北ア 穴毛槍 2009年10月24日

所要時間
 5:41 駐車場−(0:19)−6:00 左俣ゲート−(0:26)−6:26 穴毛谷作業林道分岐−(0:14)−6:40 林道終点−(0:38)−7:18 谷−(1:15)−8:33 鞍部−(0:26)−8:59 P6(2170m)−(0:17)−9:16 P7(穴毛槍) 9:41−(0:31)−10:12 鞍部−(0:10)−10:22 P5(2110m) 10:28−(0:09)−10:37 鞍部−(0:42)−11:19 穴毛谷−(0:10)−11:29 休憩 11:41−(0:15)−11:56 林道終点−(0:10)−12:06 穴毛谷作業林道分岐−(0:21)−12:27 左俣ゲート−(0:18)−12:45 駐車場


 穴毛槍は地形図に名前は記載されていないが日本山名事典に記載されており、標高が2000mを越えるので私にとって登らなければならない山だが、これがまたろくでもない山だった。地図を見ての常識的構想は、笠新道を登って杓子平から南に分岐する尾根を下って山頂を往復だろうが、ネットを検索してとんでもないことがわかった。この尾根(抜戸岳南尾根)は雪が付いた時期に縦走する岩屋さんオンリーの世界であり、核心部は杓子平から急激に高度を落とす穴毛槍山頂手前の岩壁で、杓子平から下るとこれを降りなければならない。当たり前だが岩は登りより先が見えない下りの方が難易度は高く、岩屋さんの記録はすべて穴毛槍から杓子平へと登るものばかりで、そんなルートを岩の素人が下れるとは考えられず、この案は断念せざるを得なかった。

 こうなると下から登るしか手はないが、通常はどこから登るのだろうか。オーソドックスなのは尾根末端からだが、岩屋さんの記録はすべて積雪期か残雪期で積雪を利用して谷を登るのがほとんどだった。その中でも標高約1600mから分岐する谷を登ってP5北側鞍部に出るのが一番使いやすそうだ。地図で見てもそこそこ等高線の間隔は広いし地形的にも広いのでゴルジュや滝は登場しないようだ。ネットの記事を読むとこの谷については特に詳細に書かれたものは見当たらず、皆サラっと稜線に登ってしまっている。相手は岩屋さんなのでこちらの経験、視点とは大きく異なり危険の感じ方も全く異なることが予想され、私でも登れるのかかなり不安はあった。

 そんな中、2009年5月にDJFがこのルートで残雪期の穴毛槍山頂を踏んできた。彼の報告ならまだ私の感覚と近いものがあり充分参考にできるので読んでみたが、意外や意外、危険箇所らしい場所も無くメットもザイルも出番がないまま山頂を踏めてしまったという。唯一、急な谷の下り始めで滑落しかけたくらいで私でも登れる可能性が一気に高くなった。ただ、急傾斜の残雪の谷だけが気がかりで、私が勇気を振り絞ってもビビって登れない傾斜かもしれないので、その付近の雪が消えた残雪期後期に出かけようと今年足を向けたのだが、稜線がガスって視界が心配で中崎山にグレードダウンした経緯がある。

 なんだかんだで残雪期は終わってしまい穴毛槍は来年に回すかとも考えたのだが、もしかしたら無雪期でも登れるかもしれないと考えるようになった。稜線上の藪は鞍部から山頂までの距離はそれほど長くないので我慢して突っ込めばいいとして、問題は谷の状況であった。DJFが登ったときはまだ残雪期で雪で覆われた部分も多く、完全に雪が無い時期の谷の状況は全くわからない。一番心配なのはザレに覆われて足元が不安定で、1歩登ってもズルズルと滑り落ちてしまうような地面の状態の場合だ。これは雪が無いと登るのはかなり難しい。次に心配なのは周囲の稜線からの落石。最後の心配事は藪だが、藪だけは根性でどうにかできる。無雪期の情報は皆無なのでとにかく現場に行ってみないと分からず、今回の山行は撤退の確率が高いのを覚悟で出かけることになった。まあ、登れなくても来年の残雪期の偵察になるので無駄にはならないだろう。

 会社でDJFの記事と穴毛谷から穴毛槍にかけての地形図を印刷しておく。天気予報では明日は広い範囲で快晴となっており、視界は問題無さそうだ。中央道で松本ICで降り、安房トンネルを抜けて新穂高の旧村営駐車場に到着、営業している山小屋がかなり減った今の時期では駐車場はガラガラだった。寝ている間にも車が増えたが満杯には程遠い状況だった。

