日高中部 カムイエクウチカウシ山 (1979.4m) 2010年6月26日

注意!! この記事は2010年6月下旬の記録であり、例年と比較して残雪が多かったと思われます。残雪量により沢の水量、残雪による沢の埋もれ方に違いがあり、大雨等で沢が氾濫後はルートが変わったりして、同じ時期に登ったとしてもこの記事とは沢や山の様子が異なることが予想されます。入山時は様々な状況に対応できるよう装備等の準備を行い、現場の状況に応じて行動を適切に判断して下さい。

所要時間

5:17 ゲート−−6:37 札内川に入る−−9:27 三股−−9:52 標高1300m(休憩) 9:58−−11:14 稜線−−11:58 カムエク山頂 12:30−−12:56 稜線を離れる−−13:17 標高1300m−−15:22 八ノ沢出合−−17:05 林道 17:26−−18:45 ゲート

十勝幌尻岳から見たカムエク(2008年9月中旬に撮影)

地図クリックで等倍に拡大



概要

 日高中部の最高峰。正式な登山道はないが、300名山に名を連ねておりシーズン中の入山者はそれなりにいて踏跡もある。分類としては薮山とは言えないレベルであるが、踏跡が薄い箇所や目印が少ない箇所があるので踏跡に対する目敏さが必要。それ以前の沢歩きがクライマックスかもしれない。おそらくは例年なら7月くらいまでは八ノ沢上部は残雪に覆われ、雪上歩行技術にもよるが下りの安全確保のためにアイゼン、ピッケルがあった方が良い。残雪の春山歩きの経験が無い人は8月以降の雪が消えた時期に登った方が良い。それにその時期の方が雪解け水が無くなって沢の水量が減るだろう。

 最初の難関は札内川の遡上で、踏跡をうまく辿れば渡渉回数は数回程度に抑えられるが、目印、ケルンとも両岸に存在する箇所も多く正解ルートが統一されているわけではないようだが、私が歩いた感触では次のようなルート取りがベストと思われる。なお、踏跡を外したら遡上不可能というわけではなく渡渉回数が増えるだけであり、現場で歩き易い場所、渡渉し易い場所を選んで自分なりのルートで沢歩きしてよい。八ノ沢の標高1000mの滝までは滝やゴルジュは無い。

 七ノ沢を渡渉してからしばらくは右岸を歩き、川幅が広がり右岸の傾斜がきつくなって歩ける場所が無くなったら左岸に渡渉する(対岸に目印あり)。私が歩いたときには膝丈の水深だった。その後は八ノ沢出合まで左岸をひたすら歩く。かなり明瞭な踏跡の高巻きルートがあって左岸の2/3くらいは安心して歩けるが、最後の1/3は傾斜のある岸を半分水に触れながら歩いたり、岸を歩くのがイヤな場合は草薮の平地を突っ切ったりする。

 八ノ沢出合は中州を経由して右岸に渡る。樹林を抜けて八ノ沢に近づくと広く顕著な幕営適地があるのですぐに分かる。そのまま八ノ沢左岸を歩くと右岸に渡る箇所があるはずだがどんな場所だったか記憶が薄い。右岸側に注意を向けながら歩き、目印やケルンを発見したら渡りやすい箇所で渡るのがベスト。右岸に渡ってしまえば以降はそのまま右岸を歩ける。ただし、私が登ったときには途中から右岸に残雪が現れて薮が埋もれていたから可能だったのかもしれない。

 私が歩いたときは標高約900mから三股までずっと雪渓が続き、この間の夏道の付き方、状態は不明。この辺は残雪が多いほど歩きやすい。

 三股から先は最も水量が多い真ん中の三段の滝の直下から左岸に踏跡があるのでそれを登る。最初は滝に沿って上がっていくが、やがて少し離れた傍流の小沢(水量少ないか水は流れていない)を登るようになる。落石を起こさないよう注意。

 小沢を上りきると滝の最上部を越えて太い支流に出る。今回はここ以上で稜線まで雪渓が連続し、夏道は完全に埋もれてルート及び道の状態は不明。支流、本流間の僅かな樹林薮を突っ切って本流の雪渓に乗り、あとはカールまで広い谷を登る。カールはヒグマの生息地として有名で、今回は1頭の熊を目撃した。必ず熊避けの鈴を携帯したい。

