ることにする。以前の私なら滑落を恐れて這松の藪漕ぎを選択しただろうが、少し下に雪から出た這松の帯があり滑っても止まりそうなことと、部分的にバックで下れば大丈夫だろうと出だし以外は残雪帯を歩いた。2箇所ほどはバックで下ったが、尾根が痩せているわけでは無いのでさほど危険を感じなかった。わずかな急傾斜区間が終わればアイゼンを効かせて前向きでガシガシ下ることができるが、帰りの登り返しを考えると気が重くなる。ここからは鞍部はもとより牛首山山頂も見えるが、鞍部付近は広い尾根で全く問題なし、鞍部を越えて牛首山までの登りが痩せているように見えちょっと恐ろしげだ。まあ、遠めに見ると怖そうでも現場に行ってみると大したことがないってパターンも多いが。どういうわけか最低鞍部には狐と思しき尻尾がふさふさした動物がいて、南に下っていった。こんなところにエサがあるのだろうか。

ちょっとイヤらしい尖った残雪帯 鹿島槍が高い
安全地帯に出る このピークが牛首山山頂

 

 鞍部付近は広い尾根でルンルン気分で楽しめる。一面の残雪で藪は数m下らしく木のかけらも出ていない。僅かに進路を左に振ると地形図で北側に崖マークが描かれた場所だが実際は崖ではなく傾斜が急な斜面だった。上部には樹木も生えているので落ちても引っかかりそうで一安心。鞍部から登りにかかると稜線が狭くなり雪稜も尖ってくる。ナイフリッジというほどではないが、南側は傾斜が急で足元が崩れて落ちたら止まりそうにないので僅かに北側に寄った部分を歩くがそこそこ傾斜があるトラバースになるので緊張する。尾根そのものの傾斜が緩やかなのは大いに助かった。そんな区間も長続きはせず幅が広がればもう安心だ。少しの間だけ雪が消えて笹が出た尾根を歩いたが薄い藪なので問題外だ。鞍部からこんな藪が続くようなら雪が無くても楽勝だ。

ハイマツが出た牛首山山頂

中背山でも見た「柏 小川」さんの赤布。

2006年5月21日に登っている

立山が近い。黒部別山も残雪有 下ってきた牛首尾根
後立山主稜線から西に延びる尾根が重なる。未踏は東谷山のみ

 

 笹藪が出ている肩を超えると再び雪堤が続き、次に雪が消えて這松が露出したピークが牛首山山頂だった。東側は這松の枝が張り出しているので雪を利用して北側を迂回し、西側から上がった。絶対に人工物が無いと思っていたが、なんと昨年の中背山で目撃した「柏 小川」さんの赤布があるではないか! しかも日付は昨年5月21日で、これまた昨年同様ほぼ1年違いで登っていることになる。「柏 小川」さんもかなりの藪山派に違いない。しかも大型連休ではなくて5月後半を狙って登っているとなると、思考形態も私に似ているかも? ぜひお会いしてみたい人物だ。小川さん、インターネット見てないかなぁ。牛首山は高い木が無いので展望は思うがまま。黒部川を挟んだ対岸には立山、剣、毛勝三山、そして駒ケ岳へと続く稜線。後立山は旭岳までで、清水岳への尾根の左側には僅かに猫の踊り場が頭を見せている。あれも6月に登ったけど雪が結構あって助かったなぁ。その手前は昨年の中背山で、もう雪は少なくなっていた。昨年と比較してやっぱり雪は少ないようだ。その手前は五竜から伸びる東谷山で、まだまだ真っ白で来週でも大丈夫そうだ。今年のうちに登れるだろうか。東を見れば鹿島槍が遥かに高く登り返しに覚悟が必要だ。爺ヶ岳にかけては雲に隠れてしまっている。

自分の足跡だけ一直線に残る 鹿島槍に登り返す
面倒なのでここで右に巻く 巻いてきた斜面

 