 まだ暗い5時に起床して朝飯を食って出発。今の時期は穴毛槍の標高では雪は考えられないのでアイゼン、ピッケルは置いていく。ただし、無雪期だとDJFが登った残雪期には無い別の障害物がある可能性もあるので10mの補助ロープ×2本をザックに突っ込んだ。渡渉も心配だったが今の時期ならDJFが歩いた時期より相当水量が減っているだろうからと、特に準備はなしなかった。さて、今回は山頂まで達することができるだろうか、ほとんど期待しないで歩き出すのなんて非常に珍しいことだ。残念ながら空には星は見えず曇りのようだ。

遊歩道に倒木あり(帰りに撮影) 左俣林道ゲート
左俣林道から見た笠ヶ岳と穴毛槍P5 穴毛谷方面の林道分岐

 遊歩道を歩くと木が倒れていたがこの前の台風の仕業だろうか。もう山もシーズンオフなので整備は来年かな。車道に出ると薄明かりの中に穴毛槍P5の姿が見えており、曇っているとはいえ高曇りのようでルートファインディングに支障無さそうで一安心背後の抜戸岳から笠の稜線にも白いものは見あたらない。左俣林道のゲートを越えて林道を歩き、穴毛谷の砂防ダム群が見えてくるがほとんど水が流れていない。どうやら渡渉は心配無さそうだ。DJF情報で穴毛谷方面に向かう林道は2本あり、後から出てくる林道の方が砂防ダム群上部に出られてダム堰堤を乗り越える手間が省けるとのことなので、最初の分岐は見送って次の分岐に入る。春先に入った時にはこの林道は車両が入っていたのだが、今は最近のタイヤ跡が無く砂防ダムの工事も一段落したらしい。まあ、工事していないのなら心配なく歩けていいや。

林道を歩く 砂防ダム群が出てくると林道終点が近い
林道終点 右岸(対岸)に渡り最終堰堤を越える

 状態のいい林道を緩やかに登り、南尾根末端を巻いて穴毛谷の領域に入ると林道終点に到着。目の前には大きな砂防ダムがデンと聳えているが谷には水が全く無い。堰堤の両側を見ると右岸側の方がなだらかで歩きやすそうなので、水が無い川を横切って堰堤を越える。ここから上流にはもう堰堤は見えず、林道終点の堰堤が最後らしかった。見上げる穴毛谷は大きな石が一面にゴロゴロしており、当たり前だが雪のかけらも存在しない。どこまで遡上しても雪崩の心配は皆無だ。ぽつんと目印が立っているが岩屋さんが立てたものか、工事のものか。

最終堰堤を越えると目印あり この付近のみ流れが出ていた

 雪が無いので石の段差が少なく歩きやすいルートを適当に選んで登っていく。水が無いので右岸左岸へ移動するのは自由自在だが、穴毛谷で水を汲もうと考えていたので水筒はカラである。このまま水が無いのはマズいと心配して歩いていたら、少し歩いたらほとんど石に埋もれた古い堰堤がちょっとだけ顔を出しており、そこだけ水が地上に流れていた。非常に透明度の高いきれいな水で、ペットボトルに汲んだ。その上流も短い区間だけ流れが出ていたが、秋はほとんど流れが伏流化しているようだ。地上に出ている流れを発見したら早々に水を汲んでしまったほうがいい。

稀にケルンがある 中州のような台地を登る
さらに中州を登る 左岸の岩屋

 水は無いが中洲のような川の真ん中の高まりが一番歩きやすそうなのでそれを辿る。たま〜にマーキングやケルンを見かけるが、適宜歩きやすいところを歩けば問題ないし、どこを歩いても大差ないので目印は気にせず適当に登っていく。目的の谷を見落としてはまずいので途中でGPSで高度計を校正しておく。左岸は大岩壁で大きな岩屋も見られた。

秋の三ノ沢。流れは伏流化しているよう P5,P6間鞍部に至る谷の入口
穴毛谷上流方面 枯れた草の谷を登る

 その大岩壁帯が終わると右手には広い谷が登場、標高は1550m程度でこの谷に間違いないだろう。ガレガレを心配していたが、ここから見る限りは上まで草付が続き、途中で左に曲がっているのでその先が見えないが、下部でガレていなければ上部も大丈夫ではなかろうかと希望的観測。とにかく行けるところまで行こう。

