9越後三山 前山(1091m)、前ー(1536m)、荒沢岳(1969m)、灰吹山(1799m)、灰ノ又山(1852m)、源蔵山(1834m)、巻倉山(1758m)、兎岳(1926m)、小兎岳(1858m)、中ノ岳(2085m)、檜廊下(1866m)、天狗平(1729m)、駒ヶ岳(2003m)、道行山 (1298m) 2010年10月23-24日

所要時間
10/23 5:30 荒沢岳登山口−−6:16 前山−−7:42 前ー−−8:48 荒沢岳 9:39−−10:09 灰吹山−−10:59 灰ノ又山−−11:23 藪に突入−−11:28 源蔵山−−11:32 登山道−−11:44 水場分岐−−11:47 水場 12:26−−12:31 水場分岐−−12:42 巻倉山−−13:42 兎岳−−14:00 小兎岳−−14:30 休憩 14:50−−15:39 十字峡分岐−−15:53 中ノ岳 16:09−−16:13 中ノ岳避難小屋


10/24 6:26 中ノ岳避難小屋−−7:07 檜廊下−−7:47 鞍部−−8:35 駒ヶ岳 9:13−−9:23 駒の小屋−−10:15 小倉山分岐−−10:47 道行山 11:02−−11:33 沢−−11:37 林道−−12:17 石抱橋−−12:27 荒沢岳登山口


概要
 銀山平より北ノ又川源流山脈を周回。初日は荒沢岳、兎岳を越えて中ノ岳避難小屋で宿泊し、翌日に駒ヶ岳、小倉山、道行山を越えて銀山平に戻る。以前は荒沢岳〜兎岳間は廃道で激藪だったが、いつの間にか再整備されてきれいに刈り払われていた。地形図、エアリアマップには記載されていないが、道行山から直接銀山平に下るコースも整備されている。このルートを歩く場合、通常なら初日の宿泊地は源蔵山〜巻倉山間鞍部で、ここは南に数分下ったところに水場がある。2日目の宿泊地は駒の小屋が妥当な線。前ーの鎖場を考えると、初日に荒沢岳を越える方が安全度が高い。兎岳〜中ノ岳間は道はしっかりしているが両側から笹が被っており、朝露が付いた時間帯はゴア必携となるので通過時間を考えてペース配分するほうが良い。

地図クリックで等倍表示



 荒沢岳は15年近く前に登っているが、その先の兎岳まで続く稜線と中ノ岳は未踏である。荒沢岳〜兎岳間は長きに渡って廃道化し、ずいぶん昔の話だがKUMO氏は根曲竹を漕いで縦走している。私が歩くなら残雪期しかないだろうとずっと考えていたのだが、昨年秋に群馬の重鎮氏が銀山平を起点として荒沢岳、灰ノ又山、兎岳、中ノ岳、駒ヶ岳、道行山と縦走した記録を発表し、その中で荒沢岳〜兎岳間はいつの間にか整備されたことを知った。こうなれば無雪期に歩かない手は無い。中ノ岳は私にとって未踏の山であり、ここを登れば東北、新潟、関東の2000m峰は全て登り終わる。

 歩くのに適した時期であるが、標高がそれほど高くないので真夏は地獄を見るのでNG。残雪期でもいいのだが荒沢岳の鎖場通過が困難だ。となると涼しくなって虫がいなくなった秋も中盤以降が適当な時期だろう。今年は秋に入っても高温状態が続き、10月も終わりだというのにまだ最高気温が25℃近い日があるほどだが、山の上はほどよく冷えているだろう。もちろん、通常なら標高2000mなら朝方は氷点下まで下がり、歩いていてもほとんど汗をかかないはずだ。

 計画であるが重鎮と同一とした。この場合、初日は荒沢岳を超えて中ノ岳まで歩かなくてはならず、初日はかなりの強行軍となる。重鎮氏は9月終わりに登っているが今はそれより1ヶ月遅く、日中の時間もそれだけ短くなっていて夜明けは遅く日没は早い。体力勝負もあるが時間との勝負もある。まあ、重鎮氏が歩けたのだから、年齢、体重、山の頻度において有利な私がそれより遅いというのはありえないだろうと、カシミールで詳細を把握することなく決めてしまった。今回は藪山ではなくずっと一般登山道を歩くこともあり、あまりリスクは高くないだろう。幸い、先週末にテントミータカさんがこのコースを2泊で歩いており、水場にはちゃんと水が出ていたことも書かれており安心して出かけられる。まだ記録は途中までだったが、一番の心配事が解消できて大変助かった。

荒沢岳登山口(翌日撮影) ここから出発

 金曜夜に出発し、関越道に乗って大和PAで仮眠。小出ICは目前の場所だ。小出を降りてシルバーラインのトンネル群を通過、銀山平に入ったのはいいが荒沢岳の登山口が分からない。たぶん立派な案内標識があるだろうと想像したのだが全く見当たらず、エアリアマップで場所を確認し、車がたくさん止まっているそれらしき場所を探し当てた。まだ真っ暗だが既に駐車場の空きは2,3台分しかなく、えらい人気の高さだ。駐車場の広さは15台前後なのであまり広くはない。まだ真っ暗なので活動を開始している車は無いが、こちらは暗くても問題無しなので飯を食ってパッキングを済ませて出発する。今回の装備は避難小屋泊まりだが、念のためにツェルトは持って行くことにする。また、寒さを考えて冬用シュラフを突っ込んだ。さすがにもう麦藁帽子は不要だろうと置いていくことにする。

