北海道 東大雪 糠平富士、ウペペサンケ山 2009年7月16日



 東大雪は道内でも標高が高い山がいくつかあるが、ウペペサンケ山もその一つだ。標高は1800mを越えており登らない手はない。しかも1等三角点の糠平富士も稼げるので効率がいい。登山道は3ルートあるようだが、今回はガイドブックに出ている糠平温泉からのコースとした。これはガイドブックに記載されるくらいなので最もコース状態がいいのではと予想したからだ。

 天気予報では今日から再び2日間天気が回復するとのことだが、今日はまだ朝方は雨が残り、北や東ほど天候の回復が遅いという。こんな場合は南に位置する日高の山にでも行きたいが、日帰りできる山でまともな登山道がある山が思い浮かばない。1839峰のように雨上がり直後でハイマツや笹が被った道でずぶぬれになるのはもうごめんである。そこでガイドブックを見て道がまともそうなウペペサンケを選んだ。ただし、ここは十勝といっても北限に近く、上川の天候に近いだろうから天候の回復はより遅れるだろう。まあ、登山口から山頂までの標高差は1000m無いので天候の回復を待って出発を遅らせてもいいだろうが。

 士幌町では上空には青空も見えていたが、糠平温泉向けて北上するにつれて空が暗くなり、上士幌市街地を過ぎると雨が落ちてきた。げげ、いつ止むかなぁ。周囲の山も霧がかかっているように見えており、たぶん実際は雨粒だろう。小さな糠平温泉街を通過して国道が右に曲がり、そこから僅かに下ったところでウペペサンケ山登山口の案内標識があった。ダートの林道を道なりに進んで30分近く走ったところで登山口に到着。でかい標識があるので見落とす心配は無いだろう。駐車場があるわけではなく、道幅がここだけ広くなっていて3,4台駐車がせいぜいだろう。今日は平日で雨の朝でもあって車は無く、こちらは朝飯を食って天候の回復待ちに入る。しかしこんなところでも風は強く、強風で煽られると葉にたまった雨粒がいっきに落ちてくる。こりゃ稜線に出たらもっと凄いな。でもまさか歩けないほどでは無いだろう。この強風をもたらしている低気圧は東に抜けつつあり、時間経過とともに天候が回復し風も弱まるはずだ。

登山口前の駐車スペース

登山口

 時折僅かながら日が差す瞬間もあり、そろそろ良かろうと着替え始めようとしたときに横浜ナンバーのオフロード車がやってきた。私同様、よそ者で何100名山にも入っていないこんな山に登るとは珍しい。乗客は3人で、鈴を鳴らしながら先行して出発した。天気は不安定で今度は雨が落ちてきたので私もあちらもゴアの雨具を着込んだ。

最初はいい道

登山道が沢になってる場所も

 遅れること10分くらいでこちらも出発。道は明瞭で迷う心配はない。とりあえず出だしは樹林で体に触れる笹はないが、登っていくと体に触れる笹が登場する。もちろん今はびしょ濡れで、先日の1839峰で水没した登山靴が乾ききっていないところでもっと靴を濡らすのは不快で、ステッキで水滴を叩き落しながら登っていく、。先行者が露払いをしてくれても雨が降っているのでは話にならない。笹の被り方は大したことはないのだが雨に濡れていると大いに気になるのはしょうがない。下山時は天気が回復して笹が乾いていたが、道に被っているのは全く気にならなかった。

道は明瞭だが濡れた笹が続く

1399m峰

 深い樹林の中で笹が被った登山道が延々と続き、急いで登っても天気の回復は時間経過とともに良くなっていくし、ゴアを着ていて蒸れるので時間をかけてゆっくりゆっくりと登っていく。しかし先行する3人組に追いついてしまい、道を譲られたので私が露払い役となって先頭で登っていく。手にしたステッキが大活躍だった。標高が上がるとガスに突っ込むかと思ったが、確かに天候は確実に回復傾向にあるようでガスの標高も徐々に上がっていてこちらがいる場所はなかなかガスに突っ込まない。まあ、どのみち周囲は深い樹林でガスっていようがなかろうが展望は無いが。急登をこなすとハイマツに囲まれた小ピークにひょっこりと出て登山道は右に曲がる。ここが1399m峰であるということは東京に帰ってから知った。なにせ高度計の表示は1200mくらいになっていたから。ウペペサンケは当初計画に入っていなかったので地図を持っておらず、たとえ高度が分かっても現在位置が分からないが。