1650m峰と同じ高さまで登ったところ 1650m峰付近から見た谷上部。緑色は笹

 最初は少し大きめの岩が重なった斜面を選んで薮を避けて登れるので雪が無くても問題なし。石積み地帯が終わると藪が始まるが、薮と言っても腰ほどの高さの草で、たまに棘付きのものがあるが概ね障害物となるような種類は無いと言ってよかった。何となくある獣道のような草が倒れた筋を歩きやすい所をつなげて登っていく。左手に見えていた岩壁(1650m峰)は徐々にてっぺんが見えるようになり、てっぺんと同じ高さになると短い尾根上は藪が禿げてまるで道があるように見えた。

 1650m峰の北側から上がってくる谷と合わさり谷の幅は広がるが、谷の右側は一面の笹原で谷の中央から左側が草付きで笹より歩きやすく、草付き帯を選んで登っていく。草の下はゴロタ石だが草の根が石を固定しているので石が動くこともほとんどない。見える限りでは谷上部までこのような草付きが続いているように見え、この分なら南尾根稜線まで到達できそうな気配だ。

まだまだ草付きが続く ゴーロ帯から1650m峰を振り返る

 草付きを登っていると河原のようにゴロタ石が重なったゴーロ帯が出現し、草が無い分気分良く歩けるのでそちらを登っていく。不安定な石が多く、とくに小ぶりの石は足を乗せるとガラガラと崩れ落ちて体重を支えきれないことが多く、できるだけ大きな石に足を乗せるようにした。この辺の雰囲気は上高地裏山の六百山の登りに使う谷に似ている。場合によっては広い範囲で石が動いてコケることもあったが、概ね歩きやすいといっていいだろう。ただし下りはちと苦労したが。振り返るといい傾斜で登ってきており、この辺は雪が乗って締まった残雪期ならアイゼンを効かせてルンルン気分で上り下りできる場所だろう。対岸の三の沢が徐々に低くなっていく。

ゴーロと草付きが入り混じる 左岸の乾いた川底

 谷は草付き、ゴーロが交互に現れ、適当に歩きやすい所を選んで登っていく。ゴーロではケルンのようなそうでないような、大きな石の上に小さな石が1個乗ったものが散見されたが、どこを登っても同じようなところなので目印があっても無くても同じだろう。谷も広く特定のルートがあるとは思えない、というか、通常は雪がある時期に登られるので踏跡ができているはずがない。そのうちに左岸側に水が流れた川底のような場所が出現し、草はないし石が安定しているので歩きやすく、川底が続く限りはそこを歩いた。

標高2000mを越える 鞍部が近づくと急傾斜

 標高が2000mを越えると谷の幅が徐々に狭まり草の種類が変わって茎が無く地面から直接葉が出ている背の低い種類になって歩きやすくなるが、これがまた笹のように踏むと滑りやすくアイゼンが欲しくなる場面もあった。標高が2050mを越えるとさらに谷が狭まり一気に傾斜が増して、無雪期でも地面に生えた草や細い潅木に掴まりながら強引に体を引き上げる感じになる。雪が付いた時期は間違いなくバックで下る場面で、DJFが下りで滑ったのもここだろう。

潅木を迂回 鞍部直下が最も急斜面
草付が終わり藪に潜る 藪に覆われた鞍部に到着

 鞍部が近づくと藪がはびこる様になり、木を乗り越えて左の岩と藪の境界付近を登っていく。最後は藪を掴んで隙間から強引に体を引き上げ、地を這うシラビソの下から稜線に出た。鞍部には目印は無く踏跡も無いのは雪がある時期は埋もれているからかもしれない。下山のために赤テープを付けておき、まずは山名事典の山頂であるP7を目指す。いよいよ本格的な藪に突入するのでアタックザックに交換しようかとも考えたが、無雪期の危険度が不明でどの程度の装備が必要なのか見当がつかないので、藪に引っかかるのを覚悟でメインザックを背負って進むことにする。

鞍部すぐ北の露岩は左を巻く 残置ロープあり
もう1箇所残置ロープ 露岩上から見たP5

 P7方向は最初から大きな露岩が稜線上を占拠していて、まさかこれを乗り越えるのかと心配になったが、藪に潜って岩の根元を見ると左に巻くように踏跡が見られ、巻いた先にフィックスロープが垂れ下がって岩の上に出られるようなルートがあった。無雪期ではロープの出番は皆無で木の根に掴まって上部に出た。ここで視界が開けP5への細い稜線が展望できる。雪が無いときはいまいち迫力に欠けるが、ここに雪が乗ると恐ろしいナイフリッジになる様子はネットの山行記録写真によく掲載されているとおりだ。