 カールの「火口壁」は稜線直下の傾斜が急で、最低鞍部付近が一番傾斜が緩く夏道もこの付近についている。ここに雪が残っている場合はアイゼンが必要。稜線に出ると鞍部付近を除いて雪は消え、夏道を歩く。両側からハイマツがはみ出しているが踏跡は明瞭。花も風景も楽しめる。山頂は木は無く360度の大展望。ぜひとも好天の日に登りたい。


 カムイエクウチカウシ山(略してカムエク)は日高中央部にありこの付近の最高峰、1等三角点の山だ。日高の山はアプローチが長く、出だしは沢登りのパターンが多いが、ここも最初は1時間半の林道歩き(昔は一般車でも入れたのだが・・・・)、次は八ノ沢カールまで沢歩き、そしてやっと稜線に達して山頂に至る。行程の半分以上は沢歩きといえよう。よって沢の状態で成否が左右される。また、林道歩きが加わってから所要時間は3時間近く延びたため通常では日帰りは困難となり、途中1泊もしくは2泊が必要であり、小屋など無いので幕営装備を担ぐ必要もある。そのために一般登山者向けの山ではなく300名山を目指す登山者が300名山達成の最後の難関として登るのが一番多いパターンだろう。

 カムエク登頂を成功させるにはもっとも長い沢歩きで失敗しないことが重要だ。当然、水量が多いときに遡上するのは無理で、可能な限り水量が減ったときを選んで入るのがいい。それを考えると雪が消えて雨も落ち着き気温がまだ高い8月下旬〜9月初めがベストだろう。徐々に日が短くなってくる時期だが、行き帰りの林道歩きは暗くてもいいから出発時刻をちゃんと考えれば日帰りは無理ではない。私もそうしたかったのだが、北海道の山登りは会社の仕事で北海道出張に合わせてやっているため勝手に時期は選べない。今年は6月後半に決まったが、いやなことに今年は全国的に雪解けが遅く、北海道でも残雪が多いと予想された。当然、沢の水量も多いと予想され、カール付近の残雪も豊富で、場合によってはアイゼン、ピッケルが必要かもしれない。ネットで検索してみると6月の登山記録はほとんどなく例年の残雪状況は不明だった。今年は本州では雪解けは1ヶ月遅れと言われ、北海道でもそれくらいで考えた方がいいだろう。アイゼン、ピッケルは持っていけばいいのでどうにでもなるが、沢の水量だけはコントロールできず、現場に行ってみて水量が多かったら諦めるしかない。この時点では成功確率は半分程度と考えていた。

 この山のリスクとしてはヒグマの存在も大きい。ずいぶん前だったはずだが大学パーティーが熊に付きまとわれて最後は襲われ数人が死亡する事件があったはずだ。八ノ沢カールは熊の生息地で、昨年偵察に林道ゲートに訪れた際に、途中でルートを失って戻ってきた単独男性2人に話を聞いたところでは、残雪のカールには動く物体が複数見えたと言っていた。これは間違いなくヒグマだ。つまり、カールには複数のヒグマがいて当然の状態なのである。できれば複数人で入りたいところだが、単独でも鈴を賑やかに鳴らしてこちらの存在をアピールすれば無謀ではない。今回は鈴を2つウェストポーチに取り付けた(いつもは1個は予備としてザックに入っている)。

 本州は入梅しても北海道まではなかなか前線が上がってこないので長期にわたって雨が続くことはほとんどないが、昨年は大はずれだった。今年は雨が降ることは降ったが大降りはせず、木曜夕方から好天が始まって土曜日も快晴が期待された。金曜に仕事が終わってレンタカー屋で車を借り、食料調達をして一路中札内を目指した。登山口のゲートは何回か行っているので迷うことはなく(カーナビを使ったけど)札内ダムを通過してゲート前駐車場に到着した。もしかしたら先客がいるかと思ったが車は皆無、明日は単独で入ることになるか。沢の音が妙に大きく感じた。