 トイレで用を足し、ライトの明かりを頼りに出発。前回歩いた記憶は鎖場以外は皆無でどんなルートだったのか全く覚えていない。最初だけは平坦地だったが、水が補給できる小さな沢を渡るといきなりの急登が始まる。道の状態は良好で朝露に濡れた草で足が濡れることもない。薄いガスがかかっているがたぶん谷間に溜まった低い霧で、標高が上がれば晴れのエリアに出るだろう。まだ暗いが先行者がいるだろうか。

 登山道が右に曲がる最初の肩で体が温まったのでTシャツに着替え、明るくなってヘッドライトをしまった。

 

ここから危険地帯に突入 鎖がかかった急傾斜
梯子もある 斜面を登る

 前ー直下の急傾斜区間に差し掛かると注意書きがあり、どんなルートなのかちょっとワクワクする。たしかにかなり急な登りが始まり、岩場というか露岩にかかった鎖や梯子を頼りにグングン高度を上げていく。梯子はともかく鎖は全面的に頼らなくても岩や木など自然地形を頼れば登れる程度だった。落ちればタダでは済まないが普通に3点確保しながら乗っていれば落ちることは無いだろう。

巨岩地帯開始 遭難プレート?
まだ巨岩帯 肩に到着。絵になる風景

 巨岩の脇を通過してなおも登るといったん傾斜が緩み肩に出る。ここからは前ー東面の岩壁帯がよく見え、岩と紅葉の組み合わせが素晴らしい。好天の時に来て大正解の光景だった。前回の記憶ではここから稜線を外れて東をトラバースし、岩壁のどこかを鎖でよじ登ったはずだ。よく見ると完璧の核心部のずっと左手の凸凹が多い地点にルートらしい筋が見えている。結構な傾斜だが現場にいくとどうだろうか。

肩から先は稜線を離れ東斜面をトラバース 鎖を登る
鎖場上部 肩を振り返る

 稜線から外れて東斜面を下り、岩壁基部を巻いて登りにかかる。ここだけは記憶が残っており、前に登ったときにも岩が濡れていた覚えがあるがその通りだった。ただ、登るのには特に支障はなく、手袋が濡れるのがイヤな程度だ。岩は適度に凸凹があり手がかり、足がかりは多く、鎖に頼らなくても登れそうだ。ただ、西穂や明神岳のような角ばった石ではなく少し丸みがかっているので足の置き場所は考える必要がある。危険度は西穂から天狗ノ頭間の鎖場と同程度だろう。特に緊張することはなく鎖場を登っていった。鎖が終わってもなおも急な尾根の登りが続き、岩壁が徐々に低くなってくる。途中で追い越した登山者の姿が肩に見えた。

前ーから見た登ってきた尾根 前ーから見た北側
前ーから見た荒沢岳

前ー

前ーを振り返る

なだらかな稜線を進む

 傾斜が緩むと前ー山頂の一角で、僅かに進むと前ー山頂に到着、前回はここに到着したときには緊張から開放され膝の力が抜けてへたり込んだのだが、今回はそのようなことはなくそのまま通過する。まだまだ今日の行程は長い。最初の休憩は荒沢岳の山頂でだ。この先は危険箇所のないなだらかな尾根が続き、高度が上がるに従って視界がよくなってくる。既に銀山平は低い位置にあった。

徐々に木が低くなっていく 南会津方面
主稜線から花降岳方面 山頂は近い

 とうとう主稜線に乗り、右に進路を変えて岩を南から巻く。ここは特に危険箇所ではない。振り向けば花降岳方面の稜線が長く続いている。冬季に雪庇が発達するであろう稜線南側は笹原(それとも根曲竹?)になっており、やはり雪がある時期に歩きたい尾根だ。

手前のピークは左を巻く 登ってきた尾根
本日先頭者。早くも下って行った 荒沢岳山頂
荒沢岳山頂 荒沢岳から見た兎岳方面
荒沢岳から見た灰吹山〜駒ヶ岳(クリックで拡大)
荒沢岳から見た守門岳〜南会津(クリックで拡大)
荒沢岳から見た守門岳〜丸山岳(クリックで拡大)
荒沢岳から見た会津朝日岳〜会津駒ヶ岳(クリックで拡大)
荒沢岳から見た奥日光(クリックで拡大)
荒沢岳から見た奥秩父、南ア、八ヶ岳(クリックで拡大)
荒沢岳から見た北アルプス(クリックで拡大)

 その先の露岩の登りで下山してくる単独男性とすれ違った。この時間にもう下り始めるとは早い。たぶん本日のトップバッターだろう。そこから山頂はすぐで、山頂は無人かと思ったら2人いた。これまたお早いなぁ。山頂に到着すると一面の青空でほぼ無風、体感温度は高い。展望は360度で文句無し。富士山は当然で、奥秩父の右側には南八ヶ岳と思われるギザギザが見えている。ということはその左側は南アルプスと思うが、いつも見るピークの並びとは異なって本当に南アか判断できなかった。西に目を向けると中ノ岳の左側には北アルプスと思われる山並みが見えているが、出ている部分では特徴ある山の形が無いため、これまた自身が持てなかった。しかし帰ってからパソコンで確認すると間違いなく八ヶ岳、南アと北アだった。これが中ノ岳のてっぺんだったら、強いコントラストでずらっと並んだ北アルプスを眺めることができたのになぁ。残念。