この露岩は乗り越えた シラビソ、檜の藪を行く

 露岩から先はシラビソ、檜を主体とした低い藪尾根で、たまに露岩が出てくるが大物ではないので正面から乗り越えることが可能だ。藪が地面を覆って足元が見えず、踏み外して尾根から転落しないよう気をつけて歩くが、この辺から尾根が広がって落ちる心配は減少する。小ピークの登りでいったん尾根が狭くなり藪を掻き分けて稜線上を忠実に辿り、小鞍部に下ると再び尾根が広がるが次の登りは一面の檜の藪に覆われ、かなりの激藪に見えた。右を巻くことも可能に見えたが、登りは稜線をそのまま突破することにして檜の激藪地帯に突入した。

P6への登りは檜の激藪 藪の中はこんな感じ

 入ったはいいが背の低い檜に覆われ、雰囲気としては上越国境の旧三国山スキー場から忠次郎山に向かったときに通過した西沢ノ頭付近に似ている。あそこも猛烈な檜の藪だったがそれに匹敵し、一番困ったのが大きな露岩(高さ2m程度)で、岩屋のように下部は空洞になっているのだが、その上部に出るのに周囲は猛烈な藪で体を突っ込む隙間が無く、岩屋の真中付近に根を下ろしている檜を半分よじ登るような形で、腕力でかなり強引に体を引き上げ、上部を覆った檜に掴まってどうにかクリアした。この付近が本日の藪のクライマックスで、その後は藪が薄くなり、踏跡らしき筋も見られるようになった。無雪期は苦労するこの辺も雪が付いていれば藪が埋もれて簡単に登れるだろう。尾根の幅から言ってナイフリッジになりそうもない。

P6山頂直下。稜線東側は草付き P6から見たP7(山頂)。右側の草付を登った

 この先は稜線上は盛大に藪が茂っているが稜線東側は遅くまで残雪が残る影響か木が無く草付きとなっており、トラバースして進めば大幅に労力削減か可能となった。P6は東から巻いててっぺんの露岩に到着、低い木しかないので展望がいい。正面に見えるP7はP6直下と同様に稜線東側が草付きになっているので、このまま東をトラバースして進むのが良さそうだ。無雪期はトラバースするにもそこそこ傾斜があり、かなり下まで草付きの斜面が続いているので滑ればかなり下まで落ちてしまうだろうが、今の時期は草付きと笹や灌木の境界付近を行き、それらを掴みながら進めば大丈夫だろう。

鞍部からトラバース開始 寝たダケカンバ帯を通過

 鞍部付近のみ少しだけハイマツが出るが、すぐにトラバース可能領域に突入し、草で滑りやすいが藪皆無の南斜面を巻きながら高度を上げていく。やがて幹が横に寝たダケカンバ樹林を横断、これを乗り越えるのに足を高く上げるのがちと疲れた。ここまでは横移動が主体だったがそろそろ上に向かって良かろうと浅い谷状の場所を登っていく。ここも草付きが主体で滑ること以外は歩きやすい。

P7山頂目指して登る 露岩から見た山名辞典の山頂
露岩から見たP5 露岩から見た南壁

 傾斜が緩むと2つの大岩が出現し、どうやらこれが山頂らしい。裏側から回り込んで岩のてっぺんに登り周囲の様子を覗う。岩なので目印等は無いが、北側の平らな場所を見るとDJFのピンクリボンが見えている。どうやら山名事典の山頂はそこらしいが、このあたりで一番高いのはこの岩で間違いない。北側には覆い被さるように南壁が立ちふさがっているが、左側の縁は緑で覆われているので、もしかしたら無雪期なら藪に掴まって登れるかもしれない。北側はクリヤノ頭から抜戸岳にかけての稜線。緑ノ笠が手前につきだしていて笠ヶ岳よりも自己主張している。反対側に目を移せば槍穂の稜線が北から南までパノラマ展望だ。既に薄く白くはなっているが積雪はほとんど無いに近い状態だ。まあ、これからは下界で雨が降れば3000mの稜線は確実に雪になるだろう。今日は天気予報と違って雲って空気の透明度もイマイチで南は乗鞍岳までしか見えなかった。