 しばらく休憩してお帰りだ。まずは痩せた雪堤だが下りでは全く恐怖感はなく淡々と歩くことができた。なんでこんなに差があるのだろうか? あまりの天気の良さに暑くなりTシャツ1枚で登りにかかった。そういえば気温は朝方で0度、今は10℃くらいあるから暑いわけだ。おかげで部分的に雪は緩んで潜る場所も出てくるが、雪面の色を見て少しでも氷化して固そうな部分を拾って登っていった。下りではハイマツ帯を下った急傾斜箇所も尾根南側の残雪帯を登り、ハイマツが切れて草付きになった適当な場所で尾根に戻ると歩きやすい無雪区間が続くようになる。ここまでくると傾斜が緩んで登りも楽になり、鹿島槍山頂の盛り上がったピークも見えてくる。面倒なので帰りは山頂を踏まずに南斜面を巻くことにし、残りの標高差50m位で傾斜が緩やかな雪田を横断、岩稜帯を突っ切って再び雪田を突っ切ると縦走路に出た。これでもうアイゼンは爺ヶ岳南尾根から登山道に下るまでは出番がないのでザックにくくりつけた。

登山道から見た牛首尾根 爺ヶ岳南峰に登り返す

 

 県境稜線に出ると長野側から沸き上がる雲の中に入って日差しが遮られて涼しくなるが視界も無くなって楽しみが減ってしまうのが残念だ。晴れていれば東側には浅間、志賀高原の山々が見えるはずなのだが・・・。すっかり夏道が出た縦走路を下り、テント場手前で残雪帯を歩いてテント場到着、当たり前だがテントは私のものだけだった。夜中の雨で濡れたテントはすっかり乾いており、地面に接した部分のみ下界で虫干しすればいいだろう。テントをたたんでザックに詰め込み、重くなった大ザックを背負って出発。冷池山荘前を通過、最低鞍部から登りにかかり、腐った残雪帯の疲れる登りを越えればしばらくは雪はなくなり足も軽くなる。南に下るほど雲が多くなり爺ヶ岳の稜線は雲に隠れる割合が多いが雨が降るような気配はない。時々現れる南峰は無人のようで標識が1本見えるだけだった。アップダウンを繰り返して南峰に到着、行きと同様に断熱シートを広げて地面にひっくり返ってお昼寝タイム。昨日と違って曇りなので上着を着ないと寒かった。

 30分ほど休憩して南尾根を下山開始。もうお昼なので人の姿は見えない。踏跡を淡々と追って登りで南尾根にはい上がった場所に付けた目印を無事発見し、尾根を外れて西に下り始める。最初だけ藪っぽいが稜線から離れると開けた樹林の残雪帯になって歩きやすくなり、自分で付けた目印を追いながらグングン下る。昨日、今日と暖かかったので昨日の足跡はすっかり消えており目印を付けておいて正解だった。やがて見覚えのある風景にぶつかり夏道とおぼしき複数の踏跡と合流、まだ新しい足跡なので今日も爺ヶ岳往復組がいたようだ。私のルートよりももっと標高が高いところから南尾根に突き上げているようだが、どの辺りで南尾根に出るのがスタンダードなルートなのだろうか。雪が途切れたところでアイゼンを外し、すっかり夏の気配の登山道をのんびり下り、登山口付近で沢で顔を洗ってから車に戻った。駐車場には私の車1台だけだった。

 帰りがけの温泉は、いつ行っても空いている上原の湯で決まり。県道を下っていくと案内看板があり右に入って少し走ると到着。やっぱり今日も空いていた。料金はいつのまにか\400に値下げされていた。ほとんどの利用者はジモティーなのでこうなったのだろうか。ここは地元住民料金は存在しないので市外者も同価格である。以前の「大町市民浴場」時代は市内/市外者で別料金だった。2日間の汗を洗い流してさっぱりし、東京に向かった。

所要時間
6/2
 柏原新道登山口−0:44−八見ベンチ−0:22−ケルン−0:23−1873mで休憩−0:15−1枚岩−0:33−夏道を外れる−0:43−南尾根−0:08−2298mで休憩−0:52−爺ヶ岳南峰(休憩)−0:08−中峰分岐−0:04−爺ヶ岳中峰−0:03−中峰分岐−0:36−赤岩尾根分岐−0:12−冷池山荘−0:10−テント場

6/3
 テント場−0:45−布引山−0:29−鹿島槍−0:40−最低鞍部−0:16牛首山(休憩)−0:09−最低鞍部−1:02−鹿島槍を巻く−0:03−縦走路−-0:20−布引山−0:27−テント場(休憩)−0:06−冷池山荘−0:14−赤岩尾根分岐−1:05−爺ヶ岳南峰(休憩)−0:33−2335mで南尾根を外れる−0:13−夏ルート合流−0:11−1枚岩−0:19−ケルン−0:14−八見ベンチ−0:22−登山口−0:01−駐車場

 

 

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