まだまだ濡れた笹が続く 1399m峰を振り返る
そろそろ森林限界突破 1610m峰を越えたところで虹が出ていた

 1350m鞍部を通過して登りにかかるが、まだ樹林と濡れた笹でゴアの厄介になる必要があった。天候は回復しているのかイマイチ自信はないが雨は止んだようだ。あとはガスが晴れるといいのだが。1610m峰が近づくと森林限界も近づき、ハイマツの高さが低くなっていき視界が開ける。1610m峰に到着すると完全に森林限界を抜け一気に風が強まるが、歩くのに支障があるほどではないしゴアを着ているので寒さは感じない。まだ疲労も感じないので休憩することなく先に進む。でも手袋が無いと手がかじかむくらいの気温ではあった。

ハイマツの稜線を登る 菅野温泉方面分岐(左)

 この先は笹は消え、ハイマツの海の中にまともな登山道が伸びるが、1839峰ほどではないがハイマツがはみ出して濡れた葉がゴアを濡らす。北海道の山は100名山か地元でよく登られる山でないと、体に触れる植物が無いほどに整備された道は少ないようだ。アップダウンも少なく平坦なハイマツの稜線を僅かに下り、今度は僅かに登って1595m峰を通過して菅野温泉への分岐に到着する。風が強まりザックカバーが飛ばされそうなので、大きな岩陰に隠れてザックカバーを外してザックに収容、もう雨はほんの僅かに落ちてくる程度なので問題なし。

見えているのはたぶん1696m峰 地面を這うハイマツに変わる
コマクサがたくさん咲いていた 岩屑の登山道を登る

 なおもなだらかな稜線を進むととうとうガスの層に突入、困ったことに眼鏡が水滴ですぐに曇って視界がさらに悪くなり、まだ裸眼の方がマシだと眼鏡をはずして歩いた。なんか2日前の雄阿寒岳と同じような状況だ。全くもって今年の北海道は天気が大外れだ。景色は見えないがコマクサ等の高山植物が目を楽しませてくれた。1700mを越えると今まで半分立っていたハイマツが地面を這うようになりはみ出しも無くなり、砂礫も増えて歩きやすくなった。これで晴れていたらとっても気持ちよさそうな稜線なんだけどなぁ。

糠平富士山頂 糠平富士の山頂標識。ウペペサンケ山になっていた

 最後は傾斜が出てまとまった登りとなり、岩屑の登山道を登り切ると霧の中から不意に白い杭と半分浮き上がったコンクリート基礎が登場した。これは三角点と三角点脇に立つ白い木製の杭で、ここが糠平富士山頂だった。ところが現場にひっくり返っていた山頂標識には「ウペペサンケ山」と書かれているではないか。地元では山名辞典やガイドブックとは違う名称で呼んでいるのだろうか。まあ、こちらの基準は現場の標識ではなく山名辞典と決めているが。山頂は森林限界を超えているので当然ながら吹きっ晒しで風を避ける場所は無くいが、風向きと地形の関係か今までの稜線上よりは山頂の方が風は弱かった。ここで引き返すか考えたが、ガスってはいるが雨は降っていないし、風の強さも行動に支障が出るほどではないのでこのままウペペサンケ山に向かうことにした。

稜線を西に進む 1760m鞍部北側には雪渓あり
稜線北を巻く部分は風を避けられほっとする 山頂は見えないまま

 ガスっているのでこの先の稜線の様子は見えず、この前の1839峰のように先の地形を全く確認できない状態で進んでいくしかなかった。糠平富士を出ると再び風が強くなる。しばらくはアップダウンの無い岩稜帯が続き、左(南西)からの風が吹きつけて体が右に持って行かれる。痩せた尾根もあったが高さは大したことは無くすぐ下部は傾斜が緩やかだったので恐怖感なく通過できたが、これが落ちたら一発アウトの地形だったら慎重な行動を求められただろう。このままなだらかな尾根を行くのかと思ったら下り始め、1760m鞍部で北側の谷に大きな雪渓が残っており、雪渓上にはヒグマのでかい足跡が残っていた。それに登山道には熊の糞も落ちていたのでちょっと緊張する。1839峰の時と同じでガスで視界は無いし強風で音は聞こえないしで、熊が近くにいても気付くことは不可能で、精神的なプレッシャーがきつい。

ウペペサンケ山山頂 北海道で初めて見た達筆標識

 1820m峰に登ればあとは小さなアップダウンを繰り返しながらほぼ水平移動となり、どこが山頂なのか気になるようになってGPSの電源を入れて歩く。岩稜帯で展望がよさそうな尾根なのに、なんで毎回こんな天気なんだ・・・・。こちらの尾根は風下側となる北側を巻いている場所もあって強風を避けられてほっとする。僅かに突き上げて尾根とともに登山道が右に曲がるところに大きなケルンがあり、「ウペペサンケ山本峰」の木製標識が立っていた。そしてその標識の柱にはなんと「達筆標識」が付けられていた。こちらで目にしたのは初めてで、本州を含めても久しぶりの感がある。さすがに長時間歩いて疲れたので、山頂東に下って風をよけながら休憩した。いつの間にか風向きは南から西〜北西に変わったようだ。