 荒沢岳で少々休憩。先客の男女2人と話しをしたが、明日は未丈ヶ岳とのこと。うまい具合に今年の紅葉は遅く、こんな時期でも山頂近くで楽しめるので未丈ヶ岳もちょうどいい頃合だろう。北側には未丈が岳が近くに見える。その奥には桧岳から毛猛山。当然、この時期は雪はなく、激藪に覆われて登るのは困難だ。盟主は毛猛山だが桧岳の天を突き刺す形状の方が目立つ。あれも登ったんだなぁ。会津朝日岳〜会津駒ヶ岳にかけてのなだらかな稜線上の山の同定は、一度歩いた人でないと難しそうだ。

 なんだかんだで山頂でのんびりしてしまったが、まだ本日の行程の半分も行っていない。標高は上がったがこの後はアップダウンと距離が待っている。さて、中ノ岳避難小屋に到着するのは何時になるだろうか。重鎮氏は午後6時近くになっている。

荒沢岳からの下り。道の状態は良好 この標識が時々登場する

 荒沢岳を出発して西に下ると今まで同様の良好な道が続いている。佐武流山〜苗場山間と同程度の相当手がかかった刈り払いで、体に触れる笹や木の枝はほぼ皆無だ。これだけの規模で刈り払うのは、相当な人数と期間が必要だろう。しかもこれは今年刈り払われたものではないので、毎年メンテナンスをしているに違いない。このまま続いてもらいたいものだ。「兎岳⇔荒沢岳 縦走路」と書かれた黄色い標識も頻繁に目にした。

場所によっては根曲竹の植生。刈り払いtnx! 灰吹山向けて登る
灰吹山付近から見た荒沢岳

 1910m峰で尾根が左に屈曲し、急激に高度を落とす。眼下には灰吹山とその向こうに高い灰ノ又山が聳えている。稜線上には明瞭な刈り払いの筋が延びる。ということは、この付近は樹林中を歩く箇所はほとんど無くて、展望が開けた笹原を歩くわけだ。こりゃ、やっぱ真夏に歩くのはきつい。もちろん、標高が高くて気温が低い山ならいいのだが、ここは1700m前後なので真夏に快適に歩くには1000mくらい標高が足りないだろう。

灰吹山山頂 灰吹山付近から見た灰ノ又山

 鞍部から登り返したピークが灰吹山山頂だった。ここにある標識は行政で立てた立派なものではなく、立ち木にかかった1枚の厚手の木板だった。でも作りは丁寧で文字は彫られ、全体はクリアラッカーで仕上げられていた。それなりに重そうな作りで持ってくるのも大変だっただろう。しばらくはこれが唯一の標識のままだろう。山頂付近は高い木が無く、特に東側の展望が開けていた。

灰吹山〜灰ノ又山間も明瞭な刈り払いが見える 途中の池
灰ノ又山へ向けてなだらかに登る

 緩やかに下り、今度は灰ノ又山の登りにかかる。よく刈り払われた道が続き、晴れた空が気持ちいい。これでもう少し涼しいともっと気持ちいいのだが。この時期としては気温は高めで、Tシャツに長ズボンでは暑いくらいだ。まあ、それでも日陰に入れば心地いい気温だと思うが、この稜線ではほとんど日影はない。これだったら麦藁帽子でもよかったかな。

気持ちのいい笹原を登る。少し暑い 最初のピークの南隣が灰ノ又山
灰ノ又山。背景は北峰 灰ノ又山から見た西側
灰ノ又山から見た荒沢岳
灰ノ又山から見た平ヶ岳方面

 大きく道が右に曲がり、最初に登ったピークには標識は無く、その先にもうちょっとだけ高いピークが登場。そちらに登ると灰ノ又山の山頂標識(標柱)が立っていた。とりあえずこの辺りが今日の中間地点かな。ここも見晴らしが良いピークで休憩したくなる場所だが、どうせ休むなら水場で休みたいので写真だけ撮影して先に進む。

灰ノ又山を下る 源蔵山へのなだらかな尾根
根曲がり竹の刈り払い 気持ちの良い草つき。昼寝したら気持ちいいだろうなぁ

 次の源蔵山へは緩やかな尾根を伝っていく。ここへの道も明瞭な刈り払いが続いているのが見え、相変わらず非常によく整備されているようだ。ただ、刈り払いの筋は源蔵山山頂は通っていなくて南側直下を巻いているのが見えるので、源蔵山へは多少の藪漕ぎが必要らしい。重鎮氏は時間の都合上、ここは割愛したことは後で知った。緩やかに下って水平な尾根を歩いていくと黄金色に紅葉した草付きを横断する。湿地のように見えるが実際には固い地面であり、ある時期だけ湿り気を帯びるのかもしれない。昼寝したくなるような場所だ。

源蔵山の標識だがここは山頂ではない 登山道は山頂南を巻いてしまう

 源蔵山が立ち上がって登山道が稜線を離れて巻き始めるところに源蔵山の山頂標識が立っていた。ここが山頂というより現在位置を示したいのだろうが、やっぱり違和感を感じるのはしょうがない。一般登山者はそんなことお構い無しに登山道を進むだけだろうがピークハンターにとっては無視できない事態で、藪を漕いででも山頂に達する積りだ。見た感じでは低い笹に覆われてさほど苦労せずに山頂に行けそうだ。それでもできるだけ藪漕ぎは短距離で終わるよう、山頂直下まで進んでから藪に突っ込むことにした。登山道にザックを転がして空身で藪に突っ込んだ。