最後のトンネルを出るとゲート&駐車場 未舗装だが立派な林道が続く
えらく立派なスノーシェッド やたら立派な橋

 できるだけ早い時刻に出発したかったが、きついコースを睡眠不足で登るのは酷なので4時間半の睡眠時間を確保し5時過ぎに出発。さて何時に戻ってくるだろうか。飯も水も多めに持った。林道はよく整備されて最近も車が多数入った形跡があり、自転車だったら楽だろうなぁと考えながら歩いた。妙に立派なスノーシェッドが2つあり、せめてここまででも一般者を入れてくれたらなぁと思う。

途中に雨量観測施設がある 「この先通行止」だがもっと手前で通行止めだぞ
林道わきの残雪 昔はここまで一般車が入れた
砂防ダムを越えると札内川の流れに接近 ここから札内川河原に入る

 最初の大きな砂防ダムでそろそろ七ノ沢出合かと思ったらその気配がない。雪の重みのためだろうか、妙に曲がったゲートが出迎える。次の砂防ダムが七ノ沢出合直下のダムでここにも施錠されたゲートが降りていた。それまで札内川の流れから遠かった林道はダムを越えて初めて札内川の水面に接近し、大きな橋に向かって上り始める手前で林道を離れて札内川にエントリーだ。ここは看板等は無いが顕著な地形なので分かりやすかった。何の標識も目印も無いけど。

 最初から七ノ沢が渡渉でお出迎え。流れは緩やかだが水深は膝から腿程度あり登山靴を履いたまま渡るのは不可能で、最初から地下足袋に履き替える。水は冷たく数秒で足全体が痛くなってくるし、川幅が広いところは苦行となりそうだ。コイカクや幌尻は何度も渡渉したがここはどれくらい渡ればいいのだろうか。

七ノ沢を渡る。靴を脱ぐ必要あり 札内川右岸を歩く。ここは唯一籔っぽい個所(例外的)
内川右岸は主に枯れた流れ跡を歩く まだ右岸の枯れた流れ

 エアリアマップでは七ノ沢を渡ってすぐに本流を2度渡渉するように破線が付いているが、現在では長い距離を右岸で稼げるようになっており、七ノ沢からしばらくは枯れた傍流を歩く。ポツリポツリと目印が見られ、ケルンも積まれて何となく踏跡があるような無いようなだが、踏跡に関しては石が多い河原では濃さは期待できないだろう。まあ、薮がないだけマシと言えよう。右岸を歩ける間は歩きやすいところを適当に進めばいいようだ。

左岸への渡渉個所。対岸に目印あり 渡渉個所にて左岸側から右岸を見る

 右岸の歩き始めの頃は札内川本流は左岸に張り付くように流れているが、遡上を続けると今まで広かった右岸の河原が狭まって薮に覆われた斜面となり、その斜面を本流が直接洗うようになった。高巻きすればこのまま右岸を進めるだろうがそのような踏跡や目印はなく、川幅が広くて流れが緩やかな対岸に目印がぶら下がっている。ここで渡渉するのに間違いないだろう。川幅は40mくらいあり、数10秒間冷たい水に足をさらすこととなり冷え性の人間にとっては苦行以外の何者でもない。まあ、水深が膝上程度で済むのがせめてもの救いだ。ジャブジャブ渡ったが足が冷えて痛かった。今日は好天で気温が高かったのでまだマシか。

札内川左岸を歩く 左岸には明瞭な高巻ルートもある

 左岸に渡ると踏跡が再開、部分的に薄い部分があるが結構な濃さの区間もあり、目印も参考にしながら進んでいく。河原ではなく主に樹林帯が続き歩きやすいのが助かる。まれに川の流れからかなり離れた樹林帯を歩くこともあるが、大体は流れに近い樹林帯に踏跡がある。やがて岸に近い場所の平地がなくなると岸から離れて斜面に高巻き道が付けられている。これがかなり明瞭で登山道と呼べるほど。結構な入山者がいる証拠だろう。

再び河原を歩く 往路はこの付近で右岸に渡ったが強引に左岸を行った方が良かった

 巻き道が終わって平坦地に下りると細い支流を越えて踏跡は続く。このままいい道が続くのかと思ったら、やがて平坦地が無くなって石が重なった傾斜のある岸になってしまった。通常ならこんな場所は対岸に平坦地がある場合は渡渉するので対岸を見ると、こっちよりも歩きやすそうな地形だったし、目印のケルンも見えたので流れのできるだけ緩やかな場所を選んで右岸に渡渉した。しかし、右岸の歩きやすい地形は長続きせず八ノ沢出合に届かないうちに左岸に渡渉する羽目になった。簡単に渡渉できるなら問題ないが、やたら冷たい水だし水深は腿まであって流れの勢いでパンツまで濡れる状況ではできるだけ渡渉は避けたいと考えるのは当然だ。