糠平富士へ登り返す。時々晴れてきた 糠平富士を下る。山頂直下が最も風が強かった

 天気は悪くても本日の目的は達成できたので意気揚々と下山を開始する。相変わらずガスって風は強いままで、尾根上ではふらつきながら進んでいく。糠平富士山頂ではもしかしたら追い越した3人がいるかと思ったら無人であったが、もう山頂を踏んで下山を始めたのか、それともまだ山頂に達していないのかはわからない。山頂から下山を始めると今回のルートの中で一番風が強く、風向きは斜め後ろから押されるような形だったが、下りであることもあって風のピークでは走らされたり、横風が来るとコケたりした。風でコケたのは超久しぶりで、たぶん前回は那須茶臼岳に登る途中の峠の茶屋直下だったと思う。この時も猛烈な風で小石が飛んでくるほどで前進できず、撤退を決めて戻るときは風に背中を押されてこれまた走り出した記憶がある。那須は火山で植生が薄く石が飛んできたが、ウペペサンケはハイマツ帯なので石は飛ばなかったが持っていたステッキが飛ばされるのではないかとマジで心配するほどの風だった。風のピークでは10秒くらい耐風姿勢のまま固まって動けなかったのは初めての経験だ。いや、思い出した! 一番の強風は10年以上前に登った樽前山で、稜線に出るまではどうということなかったのだが、稜線に出ると暴風で、山頂まであと100mくらいが本当に風が強く、しかも風が常に吹き続けて弱まる瞬間が無く、立って進むことができずに雪の地面を這って進んだことがあったなぁ。今回はそこまでひどくはなかったが、日帰り装備の私が数回コケるくらいだから一般登山者は危険を感じるレベルだろう。

菅野温泉方面分岐付近から見た糠平富士
菅野温泉方面分岐付近から見た1610m峰

 ようやく天候が回復し、糠平富士山頂が姿を現す時間が長くなってきた。猛烈な風は糠平富士山頂直下だけで、山頂から離れると耐風姿勢が必要なレベルの強風ではなくなり順調に下っていく。やっと晴れてきたので写真を撮りながら歩いたのだが、デジカメを落としてしまいカメラの底が石に当たって液晶画面の下部にヒビが入ってしまった。最初はヒビだけで問題ないと思ったのだが、次の撮影時に電源を入れると画面が映らない! 通常なら液晶画面など使わなくても問題ないのだが、コンパクトデジカメの場合は設定ダイヤルが少ないので設定内容は画面にしか出ないため、撮影モード以外は設定がどうなっているのか確認できないし、設定変更もできない。また、ファインダーと実際の撮影範囲にずれがあり、特にマクロ撮影ではファインダーで狙っても対象が画面外だったりとかしてしまう。一番困るのが、撮影モードをフルオートにすると曇りの時に明るさが暗い方に2段階程度ずれることで、通常は露出補正をかけるのだが画面が出ないと補正量が見えないので下手に触るととんでもない補正量になってことごとく失敗写真になる可能性がある。しょうがないので以後はフルオートオンリーで撮影したが、一番困ったのは暗い場所で感度を上げられずにブレ写真の量産や、風景撮影なのにフラッシュを焚かれて画面が暗かったり・・・・。後日、液晶画面の交換と電池ボックス周りの交換(接触不良で満充電なのに電池切れ多発の原因)で約\13000だった。

1610m峰 1610m峰を下る
1610m峰を振り返る 1399m峰
1595m峰付近から見た糠平富士

 1610m峰を越えて下っていると、先行していたはずの3人組の2人が下山していた。話を聞くと風が強くて山頂まで行かずに撤退したとのこと。たぶん山頂直下の強風帯でのことだろうと思うが、年齢、体力を考えれば撤退も仕方なかろう。追い越してなおも進むと残り1名が先行しており、後方の2人の位置を伝えて追い越した。もう笹は乾いており、こうなれば多少笹がはみ出していても気にならず、ぐんぐん下っていく。水が流れる区間を通過して登山口に到着、車は登りと同じ2台だけだった。

 このまま糠平温泉に向かって汗を洗い流し、天気予報をにらみながら明日以降の行動を検討した。優先事項はカムエクで、うまくいけば明日には水量が減って遡上可能になるかもしれないが、天気予報では明後日はもう下り坂で1839峰のように登ったのはいいがガスで何も見えないリスクがある。また、今日のデジカメ故障でまともな写真が撮影できるか分からず、今回は諦めて北大雪を目指すことにして北上した。