ここから藪に突入し源蔵山を目指す 上部はシラビソが混じる

 登山道脇はほぼ純粋な笹薮で、結構な傾斜を登ることなるので笹が上から覆いかぶさる状態となり、本当の笹の高さは胸くらいだが登りでは肩くらいまでくる。それでも視界があるのでまだマシだ。少し進むと笹の中に潅木が混じるようになり、これは手で掻き分けられない固さなので登場すると迂回するしかない。どうもまっすぐ登る方向に潅木が多いように感じ、左手の尾根に向かって斜上する。尾根に踏跡は期待していなかったがやっぱり獣道すら無く、シラビソが混じって多少笹が薄い部分はあるが今までと大差ない藪が続く。そのうちに笹からもっと太い根曲竹に変わり、いよいよ激藪状態で笹の海に埋没しながら登っていく。中には蔓もあって、これは人力では切断不可能な強靭さを持っており、出現したらひたすら回避。南会津でもあまり標高が高くない山で出てくることはあるが、このエリアでこの標高で出てくるとは。

源蔵山山頂。山頂標識あり 笹原を下る

 やっと傾斜が緩んで山頂の一角らしき場所に到着、根曲竹に埋没して展望皆無で最高点にいるのか皆目見当がつかない。GPSがあれば正確な場所が分かるのだが今回は登山道があるので不要だろうと持ってこなかった。一応、もう少し奥まで行ってみようと藪を掻き分けシラビソの点在する尾根を行くと、シラビソの1本に灰吹山と同一の造りの山頂標識がかかっていた。残雪期は埋もれていそうな高さで無雪期に付けられたものだろう。ここは今年の残雪期にDJFが歩いているのでシラビソてっぺんにでもリボンが付いていないか注意して見ていたが発見できなかった。まだ雪に埋もれていたのかもしれない。下りは南に一直線に下っていった。潅木があっても重力の助けで強引に突っ切れた。

源蔵山から見た灰ノ又山 登山道に戻り水場へと下る
水場のある鞍部の草つき 草付き南側のテント場

 ここを下ればやっと水場にありつける=ゆっくりと休憩ができる。これから下る鞍部にはなにやら青い物が見えているが何だろうか? ブルーシートで小屋がけでもしてあるのだろうか。遠めに見て鮮やかな青だった。まさかテントじゃないよな(確認してこなかった)。刈り払いの続く尾根を下っていくと鞍部付近で笹が無くなって一面の草付きになり、踏跡がやや分かりにくくなった。複数ルートがあるようだが、結果的に西に向かえる道ならば巻倉山に続いていそうだった。草付きなのでどこでもテントはOK、草付きの少し南側に島のようにシラビソが生えた場所があり、そこが一番利用されるテント場のような雰囲気だった。

鞍部にある水場の標識 水場への道
枯れ沢入口 枯れ沢。まだここは水は無い

 源蔵山から下ってくる方向だと分かりにくいが、鞍部付近に「陽の水」との標識があった。下り5分とのことだが標高差100mくらい下ってしまうのだろうか? まあ、どれだけ下るにせよ今夜と明日の行動用水はここで得るしかないので下るほかはない。3リットル以上補給するつもりなのでボトルだけ持っていっても持つのが大変であり、少し無駄であるがザックを背負ったまま下り始める。最初は道が薄い草付きの斜面であるが、傾斜が増すとすぐに抉れた枯れ沢に出る。ここにも案内があり「60m下る」との文字。たぶん梅雨時ならばここで流れがあるのだろうが、秋も深まったこの時期ではもう少し下る必要があるのだろう。どのくらいで水が出てくるのかと心配しつつ沢を歩くと1分もしないで水が流れ出した。ちょうど沢が大きく右に屈曲する箇所であり、地形的にはわかりやすい。この時期でも充分な水量があり、持ってきた容器4本、合計3.5リットルほど補給した。ここまで来れば本日の行程の半分以上は歩いたはずで、シートを広げてひっくり返って大休止。歩いていると暑いが休んでいる間は日差しが心地いい。

沢の源頭。水量は豊富 鞍部に戻る
源蔵山を振り返る 巻倉山山頂
巻倉山から見た西方面(クリックで拡大)

 再びザックを背負って鞍部に登り返し、まずは巻倉山を目指して登る。3.5kgの重量増加は軽いものではないが、今回はテントはないし冬装備と比較すればまだまだ軽い。それにここまで体力を温存するペース配分だったのでまだ足は重くない。良好な道は延々と続き、難なく巻倉山山頂に到着。ここはちゃんと登山道が山頂を通っており、真の山頂に標識が立っていた。ここまでくれば兎岳も中ノ岳もデカいが、兎岳に登ってから200m近く高度を下げ、中ノ岳まで300mほど高度を稼がなくてはならず、まだまだ体力を使うルートが続く。振り返ると荒沢岳は遠くなり、灰ノ又山からこちら側の登山道には人の姿は見えない。荒沢岳山頂で出会った人の話だと大ザックのパーティーがいたとのことで、たぶん水場で幕営なのだろう。まだまだ時間に余裕はあるのでゆっくり歩いているのかもしれない。