 帰りに左岸を歩いた状況から、左岸に渡った後は多少地形が怪しくなろうとも踏跡が消えようとも八ノ沢出合まで左岸を歩き続けた方がいいと思う。行きで渡渉した石が重なった傾斜のある岸もそのまま歩き続ける。楽して歩くには半分水に足を突っ込みながらになるが、少し高巻きすれば水に触れることはないだろう。たぶんこの区間は100m程度だと思う。それを過ぎると平坦地になり踏跡や目印が現れるがかなり薄い。そして踏跡が消え失せてしまうが平坦地形は消えないので薮を強引に突っ切ると再び踏跡や目印が現れ、対岸に八ノ沢出合が現れる、というか、正確には対岸に太い流れの八ノ沢が流れ込んでいるのが見えるので八ノ沢出合だと分かる。

八ノ沢出合への渡渉点(札内川右岸から左岸を見ている) 八ノ沢出合のテント場。テント場はもう1か所ある。

 札内川左岸から八ノ沢出合への渡渉は、小さな中州を経由して2段階で行うので水深は比較的浅いし(膝上程度)水流も緩やかで渡りやすかった。八ノ沢左岸に出ると樹林帯に広く顕著な砂礫地があり、ここが幕営適地だろう。2箇所くらいに分散して砂礫地があり、合計で10張弱張れそうだ。もしかしたら増水時に水没するのかもしれないが、通常の降水程度ならそれはなさそうだ。

八ノ沢左岸の踏跡を歩くが、徐々に薄くなる 踏跡が消えてから右岸に渡ろうとしたが流れが激しい

 八ノ沢出合より先は八ノ沢左岸の踏跡を進んでいく。最初は明瞭な踏跡だったが徐々に薄くなり、やがて岸の地形が険しくなって進むのが難しくなってきた。対岸を見ると目印がぶら下がっているのが見え、知らないうちに渡渉点を見落として通過してしまったようだが、今いる場所では水流が激しすぎて渡るのは危険だ。少し戻って水深がそこそこ浅くて流れが弱くなる場所を探したが、この付近はあまり穏やかな場所がなく股下の水深の箇所をどうにか渡った。おかげでパンツまで濡れてしまったが今日は気温が高くて寒さを感じなくて済むのは助かった。ここまで来ると樹林の隙間から残雪をまとった山の姿が見えた。

八ノ沢右岸には明瞭な踏跡あり やっと稜線が見えた
支流を2つくらい渡渉する 初めての雪渓。沢が隠れて渡渉いらずで楽

 右岸に出ると明瞭な踏跡が登場、やはり渡渉箇所を見落としたのは間違いない。帰りにどこで渡るべきなのか確認しよう。この後はずっと右岸の樹林中の踏跡を辿り、水の中に足を突っ込むことはなかった。やがて残雪が現れるようになり、谷から押し出したデブリで広くスノーブリッジ化した場所も登場、こういう箇所ばかりなら渡渉しなくて済んで楽なのだが。

徐々に右岸側に残雪が続くようになる カムエクと八ノ沢カール
これより上部の右岸は残雪が連続し沢から解放された 標高約900mの雪渓末端

 残雪が見られるようになると踏跡上に立ち木が横に寝て邪魔をすることが多くなり、雪解け直後では踏跡の気配も薄くなるが、とにかく上流に向かえばいいので歩きやすいところを選んで適当に進んでいく。やがて右岸に残雪が連続するようになると薮や木が雪に埋もれて障害物が無くなり一気にスピードアップ。しかし雪が残った部分は斜面に近い傾斜した部分で、渡渉用に履いた地下足袋ではよく滑るし、この後はおそらく残雪が利用できそうで渡渉はないだろうと判断し、登山靴に履き替えた。さすがに登山靴のグリップは良く、残雪上も歩きやすいし足の裏にもやさしい感触だ。地下足袋よりも確実に歩行スピードが上がった。