P7山頂から見た露岩 P7山頂。中央のシラビソ上部にDJFリボンあり
DJFリボンが付いているシラビソ 朽ち果てた1斗缶
P7山頂から見た笠ヶ岳(クリックで拡大)
P7山頂から見た槍穂(クリックで拡大)

 岩を降りてDJFのリボンがある山頂を目指す。ここは低いシラビソやダケカンバの薄い藪が主体で、隙間を縫って進むことができ、さして苦労することなくピンクリボンの場所に到着した。リボンが付いたシラビソは高さ2m強程度、そして地上高2mくらいからまるで雨傘のように四方八方円周状に密集した枝を広げていて、木の下からではピンクリボンにアプローチできない。DJFのリボンはこの木の傘のてっぺん付近に付けられており、今の時期では残念ながらリボンに落書きを追加することは不可能だった。DJFが登ったときには傘の部分は雪の下だったのだろう。この場所のすぐ北側は僅かに凹んでおり、雪があれば風がよけられるいいテントサイトになるだろう。もちろん今の時期は藪に覆われテントを張れる場所はない。

P7から東を巻きつつ下る P6西側肩には踏跡らしき筋あり
檜激藪区間は東を巻く。藪薄く何となく筋あり 小鞍部でトラバース終了

 しばし休憩してから下山にかかる。帰りは稜線東を巻けるところはすべて巻いて進んだら、檜劇藪地帯は通過せずに巻くことができた。よって登りの時は草付きや藪が薄い箇所が右に出てきたら躊躇せずにそちらを進むことをお勧めする。尾根が細くなってトラバースが危険になってから尾根上に戻り、あとは藪を分けつつ尾根を外さないよう下っていく。露岩を乗り越え、その先の藪は尾根を僅かに右に巻いて藪の中に潜って露岩基部に出れば残置ロープが登場、ルートが正しいことが判明した。下りではここが唯一わかりにくい箇所だった。

 鞍部に到着して少しの間だけP5の山頂を踏むか考えた。ここは山名事典に記載された山ではないので特に登る必要性はないのだが、一般的に穴毛「槍」と呼ばれるのはP7ではなくP5の方なので、せっかくならば山頂を踏んでおきたいと思うのはDJFだけではないだろう。鞍部から距離があれば素直に諦めるが、P7よりも断然近い位置にあるので体力、気力、時間に余裕があれば踏まないと後悔しそうだ。今ならその3条件は満たされており、この尾根を2度と登ることはないだろうから、アタックザックで軽装になって往復することにした。問題は尾根の危険度であるが、DJFが登ったときにはほぼ雪が落ちきっており今の時期と同様だったのだが、狭い岩の上を歩く場所があったそうだ。念のために補助ロープを1本ザックに入れておく。

鞍部から見たP5 露岩帯の始まりだが左の草付きを登った
稜線上はザイルが流してある 尾根を振り返る

 灌木藪を乗り越えると本当の最低鞍部と思われるところが登場、こちらは草付きで気持ちのいい場所だが、やっぱり西側の谷方面に目印はない。草付きがある間は稜線東を巻き、露岩が出始めたところで細引きを発見。冬の間はこの先は稜線上を行くのだろうが無雪期ならまだ巻いた方が藪が薄くて歩きやすそうなので稜線に乗らずにそのまま進む。やがて尾根が細くなって南斜面も藪に覆われてきたのでコースを変更して尾根に乗ると太いザイルが流してあった。もちろん今の時期に利用価値はない。核心部となる露岩が出てくるが、右に生えたシラビソを手がかりに難なく突破、岩の上も藪に掴まりながら進めるのであまり危険性を感じずに済んだ。これに雪が乗って藪が隠れているとナイフリッジ確実だ。

藪の小ピークを乗り越える 次の露岩は左を巻く
P5山頂の露岩。右から巻いて裏を登る P5から見た南尾根末端方向
P5から見た新穂高温泉 P5から見た旧村営駐車場
P5から見たP7
P5から見た中崎尾根
P5から見た槍穂(クリックで拡大)

 核心部を通過すると少し藪が濃い小ピークを乗り越え、再び大きな露岩が現れるが無雪期は左から基部を巻けた。その先がP5山頂の露岩で、真正面からは登れないが裏から回り込むと露岩が切れて歩きやすい斜面が出ていたので利用する。僅かに登ればP5山頂で、尖った(といってもマクロ的に見ればの話しで現場レベルでは尖った感じはない)露岩のピークなので展望は良く、足下には新穂高温泉がミニチュアのように見えている。標高差約1100mあるがすぐ近くに感じる。デジカメで光学ズームいっぱいで撮影すると駐車中の車1台1台がはっきりと分かるくらいの距離だった。双眼鏡でもあれば、駐車場から見て山頂に立つ私の姿がくっきりと見えるだろう。こんな無雪期にここに立ったのは私が初めてかもしれない。この後はKUMO氏が登っていなければKUMO氏くらいしか無雪期に登る登山者はいないだろう。