巻倉山を越えて鞍部へ下る 兎岳はまだ遠い
気持ちのいい稜線が続く。夏は暑そう
相変わらず良好な刈り払いが続く なだらかな稜線を行く
刈り払いの筋が伸びる 奥のピークが兎岳
荒沢岳方面を振り返る。この草付きがルートが分かりにくい

 もったいないことに兎岳に向かうルートは水場の最低鞍部よりも高度を落としてから登り返しとなり、最低鞍部は標高1640m、兎岳まで約300mの登りが続く。この辺から重鎮氏はバテ気味となって大幅なペースダウンだったようだが、こちらはまだ調子が良い。やはり荒沢岳、水場での大休止が効いているようだ。それに重鎮氏が歩いた時期より1ヶ月遅く、日中の気温も低くて汗も少なく疲労度も軽いのだろう。相変わらず立派な道が続くが、1箇所だけ広い草付きを突っ切る場所でルートが薄くなる。私にとっては見失うほどではないが、慣れない人だと迷うかもしれない。ここはルートが右に曲がって稜線に戻るので、笹の刈り払いがどこにあるのか注意しながら進めばいいだろう。

このピークが兎岳 兎岳から丹後山方面へ向かうパーティー
兎岳直下から見た利根水源山脈

 見晴らしがよく気持ちの良い緩やかな登りが続き、左手には利根水源山脈が常に見えている。あそこは歩いたことがないので来年の残雪期の最優先候補地だ。やがて兎岳から丹後山へとつながる尾根も見えるようになり、今さっき兎岳を越えたばかりと思われるパーティーが丹後山方面に下っている姿が見えた。もしかしたら十字峡を出発して中ノ岳を越えてきたのだろうか。逆方向の丹後山から中ノ岳方面は他に人がいるだろうか。

丹後山〜中ノ岳縦走路と合流 登ってきた登山道

 ようやく兎岳山頂が見えた。てっぺんには棒状の山頂標識が見え、その手前に縦走路の筋が見える。中ノ岳〜丹後山縦走路に出ると荒沢岳方面への案内標識が立っていた。どうやら荒沢岳方面のルートも一般登山道と同じ扱いらしい。まあ、これだけ整備されていれば当然か。何年前に再整備されたのかは知らないが、今時のエアリアマップには赤実線で描かれているだろうか。なお、私が持っているエアリアマップは20年近く前の代物だが、これだと茶色破線で廃道となっていたのでKUMO氏が登った当時の状況だ。

兎岳山頂。背景は中ノ岳 荒沢岳を振り返る。遠い・・・
兎岳から見た利根水源山脈(クリックで拡大)

 縦走路合流地点が兎岳山頂かと思っていたのだが、兎岳はここから丹後山方向に僅かに進んだところであり、ザックを下ろして空身で往復。少し傾いた標識が立っていた。さあ、あとは中ノ岳だ。でもこれから小兎岳が待っているし、それを越えてもまたもや下りがある。何ともアップダウンが多いコースだ。兎岳ではほとんど休憩せず出発した。

中ノ岳へと向かう いきなり笹が覆う登山道に
小兎岳への登り 鞍部右手には小さな池

 この先は今まで以上に立派な登山道になるのかと思ったら大間違いで、兎岳の下りでいきなり道の両側から笹がはみ出して足元が見えない状況が続くようになった。ここは倒木がないので弁慶の泣き所を強打する恐れはないが、たまに登山道が抉れて溝になっている場所があり、足を下ろしたら想定よりずっと下に地面があってコケそうになったことはあった。ここは北斜面で日当たりが悪く、午後のこの時間でも笹が湿ったままで、これでは朝露が降りた時間にここを歩くとなると盛大に濡れるのは間違いなし。ロングスパッツどころからゴアのズボンが必要だろう。これは予想外の状況だった。他にも滑りやすい所があったりと、荒沢岳〜兎岳間よりも歩きにくかった。鞍部の右手には小さな池があった。

小兎岳の標識 小兎岳山頂

 小兎岳の登りにかかると南向きになるので笹は乾き安心して突き進めるようになる。小兎岳は意外にデカく、なかなか山頂にたどり着かずに登り続ける。やっと傾斜が緩んで山頂の一角に到着、てっぺん付近は南北に長い山頂で、登山道は僅かに山頂より東側に付いていた。まあ、僅かといっても1,2m程度だが。登山道には倒れた山頂標識があり、真の山頂は笹、ハイマツ、シラビソ、潅木に覆われていた。ここは通過点のようで休めるような広い場所はなかった。

小兎岳から見た兎岳 小兎岳から見た中ノ岳
1810m峰へと登る 1810m峰から見た中ノ岳

 そろそろ休みたいところだが適当な場所がなくそのまま進む。次の1810m峰で休もうかと笹の登山道を下り始める。やや日が傾いてきて西風も少しあり、休むときには風が避けられるが日が当たる場所がいいなぁ。もちろん笹が切れた場所がなおいい。1810m峰に到着すると少し窪んで風を避けられる場所で先客が休憩中。この人はどちらに向かうのだろうか(その後姿が見えなかったので丹後山方面に進んだようだ)。ここも適度な場所はなくさらに進んで1768m峰のてっぺん付近の道端で休憩。ここも広場は無く、しょうがないので笹の上にザックを転がしてその上に座った。中ノ岳の登りを見ると標高差で真中くらいの場所を2人?の登山者が登っていくのが見えた。たぶんこの差では追いつかないだろうな。