標高約900mから見た八ノ沢 白馬や針ノ木雪渓並みに残雪が豊富

 標高900mを越えると沢が残雪に埋もれて一面の雪渓となり、どこでも好き勝手に歩けるようになった。本州だと白馬雪渓や針ノ木雪渓並みで、それがこの標高で存在するのだからさすが北海道だ。まだ雪は氷化していないし、それほど急な箇所はないのでアイゼンは付けないまま問題なく登っていけた。快適な雪渓は標高1000mの三股まで続いた。

中央の本流向かって登る 踏跡入口発見
標高1000mの三股の様子。雪が減ると風景も水量も変化するので要注意

 事前に読んでおいたガイドブックによると、三股から上部は中央の滝の左岸に踏跡があり、これ以降は沢歩きは無くなるという。たぶんその踏跡の入口さえ見つけることができれば、私の薮の経験をもってすればルートを外すことはないだろう。幸い、滝から上部は傾斜が急な影響か残雪は消えており、夏道が出ているはずだ。右の斜面(左岸)に注意しながら滝の直下まで進むと明瞭な踏跡があった! これで一安心だ。

主流左岸の踏跡に入ると雪が消える 写真はイマイチだが明瞭な踏跡が続く
岩を巻くところにはロープがあった ここだけ笹がはびこっていた
この枝沢にルートが移る 枯れた左の沢を登る

 踏跡は明瞭で、トラバースするところで1箇所だけ笹が茂っている箇所があるがその他は迷うそうな箇所は無い。滝に沿ってジグザグに上がっていき、このまま流れ近くを行くのかと思ったら、途中で右側の小さな沢に入っていく。この沢は滝がある主流と並行するように流れているようで、途中で二股に分かれるが左の水が枯れた谷を上がる。谷なので薮は皆無で快適に登れるが、浮石が多いので他に入山者がいる場合は落石を発生させないよう注意が必要だ。私は下山時に大きな石を落としてしまったが入山者は私のほかにはいなかったので犠牲は出ずに済んだ。

 枝沢を登りきって傾斜が緩むと標高約1300mで、本流に程近い太い流れの支流に飛び出し、これより上部は延々と残雪が続いており、休憩ついでにアイゼンを装着した。残雪で夏道が埋もれてルートが不明だが、雪で薮が埋もれていればどうでも適当に歩ける。ただし、下りでこの枝沢に取り付く必要があり、ここでGPSの電源を入れて登りの軌跡を記録することにした。上空は開け、衛星は良好に受信できた。好天で残雪の照り返しが強く、日焼け止めを塗った。

雪渓に出た 標高約1300mから上部を見る

 最初はこのまま支流を上がったが、どうも上部で雪が切れて最後は薮に突っ込みそうな気配で(途中で傾斜が緩んでその先の様子が見えない)、左にあるはずの本流に乗り換えることにした。本流との間には薮の帯があるが、できるだけ薄い箇所を選んで潅木と笹の薮を突っ切り、広い本流の雪渓に乗りなおした。ここは完全に上部まで雪が連続し、安心して上がれた。右手には雪の消えた斜面があり、そのてっぺんがカムエク山頂だろう。

八ノ沢カール全景。左手に最低鞍部がある


 傾斜が緩むと八ノ沢カールに到着、今回は全面残雪に覆われ真っ白だ。ここはヒグマの生息地で熊がいないか周囲を見渡したがそれらしき物体は見えず安心して歩き出したら、右手の雪原上に動く物体を発見、少し小さめなのでたぶん若いヒグマだろう。距離にして200mほど離れており特に恐怖感は感じず、ヒグマは私がいるのとは反対方向の斜面に走って逃げていき、樹林帯に姿を消した。

 カールに出てどこから稜線に出ようかと地形を観察、目の前の斜面は崖のような急斜面で、無理すれば登れないことはないだろうが積極的に登るようなルートではないだろう。見回すと左手に見えている最低鞍部付近が一番登りやすそうで、直下よりも東に行き過ぎた箇所から戻るように無雪帯を突っ切るのが薮の距離が一番短そうだし傾斜もそこそこで無理なく登れそうだ。鈴を打ち鳴らしながらカールを横断、どういうわけかカール内は東風が強く、帽子が飛ばされそうになる。