 下山は痩せた露岩帯は藪で隠れた足下が空間になっていないか慎重に確認しながら足を進めた。稜線東側が巻けるようになれば安全地帯で、藪を避けて鞍部に戻った。

鞍部直下の急斜面を慎重に下る ここまで来れば安全圏内
不安定なゴーロ帯 1650m岩峰

 鞍部でメインザックを背負って藪に潜り込み、急な草付きを灌木に掴まりながら慎重に下っていく。傾斜が緩めばもう灌木や草に頼る必要はなく、適当に歩きやすいところを下っていく。下りになると登りよりゴーロ帯の石の不安定さが問題となり、石がズリっと動くと足が滑ったのと同じでスッテンコロリンとお尻からコケそうになる。これに備えながら足を置いていくのはなかなかに疲れ、登りでもあまり汗をかかなかったのが下りでは大いに汗をかかされた。ここは雪が乗った方がアイゼンを効かせて快適に下れるだろう。

1650m岩峰横を通過 流れが出ている場所で休憩

 1650m岩峰の高さよりも低くなると穴毛谷は近く、最後はゴロゴロ転がった大きめの岩の上を歩いて河原に到着。一息入れたいところだが近くに水の流れはなく、水があるところまで河原を下ってから休憩することにして、これまた歩きやすいところを選んで適当に下っていく。ようやく右岸側に流れが顔を出しているところを発見し休憩。DJFが登った時期は徒渉可能箇所を選ぶ状況だったのが嘘のようだ。

雪崩/土石流検知用のワイヤー? 林道周辺は紅葉がいい感じ
右上の説明書を見た人も多いだろう 有料駐車場

 休憩を終えて下り始め、最終堰堤を右から巻いて対岸に渡って林道終点に到着。左俣林道に乗り新穂高の温泉街に出ると有料駐車場は結構な車の入りだった。もちろん登山者ではなく短時間駐車の観光客だろう。ここから見上げる穴毛槍P5は槍の名に恥じない勇姿を見せていた。ついさっきまであのてっぺんにいたのが嘘のような、人臭い周囲の光景だった。

アルペン浴場の案内その1 アルペン浴場の案内その2
アルペン浴場付近から見た穴毛槍と笠ヶ岳 無料駐車場に到着

 今年5月下旬に来たときには閉鎖されていたアルペン温泉は「入浴できます」との張り紙がしてあって、いつの間にか復活したようだ。ただし、今年は10月30日までとのことで、その後はどうなるのかが気がかりだ。まさか入れるとは思っていなかったので着替えやタオルはザックに入っていないし、車に戻ってまたここまで歩くのも面倒なので今回は入らなかったが、事前に知っていれば準備したのに・・・。旧村営駐車場は僅かに車が増えただけでやっぱりガラガラのままだった。


 まさかこれほど簡単に無雪期の穴毛槍に登れるとは考えてもみなかった。いろいろなリスクを考えても山頂を踏むだけなら無雪期の方が格段に安全と言えよう。しかしDJFの言うように「楽しむ」という面では雪が無いと稜線はタダの藪と草付きで緊張感は無く、岩屋さんには物足りないだろう、というか、岩屋さんは穴毛槍登頂が目的ではなく、その先の南壁が目的だけど。南壁ももしかしたら無雪期の方が簡単だったりして?

 アルパインクライミングの山でも無雪期登山が可能となると、北ア硫黄尾根の硫黄岳も無雪期登山を考えてみたくなるのは私だけだろうか。雪が付いた時期でないと登れない理由は、藪が埋もれて藪漕ぎから解放されることの他に、今回私が恐れたようにルート上にガレて足下が不安定な場所があったり、岩が脆くて雪が付いて固められた時期しか登れないとかだろう。逆に考えれば藪の問題だけなら根性、体力があれば無雪期でも行ける可能性がある。硫黄尾根も無雪期の記録は皆無で無雪期に通過できるか全く不明だが、やってみる価値はありそうだ。たぶん硫黄尾根の無雪期山行記録をネットで検索しても存在しないだろうなぁ。

 

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