1768m峰で休憩 1720m鞍部
1720m鞍部付近から見た中ノ岳 まだ笹が茂っている
兎岳〜丹後山方面
荒沢岳〜兎岳方面

 さあ、あとは中ノ岳まで歩くだけだ。もう午後3時近いがここから鞍部に下って標高差350mを登り返せば中ノ岳。所要時間は約1時間というところだろう。鞍部付近は兎岳〜小兎岳鞍部のように稜線右側に小さな池があった。鞍部を越えてもなおも笹が邪魔な道が延々と続く。藪漕ぎの密度ではなく笹の下には明瞭な道があるので気分的に邪魔なだけで体力的に余分な力を使うほどではないのは幸いだ。まあ、エアリアマップで赤実線だからな。もうゴールは近いので焦らずに今までのペースを守って呼吸が荒くならない程度のペースで歩き続ける。前を見ても人はいないし、後を振り返っても人影はない。

ようやく笹から開放される 兎岳が低くなった
これで傾斜が緩む
このピークの向こうが山頂 十字峡分岐

 標高が上がると笹の高さも低くなり、その存在が気にならない程度になる。やがて稜線東側の植生が笹から草付きに変わると邪魔な笹はほぼ無くなり快適に歩けるようになった。そして小さなコブを乗り越えると十字峡から上がってくる登山道と合流、これで道のグレードは一気に上がった。どうも丹後山〜中ノ岳はさほど利用者が多いとは言えないようだ。十字峡を基点として周遊すれば1泊2日にちょうどいいコースだと思うのだが、中ノ岳も丹後山も一般の山小屋ではなく避難小屋ということもあり荷物が増えるので利用者が限定されるのだろうか。

稜線東側は草付き 刈り払いはしっかりしている
これが中ノ岳山頂ピーク 中ノ岳山頂
中ノ岳から見た東半分の展望(クリックで拡大)
中ノ岳から見た南半分の展望(クリックで拡大)
中ノ岳から見た南会津(クリックで拡大)
中ノ岳から見た二岐山〜那須連山(クリックで拡大)
中ノ岳から見た奥秩父と富士山(クリックで拡大)

 もう山頂はすぐだと思っていたが意外に横歩きが長く、やっと山頂に到着。避難小屋は目の前、混雑状況はどうだろうか。それが気にはなるがまずは山頂からの展望写真撮影。残念ながら夕方は空気の透明度は悪く北ア方面は見ることができなかった。明日朝に期待するか。その代わり、飯豊が雲の上に浮かんでいた。既に日は傾きかけ、日差しがあっても寒いくらいだった。

避難小屋へ向かう 中ノ岳避難小屋。この日はテントが2つあった

 ザックを背負いなおして避難小屋へ。北側に回るとテントが1張。さて、小屋は満員か? どこから入るのか分かりにくいのだが北側の雪避けの裏にあるドアが入口だった。南側には2階に出入する梯子がかかっているが、これは冬季や残雪期専用だろう。中に入ると1階はまだほとんど荷物が無く思ったより空いている様子。しかし私と同時到着したのが8人パーティーで、あっという間に1階も賑わった。2階は既に適度な人の入りであった。この時期は暖気が上がってくる2階の方が暖かくて過ごしやすいに違いない。夏は逆に1階の方が涼しくていいだろう。最終的には1階の住人は8+3人で、ぎゅうぎゅう詰にはならなかったがいい感じの詰まり具合だった。

もう一つのテント 駒ヶ岳向けて出発

 翌朝、どうせ今日は駒から下りだし、昨日のように笹が被った道が続いていたら朝露でろくでもない目に遭うので充分明るくなってから出発することにして5時過ぎに起床、6時に大方の準備を終えて中ノ岳山頂で日の出を迎えた。今日は西側は雲が覆って昨日のような北アの大展望はなかったが、南アルプスや八ヶ岳は見えた。景色を充分堪能したところでほとんど人が出払った小屋に戻り、トイレは並ぶことなく利用可能だった。昨日は気付かなかったが僅かに八海山方面に下ったところにテントがもう1張あった。

まずは1901m峰へと下る 手前のピークが檜廊下
檜廊下から見た中ノ岳 檜廊下から見た駒ヶ岳
檜廊下から見た見た荒沢岳〜中ノ岳

 駒ヶ岳方面に向かうと心配とはうらはらに良好な刈り払いの道が続き、笹に覆われた場所は皆無だった。ということは駒から中ノ岳を往復する人が多いということか。枝折峠に車を置いた場合はそうなるな。それなりに急な下りで1901m峰で左に進路を変え、1780m鞍部へと下る。ここから1866m峰(檜廊下)に登っていくが、ここが檜の根が絡み合って歩きにくい区間なのかと思ったが、通常の登山道であり普通に歩けた。そしてピークに到着、ここには標識は無く次のピークが檜廊下なのかと思ったほどだ。登山道はほんの僅かに東側を通っているが、まあ山頂を踏んだことにしても誤差の範囲だろう。一応、僅かな距離の笹、ハイマツ、潅木を踏んで山頂を踏んでおいた。

1830m峰へ下る たま〜にこんな場所を越える

 檜廊下を通過して下り始めて鞍部付近に達してからが檜廊下らしくなってくる。木の根はさほどひどいわけではないが稜線両側には低い常緑樹が並ぶようになる。時たま露岩に根が絡まった場所があったが数は少なく通過が困難な場所もなかった。もちろん、普通の登山道よりは乗り越えるのは面倒だが。