八ノ沢カールを横断 カムエクは背後に見える
偶然にも夏道に遭遇 稜線直下。下りはアイゼンが欲しい傾斜

 鞍部直下の薮の帯に到着、薮の幅が一番狭くなるところまで雪を伝って登ると予想外に夏道があった。カール内は残雪に覆われていたので夏道の付き方は全く気にしていなかったが、偶然にもここだけは夏道と重なったようだ。雪が消えた区間は薮だと思っていたが実際は草付で道が無くても問題なくなるけるレベルだった。無雪帯を突っ切ると再び残雪登場、夏道はトラバースするように鞍部に向かうのだろうが今は急な傾斜の雪面だ。しかし今は12本爪アイゼンにピッケルもあるし、もし滑っても下部の笹薮で止まるだろうとこちらもトラバース、コケることなく鞍部で稜線に出た。

鞍部から見たカムエク 鞍部から見たピラミッド峰
鞍部から見た八ノ沢カール
鞍部から見た札内岳r、十勝幌尻岳
鞍部から見た南側の展望(クリックで拡大)

 稜線上は鞍部付近のみ残雪があるが基本的には雪は消えているようだ。まあ、常識的にはそうなるだろう。残雪最上部でアイゼンとピッケルを残置し、その先は夏装備で進むことにする。残雪最上部で稜線を乗り越えて南側に出るとハイマツの中に踏跡が続いていた。もしこれで踏跡が無かったらハイマツとの格闘が必要な場面だが、正式登山道は無いとはいえそこそこ有名どころだけのことはある。ハイマツの枝が踏跡に盛大にはみ出しているのでハイマツが濡れているときには歩きたくないが、今は快晴で乾いているので快適に歩ける。ハイマツの高さは腰ほどでまだ半分立った状態だが、視界を遮るものはなく先のルートが良く見えている。振り返ればピラミッドピークがその名の通りスクっと立ち上がっていた。時間と体力に余裕があれば登ろうと考えていたのだが、この分では往復すると明るいうちに下山するのは難しくなりそうで残念ながら割愛だな。たぶん二度と登ることはないだろう。

雪渓が終わるとハイマツ中の踏跡を登る ハクサンイチゲが咲いていた
振り返ればピラミッド峰 1880m肩へと登る

 ハイマツの海を登っていくと徐々に露岩が現れるようになり、それとともにハイマツが消えていき歩きやすくなる。また、ハイマツが消えると高山出物が見られるようになり、ハクサンイチゲ等が咲き誇っていた。露岩といっても障害となるようなものはなく、特に危険箇所もなく楽々通過できる程度のもので、本州のアルプス級の岩稜帯を歩く雰囲気だ。標高はアルプスより約1000m低いが植生はまさにアルプス級だ。石楠花もほとんど草のような小ささで可憐な花を咲かせていた。

1880m肩から見た山頂 山頂までもうすぐ
山頂直下の踏跡 山頂直下(東側)のテント場

 岩稜帯が終わって傾斜が緩むとなだらかな山頂部が見えてきた。ハイマツはどんどん背丈が低くなり、やがて地面を這うハイマツ本来の形態になった。山頂直下で僅かに雪田上を歩き、明瞭な踏跡を登りきると待望のカムエク山頂に到着した。出発から6時間半強、結構に疲れた。

カムイエクウチカウシ山(カムエク)山頂 カムエク山頂から見たピラミッド峰
カムエク山頂から見た360度パノラマ展望写真(クリックで拡大)
カムエク山頂から見た日高南部(クリックで拡大)
カムエク山頂から見た日高北部(クリックで拡大)

 山頂は樹木は皆無で岩と草だけなので文句なしの大展望、360度邪魔するものは何も無い。ただ、今日は空気の透明度がイマイチで遠望が利かないのが残念だ。見える範囲は北は幌尻岳から戸蔦別岳、ピパイロ岳、伏見岳の稜線で、南は土地勘がないので現場では分からなかったが、帰ってから行った「写真判定」で神威岳、ペテガリ岳くらいが限度のようだった。見てすぐ分かったのはコイカクから1839峰にかけての稜線だけだった。去年登って濡れたハイマツでびしょ濡れ、おまけにガスで何も見えなかったなぁ。それと比べれば今回は天国だ。北方で近い稜線は札内岳から伸びる稜線で、最初は十勝幌尻岳を札内岳と勘違いしたが、エアリアマップで同定していたら間違いに気づいた。十勝幌尻岳はそれくらい大きな山に見えていた。