所要時間
 8:00 登山口−−9:08 1399m峰−−9:48 1610m峰−−10:06 菅野温泉分岐−−11:00 糠平富士−−11:35 ウペペサンケ山 11:43−−12:16 糠平富士−−12:48 菅野温泉分岐−−13:08 1610m峰−−13:32 1399m峰−−14:11 登山口



トムラウシ山での大量遭難事故について



 私がウペペサンケ山に登ったこの日、十勝側上流を挟んだトムラウシ山では9人が死亡(おそらく疲労凍死)する大量遭難が発生した。同時に、その西の十勝連峰美瑛岳でも1人が死亡する遭難が発生した。私の直前にウペペサンケに向かった3人組は強風で山頂を諦めて撤退して正解だったようだ。一方、トムラウシのパーティーは旭岳からの縦走で、稜線上で悪天候にあったものだ。美瑛岳のパーティーの行程は知らないが、遭難した2パーティーとも山岳ガイド付きのパーティーで、本州からやってきたとのこと。

 私はいつも単独行で山行の全リスクは自分で背負うのが当たり前で、悪天候のリスクも自分の体調、装備、所要時間、現場の状況等を総合的に勘案して、まずは入山できるかどうかの判断をして、山に入った後は進むべきか撤退すべきかを常に考えている。行き場所、行程は天気予報を元にして天候が持つ範囲で決めるのが常であり、私だったら今回の天気予報ならあの日程であの行程を歩くことはしないだろう。縦走中の山の中で悪天がやってくるのは確定だった。ただし、KUMO氏やDJF氏の体力、気力、経験、装備があれば突っ込むか。それに悪天時は停滞していれば基本的に危険はない(もちろん予備の食料は必要で荷物が重くなるが)。

 パーティーの場合はそのような判断はガイドが行うのだろうが、その都度寄せ集めのメンバーでは全員の体力など把握できるはずもなく、ガイドも判断に苦しむだろう。しかもわざわざ本州から金と時間をかけて北海道まで来ているわけで、お客はできれば登りたいと考えるだろうし、ガイドもできれば登らせてあげたいと思うのは当然だろう。それに途中で行程を変更して停滞して帰りの飛行機を変更するとたぶん追加料金も必要となろうし、ルートを変更してエスケープすればそこへの迎えの交通機関も必要となろう。そもそもツアー参加者が日程を延ばすことが可能だったのか(ルートが変更になったり日程が延びることがありうることを認識していたのか)私は知らないし、追加料金が発生した場合の負担を誰がするのかも知らない。

 おそらく、遭難の責任はガイドが攻められることになるのだろうが(当然といえば当然だが)、上記のことを考えると条件によってはガイドが停滞やルート変更の判断を下すのはかなり厳しいことだろう。もちろん人命に代えられるものはないので安全第1であることは当然だが、危険回避で100名山のトムラウシに登らず下山したり、日程が延びて参加者に追加料金がかかったりすると、参加者からは安全に下山できたことを感謝される可能性は低くても批難される確率は高いだろう。場合によっては会社から評価を下げられ給料が下がる可能性もある。

 また、緊急時にどれほどの個人行動が許されるものなのかも問題だろう。山ではリーダーの指示を守るのが基本だが、ツアーのようなメンバーの実力をリーダーが把握できない状況ではリーダーが個人の事情を勘案できなくて当然だろう。パーティー行動は基本的に最も足が弱い人に合わせる必要があるが、その実力が分からないのだから当然だ。しかし、緊急時に最も遅い人に合わせて行動しては全員の命が無くなる可能性がある。こんな場合、どの段階でどこまで個人行動が許されるのだろうか。ツアー登山ではこれらのことについて何らかの基準があるのだろうか。ほとんど単独行しかやらない人間にとっては分からないことだらけである。

 今回の遭難を契機にツアー登山でもリスクはあることが広く知られることとなったと思うが、基本的には単独行より安全であることは間違いないだろう。特に体力が落ちた高齢者にとってはアクシデントが発生した場合を考えると、パーティー行動の方が下界に救援を要請できる確率は相当高くなり、行きたくとも行けなかった規模の山に挑戦するチャンスを得られるのは大きい。もし、今回の遭難でツアー山行は危険だとの考え方が広まるとしたら、それは一概に正しいとは言えないだろう。肝心なのは今までのツアー山行の問題点を洗い出して安全性を向上させることであろう。

遭難発生から約1カ月が経過し(この記事をサーバに書き込んだ時点)、その後の報道は見られなくなったが、ガイドの判断ミスだけでなくその背景にあるツアーの現状で知らないことが多い(何せ私は単独行だし)。今後同様な遭難を防止するためにも、マスコミには現状のツアー山行の検証番組の制作を願うところだ。



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