1830m峰は稜線東直下を行く 1830m峰てっぺんは藪
1830m峰から見た中ノ岳 1830m峰から見た駒ヶ岳

 1830m峰の最後の登りは稜線東直下に移り、西斜面は「根曲木」、東斜面は主に草付きなので邪魔者はなく歩きやすい。そしててっぺん東直下に到着、今度こそ檜廊下の標識があるかと思ったがまたもや無しだったが、ここがそうだったら困るので藪を分けて最高点に立つ。ここも僅かな距離だが逆目の濃密な藪だった。こちらは檜に覆われて檜廊下の名に相応しいピークだった。

鞍部から登りにかかる 1933m峰

 最低鞍部を少し過ぎると天狗平の標識が。ここはピークとは言えないように思えるが山頂なのだろうか。ここで水の残量を計算、今日は曇り空でこの後もほとんど汗をかかずにすむだろう。現時点で1.5リットルあるが、絶対にこれなら余る。だったら登りの前に水を捨てよう。ああ、何てもったいないとは思うが、飲まないでそのまま最後まで担ぐ方が体力がもったいない。500ccほどがハイマツの水源となった。鞍部の先から本格的な登りが始まる。立ち上がりが急で1933m峰まで一気に上る。先行者は近くに見えるのだが標高差は大きく、徐々に差は詰まるがこちらも写真撮影しながらなのでペースが上がらない。この頃からメモリカードの容量が心配になってきた。私のデジカメは700万画素で圧縮率最低に設定して2GBのSDカードで600枚強の撮影が可能だが、この時点で残り撮影可能枚数が100枚を切っていた。駒ヶ岳山頂での展望写真撮影もあるのでセーブしなければならない。まあ、最後は解像度、圧縮度をケチって枚数を稼ぐこともできるが。

なだらかな尾根を行く 諏訪平
諏訪平付近から見た駒ヶ岳。正確には駒ヶ岳山頂は1990m峰に隠れて見えない
グシガハナ方面分岐 中ノ岳を振り返る

 1933m峰を越えるとやっと傾斜が緩んで足が軽くなる。1933m付近に諏訪平の標識が立っていたと思うが、ピークだったかどうかは覚えていない。やがてグシガハナ方面からの登山道が合流、今考えたら空身でグシガハナを往復すればよかったが、ここが地形図記載の山であるとは知らなかった。残念。ここまで来てもまだ1990m峰が邪魔して正確な山頂は見えない。

1990m峰を越えて山頂へ向かう 越後駒ヶ岳山頂
越後駒ヶ岳から見た南半分の展望(クリックで拡大)
越後駒ヶ岳から見た北アルプス(クリックで拡大)

 1990m峰で駒の小屋へ下る登山道と合流、先行していた単独者は駒ヶ岳によらずに下っていったので、たぶん枝折峠から登って昨日に駒ヶ岳に立ち寄ったのだろう。こちらは荒沢岳から周回なので駒ヶ岳の山頂を踏みに行く。久しぶりの駒ヶ岳は残念ながら曇りだが朝方よりも西方面の展望が良くなり、どうにか北アルプスも拝めるようになった。ここまでほとんど休んでいないのでまとまった休憩をとる。その間に次々と登山者が上がってきた。本日の中ノ岳避難小屋泊まりはこんな人数ではなく、これらは今朝枝折峠を出発した日帰り登山者の先頭集団だ。結構早い時間に登ってきており、薄暗い時間から歩いてきたのだろう。下を見るとまだまだ点々と登山者の姿が見えている。天候が下り坂の日曜日だというのにこの賑わい、さすが100名山といえよう。

駒の小屋へと下る 駒の小屋
駒の小屋付近から見た駒ヶ岳

 充分休んだので賑わう山頂を後にする。駒ヶ岳の東斜面は一面の草付きであった。これはこちらが風下で雪が吹き溜まり遅くまで残雪があるからだろう。雪がある時期にくるのも面白そうだが、こんなところよりも登山道がない利根水源山脈が優先順位が高い。タワーのある駒の小屋を通過すると岩がむき出しの急な斜面を下っていく。ここで次々と登りの人とすれ違う。結構バテバテの人も見かけたが、ここまで来れば山頂までの標高差は大したことはない。のんびり行けばOKだろう。

駒の小屋より下る 1763m峰付近から見た小倉山、道行山
駒ヶ岳を振り返る
百草ノ池標識。でも池は気付かなかった 泥沼区間。結構長い

 1763m峰から下っていくと徐々に笹と潅木が高くなってきて徐々に視界が遮られるようになる。ただ、道の整備状況は完璧で体に触れる藪は皆無だ。1540m付近では百草ノ池があるはずだが標識は立っていたが周囲は藪で池の姿は気付かなかった。森林限界上からはこの池は良く見えていたのだが。この付近は池があるくらいだから湿り気が多く、1箇所は20mくらいの長さで登山道が泥沼化した区間があった。