 帰りも長時間かかるのでしばし山頂で休憩。カールの強風が嘘のように山頂は静かだった。このシーズンだとたぶん今日山頂に立つのは私くらいだろうから、今日は私が山頂を独占だ。いや、それどころか今日の入山者は私だけで明日山頂に立つ人もいないかもしれない。ここが賑わうのは7月下旬以降だろうな。その頃にはヒグマも肩身が狭いかな。

 長居したくなる気持ちのいい山頂と天気だが、残雪が終わった後のコースは登りも下りも所要時間は変わらないだろうから、帰りも5時間はかかりそうだ。気になるのは渡渉で、今日の気温は帯広で30度を超える予報となっており、例年より高めで日中の雪解けが盛んで沢の水量が増しているのは間違いない。まあ、5月の残雪期よりは増水の度合いは少ないと思うが、行きより増えているのだけは間違いない。行きの感じではよほど増水しない限りは渡れないなんてことは無さそうだが、帰りはパンツまで濡れることが多いかなぁ。

国境稜線を北上する尾根。僅かに踏跡があった 鞍部手前で残雪に乗る
稜線直下で僅かな夏道に乗る カールから本流を下り、中央の藪を抜けて左の支流へ

 山頂を後にして稜線を下り、残雪に乗ってからはアイゼンを装着してガンガン下っていく。カールの「火口壁」上部だけは傾斜が急なのでアイゼンがあった方がいいが、あとは慣れた人なら無くても歩ける程度の傾斜だった。しかしまだ今の時期は雪が柔らかいからで、時期が遅くなると氷化が進んで硬くなり、雪の上を歩く場合は今よりアイゼンが必要になるかもしれない。ピッケルを手に下ったが、今回はストックでも大丈夫だったなぁ。まあ、これも現場に行ってみて分かったことで、様子が分からないまま最初からストックというのはやっぱりやめたほうがいいだろう。

 標高1300mで一旦残雪帯が終わってアイゼンを外して小尾根の踏跡を下り、枯沢に入る手前で本流左岸に近づいたときに枯沢の入口を見落として本流に沿って下ってしまった。踏跡が消えてルートミスに気付いたが、登り返すのが面倒なので左手(西側)の藪に突入してトラバースで枯谷へ出ることにした。背の高い樹林と笹の藪で、横に寝た木が邪魔だがもがくような藪でもなかった。途中、本日初のシラネアオイを目にすることができた。

藪を抜けて無事に枯沢に出る 滝最下部で再び雪渓に乗る
右岸だけ雪渓が残る区間 この先は雪は消えるが右岸を行く
右岸 支流の一つは倒木で越えられた

 藪を突破すると予定通り枯谷に出ることができ、その後はルートを外さず三股に到着できた。再び連続した残雪を快調に下り、残雪が終わっても右岸を歩き続ける。部分的に踏跡が不明になるが強引にそのまま右岸を歩き続けると再び踏跡が明瞭になった。途中、八ノ沢に流れ込む枝沢を渡るのに2箇所ほど靴を脱ぐ必要があり、地下足袋に履き替えて流れを渡り、再び登山靴に履き替えた。実は登りの沢歩きで右足親指の爪を痛めてしまい、地下足袋で歩くとその爪が痛んで歩行速度が大幅に落ちるようになった。登山靴ならつま先に余裕があって親指が靴に当たらないので歩いても痛みは僅かで、できるだけ登山靴で歩いた方が楽だったのだ。ただし、渡渉のたびに履き替えるのは時間がかかる欠点がある。まあ、休憩と考えてその後はまとまった休憩は取らなかったが。

 行きで渡渉した箇所を通過し、なおも踏跡を進んでいくと途中でプツリと消える箇所があった。ここが渡渉点だろう。対岸を見ても目印は見当たらないが、対岸も歩きやすそうな平地があり道があっても不思議ではない。地下足袋に履き替えてジャブジャブ開始。流れはさほど速くはないが股下の深さでまたパンツまで濡れてしまった。最後はちょうどいい倒木があったのでその上を歩いて対岸に到着した。