小倉山との鞍部 小倉山分岐(駒の湯分岐)
小倉山を振り返る
紅葉のトンネルを行く 小倉山への登り

 1350m鞍部付近は木道が整備され、少し登ると小倉山分岐に到着、そうか、登山道は小倉山南側を僅かに巻いており、駒の湯方面の登山道を少し登らないと山頂に立てないのだった。前回はちゃんとこれを登って山頂に至っており、今回はわざわざ登る必要性はないので素通りした。大きく下ってからはしばらくなだらかな道が続き、紅葉真っ盛りの中を歩いた。これで晴れていたらもっと素晴らしい風景なのだろうが。

道行山分岐 銀山平の文字があって一安心
道行山山頂 道行山から見た銀山平
道行山から見た荒沢岳〜駒ヶ岳

 登りに変わって小倉山同様に道行山も縦走路は山頂を通過せず巻いているが、銀山平への案内標識が山頂を示していた。この道は正式登山道ではないと勘違いしていたようで、しっかりした刈り払いが続いていた。山頂はすぐで樹林が切れて見晴らしがいい場所だった。

まだ刈り払いが続く 溝の登山道

 この分だったらこの先も立派な刈り払いが続きそうだ。重鎮氏の記録では一部分かりにくい所があるような記述だったが、普段の藪山と比較すれば天国だろう。出だしは案の定素晴らしい刈り払いで問題無し。ただ、傾斜が急になった1150m付近は細い溝のように深く掘れた道となり、溝の中は歩くには狭すぎて「岸」を歩いた。でも傾斜が急なのでこれがなかなか。ここは階段があった方が助かる。それを通過すれば再び歩きやすい刈り払いの登山道が続いた

1064m峰 1064m峰から北東尾根に入る
尾根を右に外れて下る 小さな沢に出る

 登山道は山頂から南東に下る尾根上に付いているが、標高1064m峰手前でこの尾根を外れて北東に伸びる尾根に乗り移る。これは銀山平への近道になるからだろう。屈曲した先も良好な道が続き、南東尾根をまっすぐ行こうとしても刈り払いが消えて藪に突入するので雪が残っていない限りは迷うことはないだろう。そのまま北東尾根を下っていくと、杉林が現れて傾斜がきつくなる標高920m付近で尾根から離れて右の谷に下っていく。やがて小さな流れを横断、橋は無いが水量は少なくて特に渡渉するのに問題はない。この付近は道がどうなっているのか分かりにくく、最初はこの沢に沿って下るのかと思って下流に向かって歩き出したらすぐ対岸に登山道の続きが上がっていた。まあ、常識的に沢の上流に向かう人はいないので問題なかろうが、ここに案内標識があると親切だ。

沢の右岸から離れた廃林道のような道 林道に出た

 少しの間は沢の右岸に沿って道が伸びるがやがて沢から離れてなだらかな台地状の地形を進んでいく。ここは廃林道のような幅が広い道であるが少し草っぽくて今までと比較するとルートが薄い。でも周囲は藪で進めないのでルートを魅する心配はなかろう。やがて下りになるとダートの林道に飛び出した。これでとりあえず一区切り。

北ノ又川 「至 石抱へ」の分岐

 林道歩きになれば駐車場は近いと思って地図を見たらまだまだ距離があり、小一時間はかかりそうだ。まあ、アップダウンが無いのでさほど疲れはしないだろうが。時期が時期なので暑くもなく寒くもなく歩いていてちょうどいい気温だ。やがて右側の沢が太くなり北ノ又川が合流したのが分かる。今回はこの源流域をぐるっと周回したわけだ。やがて左側に立派な山道が登場、「3合目 オリソ」なる標識があった。これは明神峠からくる道で、道行山経由の道が無ければここを下ってきたわけだ。そのすぐ先右側に「至 石抱へ」の標識。地図を見るとこのまま林道を歩けば国道に出て石抱橋を渡って荒沢岳登山口に出られるが、国道へは登り返す必要がある。これに対して北ノ又川左岸沿いの破線なら石抱橋までアップダウンなく直に行ける。重鎮氏の記録では林道をずっと歩いたように書いてあるのだが、GPSの奇跡では北ノ又川左岸沿いの破線を歩いて石抱橋より上流の橋で対岸に渡っているように見える。まさか行き止まりなんてことはないだろうから行ってみるか

北ノ又川左岸の歩道を歩く 石抱橋より上流にある橋。渡ったが直進は藪

 少し下ると川に沿って(と言ってもかなりの高巻きだが)水平道が続く。入る前はまさか途中で藪じゃないよなぁと少し心配だったがしっかり刈り払われて整備されている様子だった。やがて林道に出ると目の前に橋が登場、たぶん重鎮氏が渡った橋だろう。その先には直進する舗装道と右(上流側)に向かうダートの道が分岐、当然ながら直進するがすぐに藪に覆われて道が消えてしまった。おそらく目の前に北ノ又川右岸の車道があると思われるが藪が深くて見えない。重鎮氏の歩いた軌跡を見るとやっぱりこの橋を渡って右岸沿いに下っているように見えるが、これでは藪と格闘しなければ不可能だ。これだったら左岸側の林道を歩いた方がいいと判断、逆戻りして橋を渡り返し、少し薄い左岸の林道を歩いた。そしてその終点は石抱橋であった。ここは「銀の道」とのことで、車など無い時代はここから明神峠を越えて駒の湯へ至る山道を使って銀を人力で運び出したようだ。

最後は石抱橋北詰に出る 荒沢岳駐車場

 ここからは舗装道路を歩き、荒沢岳駐車場へ。まだ7,8割埋まっており、今日も荒沢岳は賑わっているようだった。 

 

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