踏跡が消えたここで八ノ沢左岸に渡った 八ノ沢出合のテント場再び

 岸には踏跡は無かったが、平坦な樹林帯に踏み込むとちゃんと踏跡登場、これでは往路で左岸の渡渉点が分かるはずはない。今考えたら目印を残してくればよかったな。少し進むと八ノ沢出合のテント場に到着、札内川と八ノ沢に挟まれて中州のようになった「岬」の先端から札内川左岸に乗り移る。札内川の流れの中に小さな中州があって流れが2分されているので渡渉は容易だった。

 左岸に出ればしばらくはこのまま左岸を歩くべきなのは往路で分かっていたので左岸を下っていく。最初は広くて歩きやすい河原で目印やケルンもあったが、そのうちに草で藪っぽくなると同時に目印も消えた。ここは藪を突っ切って再び歩きやすい平坦地に出た。その先で往路でも通った大きな石が重なって傾斜のある岸になり、半分水に浸かって左岸を歩きとおすと平坦地が出現し、どこからともなく踏跡が発生した。ここまで来れば札内川の渡渉はあと1回だけで長い時間を左岸を歩くのは分かっているので安心して登山靴に履き替えた。

 踏跡は明瞭な箇所、薄い箇所があってみんな同一ルートを歩くわけではなく適当に歩きやすい場所を拾っているようだ。ただ、岸に流れが接近して歩ける場所が無いところだけは高巻き道を使うしかなく、帰りにその入口が分かるかが心配だった。常に左の斜面に注意しながら歩き、入口を見落とさないよう進んだ。小さな傍流を渡った先で岸に沿って直進する踏跡と、左斜面を斜めに上がる獣道らしき筋を発見、目印が無いので獣道の公算が高いとも思ったが、怪しいのでそちらに入ると意外に明瞭な道で大正解だった。ここもテープでも巻いておけばよかったなぁ。こうなればどこまでも踏跡を巡っていくだけだ。

 簡単に渡渉点までたどり着けるかと思ったが、踏跡が岸から大きく離れるようになってから進行方向が怪しくなり、やがて踏跡が笹薮の中に自然消滅してしまった。少し戻って分岐を見落としていないか探したが見当たらず、正しい踏跡とはだいぶ前に分かれたらしい。それでもここから岸まで広く平坦な樹林帯が続いていたので、きっと川岸近くに正しいルートがあるはずだと確信し。さほど苦労しない笹薮を突っ切って川に接近していくと予想通り明瞭な踏跡が現れて一安心。

 今度こそ踏跡を失わないように、そして岸から離れすぎないように進んでいく。踏跡が薄くなる場所もあるが気にせずに歩きやすいところを歩いていくと何となく筋が見出せる。そのうちに太い踏跡に乗り、見覚えのある広く緩やかな流れの箇所で踏跡が途切れ、対岸に目印がぶら下がった場所に到着、ここが渡渉点に間違いない。水深は浅く流れは緩やかであるが、川幅が広くて長時間冷水に浸からなければならないので鮮明に記憶に残っている。地下足袋に履き替えて再びジャブジャブ。対岸に上がって登山靴に履き替えた。これで残った渡渉は七ノ沢のみだ。

 朝は枯れていた支流も浅い流れができており、沢の水量は確かに増しているのが確認できた。もう林道は近く、適当にルート取りしても間違う心配は無いので安心して歩けた。そして最後の七ノ沢を渡り難関が終了。登山靴に履き替えて最後の飯を食って1時間半の林道歩きに備えた。

七ノ沢渡渉箇所 一番奥のゲート。昔はここまで車で入れた
途中の曲がったゲート 現在のゲート

 林道歩きはいつやっても面白みは無く、携帯音楽プレーヤで気分を紛らわせながら歩くしかない。さすがに長時間歩いたので膝にきているので僅かな登りで汗をかく。もう夕方で気温が下がっているのでマシだったが。ゲートまであと15分くらいかと思って緩いカーブを曲がるといきなりゲートが目に入った。よかったぁ、ゴールだ!! 長かったカムエクを無事に往復できて至福の瞬間だった。

 

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